6-29 嵐の前の静けさ
海に来たら海産物、ということで貝を食して見た司と舞。
鍋には2つしか入らなかったので、残りは海に放流した。
「うん、貝だな」
「ええ、貝ですね」
味付けは何もしていないのだから当たり前である。
塩気が多いので、リリたちにはどうかと思ったが普通に食べていた。
「うまうま」
「ほう、始めて食べてるが、まぁまぁだな。私は肉のほうがいいが」
「食感が不思議ですね。くにゅくにゅしてます?」
リリは久しぶりの貝を楽しんでいたが、ヴォルフたちとしては味がそれほど好みではなさそうだった。食べ慣れないだけかもしれないが。
間食を終えて、浜辺沿いに東へ走る。
リリは海を見てご機嫌だ。前回の旅行で教えてもらった歌を口ずさむくらいに。
「う~み~は、ひろい~な~、おおきい~な~」
もともと、頭が良かったリリだったが、最近は日本の知識をどんどん吸収している。
実は寝る前に司に絵本を読んでもらったり、物語を聞かせてもらったり、簡単な歌を教えてもらったりしているうちに、その全てを覚えてしまっているのだ。
そのうち、計算とかもできてしまうかもしれない。
ちなみにクーシュもリリと一緒に聞くのだが、内容は全く覚えていない。
これはクーシュがまだ幼いのと、いつも途中で寝てしまうのが原因である。
決して、彼女がおバカなわけではないのだ。本当に。
「おっと、リリ? ヴォルフの合図だ」
先頭を走っているヴォルフからの指示に従って、司は歌に夢中なリリに注意を促すと同時に、後方の舞にストップのハンドサインを送る。
「どうした? ヴォルフ」
「うむ。河のようだが、どうする?」
「あ……そうか」
一行の目の前には大河と呼んでも差し支えの無い幅の河が広がっていた。
東へ向かうと河がある。司も知っていた事実である。
上機嫌なリリに気を取られて、単純なところでポカミスをやらかした司。
河を渡るには、北に向かったところにある水上樹の上を渡るか、気合で泳ぐかである。
ということで、一路北上して水上樹の拠点に到着。
「ここは懐かしいです! 舞さんと一緒に来たところです!」
「ふふふ、そうでしたね。前回はリリと一緒でした」
ついでに司たちは水を拝借する。
大きくなった時のリリたちは、その身体の体積に比例する食物を消費する。
水もしかりなので、安全な水分補給ができるこの拠点は貴重なのである。
鍋に貯めた水をガブガブと飲み、満足したリリたちに乗って出発する。
その後、合間合間に休憩を挿みつつ、草原を抜け、南東に進んで浜辺に出る予定だ。
何日もかけて移動する距離をリリたちの足が短縮してくれはしたが、それでも1日で到着する距離じゃない。
「それで、お爺様の居場所はわかっているのですか?」
「ああ、だいたいの位置だけどな」
リリたちは頑張れば何日も走り続けることができるが、そんなブラックな労働は司が許さない。だから、日が暮れる前に野営の準備をする。
「お父さんとお母さんと、お外で寝るのは久しぶりだね! 楽しい!」
「そうだな。昔はそれが当たり前だったのに。今は不思議な気分だよ」
「ふふふ、リリなんて司さんのお布団で寝させてもらってばかりだから、私は寂しいわ」
食事の大部分は草原に生っているヤシの実もどきに頼り、不足分は手持ちの保存食だ。
お腹が満たされれば、それぞれがまったりモードとなって寛ぐ。
こちらの世界も日が暮れるとかなり肌寒い。
地球ではそろそろ冬になろうかという季節、外での野宿はかなり厳しくなる。
「司、舞、私たちのところへ来なさい。司たちでは、火がない場所では寒かろう」
「今日は私たちが皆さんのお布団替わりです! もふもふですよ! もふもふ~」
「リリの言う通りです。さあ、皆さんこちらへどうぞ」
ヴォルフとルーヴとリリが輪になって伏せると、真ん中に2人が入れるような空間ができる。ここに入れということか。
「わぁ、凄い。これなら寝袋もいらないかもですね」
「ありがとうな。リリたちは寒くないか? 大丈夫か?」
司たちが着ているのはいつもの謎素材でできた万能服である。
しかし、防寒は完璧でないので寝袋も携帯しているのだが、このもふもふシュラフがあれば問題なさそうだ。
「私たちは、このくらいの寒さでは問題にならない。気にするな」
「格好良くこう言うお父さんですけど、お家につけてもらった暖房の前にいつもいるのを知っています!」
「リリ、それは言っちゃだめでしょ?」
どうやら司がヴォルフたちのコンテナハウスにつけた暖房は活用されているらしい。
尤も、プラントエリア内の気温はミツバチたちのために外よりもかなり高めに調整されているのだが。
「ふふふ、キャンプみたいで楽しいですね。こういう雰囲気の旅行っていうのは新鮮です。それに、今日は司さんに近いので、ちょっとドキドキします」
「……」
体温を確保するためにリリたちに囲まれ、ほぼ密着するようにしている司と舞。
抱き着くまでには至らないものの、当然お互いの息遣いも感じられる距離だ。
言われるまではそれほど気にならなかった司が、それを意識した途端に照れくさくなってしまったほどだ。
そんな司の前で、無防備に堂々と寝息を立てる舞。
司の気が気じゃない夜は始まったばかりであった。




