6-36 一緒にいるという意味
その日は、ララの絶叫から始まった。
「やだ!」
「なんでじゃ、おぬしの本当の家族と一緒にいるのが、これからのララの幸せじゃて」
「やだ! やだ! やだ! やだぁぁぁあああああ!!」
ララの絶叫に困り顔の源だが、司は予想していた通りの結果になったなと思っていた。
司と舞が、事前に源から相談されたのは、やはりララの引き取りだった。
源は前々から考えていたのだが、どうしようもなくて先送りしていた問題だったが、ヴォルフたちが訪れたのは渡りに船だった。
自分が死んだ後、孤独になるであろうララを、安心して任せれる先が出来たのだから。
だが、それは源の都合で、当人のララには何も関係が無かった。
「何で!? じいちゃんと一緒に居れないの? 俺のこと、嫌いになっちゃったの?」
「そんなことは絶対にない。いつまでも、ララはわしの子供じゃ。だが、ヴォルフ殿たちがここを訪れたのは天啓じゃ、おぬしは同族と交流するべきなんじゃ」
源はララの今後のことを考えての行動だ。
「生き物は、群れの中でなければ生きていけぬ。いつまでもここにおれば番を得ることもできぬ。そうなれば、近い未来におぬしは1人になってしまうんじゃ」
「そんなのいらない! 俺はじいちゃんのほうがいい!」
しかし、ララにとっては親の源といることが幸せで、そこに合理的か非合理かという思考は介在しない。
「おぬしの幸せを、先を考えてやるのが、わしの最後の役目じゃよ。どうか、聞き入れてはくれんか?」
数秒の沈黙を挿んで、
「じいちゃんのばかぁぁぁぁぁ!」
源が本気だと、分かり合えないと感じたララは、現実から逃避するように明後日の方向へ走り出した。
リリは走り去ったララを追いかけようとして、思い出したように足を止めて振り返る。
何を考えたかを瞬間的に察して、司は間髪入れずに頷いて許可を出した。
「先に行け! 後から、リリを追いかけるから! 気を付けるんだぞ!」
司の言葉にしっかりと頷いて、ララの匂いを追いかけてトップスピードで駆けだした。
リリの後をルーヴが一定の距離を保って、ついて行く。
「じじい、いくらなんでもアレはないぞ」
この件に関しては部外者の司は、源とララのやり取りを見守っていたが、案の定の結果になって苦言を呈す。
「司よ、交渉事というのは万事が万事、望む結末で終わるということはない。であれば、少なくとも譲れない一線は順守するべきなのじゃ」
「いや、それはそうだろうけどさ。相手はララで、幼い子供だぞ? 子供相手に理屈もなんもないだろ……言い聞かせるなら、ララの感情を考えてからじゃないと」
「そんなこと言うたら、今回の件は何も進展しないじゃろ……」
これが大人対大人の交渉であるなら、お互いに妥協点を探すだろう。
だが、今回の交渉相手はララなのである。
大人の理屈と子供の感情が衝突すれば、決裂することが目に見えている。
「源殿、そこまで息子のことを想ってくれて、感謝します。ですが、そのような配慮は不要です。ララは子供であってもウルの民です」
消沈する司たちにヴォルフが伝える。
「ウルの民は、守護の一族。大切なものを守るために生きるのが本質です。あの子は、自分で守るものを見つけたのでしょう。ならば、その意思を尊重するのが親の、一族の長の役目」
永く離れ離れだった最愛の我が子、思うところはあるだろう。
「あの子の人生は、あの子のもの。名残惜しさはありますが、自分の選んだ道を進むのであれば、親としてそれを応援したいと思います」
しかし、自分が見ない間に、息子は立派にウルの民としての成長を遂げていた。
「ですから、これからもあの子のことをよろしくお願いします」
それがわかっただけでも、ヴォルフにとっては望外の喜びだった。
「しかし、ヴォルフ殿、それでは……」
「気遣いは無用。それに託すのは源殿です。ほかならぬ源殿のもとであれば、ララは幸せに生きて行けるでしょう」
ヴォルフはララの意思が固いことを見た時に、既に結論を出していたようだった。
「なぁ、じじい、こういうのは、どうだ?」
一方、家を飛び出したララは嫌なことを振り払うように、全力で草原を走っていた。
その後を離されないようにリリが、さらにルーヴが追いかけていた。
「何で、何で、何で、何で、何で……」
ララは大好きな人からの離縁宣告にも等しい言葉を受けてショックを受けていた。
「じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん」
ララの身体は立派でも、心はまだ幼い子供。
今日まで一緒に生活してきた源から突き付けられた現実を理解できない。
「じいちゃん……」
直に走り続ける気力も無くなり、とぼとぼ歩きになると、背後から気配が近づいてくる。
「ララ、大丈夫?」
「リリ、俺、わかんないよ……じいちゃんと、大好きな人とずっと一緒に暮らすのって、そんなにだめなことなのかな? いけないことなのかな?」
ララは、追いついたリリに疑問をぶつける。
それは、リリも一度は経験した事。
ウルの森で魔獣に遭遇した時、両親はリリを1人で逃がした。
その時、リリの心は複雑で、今のララの心境に近かったのかもしれない。
「聞き覚えのある不快な騒音がすると思って見に来てみれば、こんなところに唾棄すべき獣がいるとは……」
いつの間にか、リリたちの前に、紅い目の男が立っていた。




