6-39 悪意
自分に向かって歩いてくる男を前にして、司が取った行動。
「ヴォルフ! みんなを頼んだ!」
「!? 司さん!」「司!? 待て!」
ヴォルフとリリの静止を振り切って、司は突如として走り出した。
向かったのは北、源の家と逆方向へと。
負傷しているルーヴ、気を失った源と舞を残していくのは不安だったが、何の対策もしないで戦闘を継続するにはリスクが高すぎた。
「往生際の悪い……いえ、何か考えが?」
男の言う通りに目的が司と話をすることならば、この場を離れれば時間を稼げるはず。
そう考えた司の目論見通りに、男は後を追いかけていく。
司がかなり全力で走っているのに対して、男は司を観察しながら楽に追いかけている。そもそも、体力の質が違いすぎるようだ。
しばらくは追いかけっこの様に走っていたが、ある程度の距離を進んだところで男が司を追い越して前に出る。
「この辺で、よろしいでしょう? それとも、まだ続けますか?」
息を切らせる司に対して、全く疲労感を見せない男。
お互いの力量の差は歴然だった。
司は息を整え、問いかける。
「こちらの意図を理解した上で、付き合ってくれるとは……驚きだな」
「今回は、あなた自身に興味があっただけです。それに、下手に追いつめてあなたに自害をされては面倒くさい気がしたのでお付き合いしました」
感情の読めない無表情で淡々と話す様子以外は、人間と同じ知的さが感じられる。
これが、あの魔獣と同類の生き物とはとても思えない。
「ただ、興味がなくなれば、私にとっては無価値ですが」
内容に対して、ゾッとするくらい平坦な声。
司は、この男がまるで実験用のモルモットを観察しているかのような印象を受けた。
「お前は……何者だ?」
「質問したいのは私の方なんですけどね。まぁ、いいでしょう」
司にとっては一歩間違えば即ゲームオーバーの綱渡り状態だが、切り抜けるしかない。
「私は、私たちは偉大なるマザーより生み出された、この世界を滅ぼす者。序列は、第一位です。個別呼称は存在しませんので、そうですね……マリス、とでもお呼びください」
マリス、悪意とは洒落のつもりなのか、それとも何らかの意図があるのか。
それよりも、いきなり世界を滅ぼすとか穏やかでない表現が飛び出してきたのに驚きを隠せない司。努めて顔には出さないように堪えたが。
「だから、あの紅い石があんなことを語り掛けてくるのか……」
「おや、それをご存知と言う事はD級を倒して魔核を持ち去ったのは、あなた方ですか」
司の呟きに、素早く反応した男。
しかし、それが目的であれば魔獣の異常な生態や行動が理解もできる。
そして、呪詛のような声を発する紅い石にも。
「さて、それではこちらからも。あなたこそ何者ですか? この辺りには、私たちを除いてヒト型の生命体は存在しないはず。しかし、現に今ここにあなたたちは存在している。それは、異質です」
マリスの紅い目がギラリと光る。
「そして、生態系にそぐわない出で立ち。ご存知でしょう? ここには、そのような異装を纏う生物はいない。まるで、別の世界から訪れたようだ」
そういう男は服を着ていない。
「あなた、何者ですか? どこから来たのですか?」
何故なら、その必要がないから。
それは原始人に先進的なファッションショーを見せているような感覚。
「俺は、干支神司。どこからと言われても、俺自身にもわからない」
「そうですか。質問を変えましょう。あちらの方向に、岩で覆われたあるものがあるのですが、ご存知ですよね? 我々は神域と呼んでいますが、あれは何ですか?」
「神域……」
もちろん、司には心当たりがある。しかし、この男にそれを教えてもいいものか。
驚異的な戦闘能力を持つ男で、ヴォルフですら手を焼くレベルなのである。
「なるほど、あれを起点にして何らかの移動を行っている……原理はよくわからないと」
マリスは答えない司の表情から推測したようだった。
それにしては、受け取った情報が精密で、鋭すぎる気がするのだが……。
「では、次の質問です。我々の同胞には頭がトチ狂った女がいますが、最近どこかへ行ったようで音沙汰無しなんですよ。何かご存知ですか?」
本人から聞き出した内容と照らし合わせると、おそらくはカノコのことだろう。
「ああ、今は俺の家に……いる」
司にとって、これは賭けだった。
相手に自分の価値を見出させるように、意識を誘導しなくてはならない。
かといって、正直に全て答えるつもりもない。
「なるほど、ただ遊んでいるわけではなく、何か意図があって探っているようですね。では、しばらくは泳がせておきますか」
なぜだ?
司は断片的な情報しか話していない。
なのに、マリスが受け取る情報があまりにも具体的すぎる。
「もしかして……俺の記憶が、読まれてる?」
「おや、気づいてしまいましたか? かなり誓約もありますが、私の特技でしてね」
それが事実なら、意識的な駆け引きが通用せず、厄介なことこの上ない。
そして、このままマリスに司の情報を持ち帰られるのは、非常に危険だ。




