6-17 託された想い
ヴォルフが話し始めた、あの夢の続き。
それは、やはり司が予想したものと、そんなに変わりはなかった。明かされた現実のほうが、ほんの少しだけマシだった、それだけの話。
枯れてしまった大樹のことも心配だったが、目前で魔獣と遭遇してしまったヴォルフたちに残された手段は、逃げることだけだった。
当たり前だ。双子の子供を抱えているのだから、抗戦するという選択肢は出来る限りとれない。
魔獣が襲い掛かってくるよりも速く、2人は反射的に動いた。
ヴォルフがリリを、ルーヴが深緑の子を咥えると踵を返して即座に走り出す。広場を駆け抜けて森の中に入るが、魔獣は諦めずに追いかけてくる。
魔獣は障害物を蹴散らしながら全力で走ってくるのに対し、ヴォルフたちは出来るだけ子供たちに負担のかからないように走っているため、本来の速度が出せない。
双方の距離は、徐々に縮まっていくのが見て取れた。
このままでは何れ追いつかれると焦った2人は魔獣を撒くために、谷を飛び越えることを考えた。ヴォルフたちは脚力には自信があったから。
後から思えば、それが傲りを産み、誤算となったのかもしれない。
ヴォルフが先に飛び、後からルーヴが飛ぶ。
しかし、ルーヴの時には魔獣が大木を投げつけて邪魔をしてきたのだ。
辛うじて、空中で直撃は回避したが、影響は少なくなかった。
咥えていた子供を離してしまったのだ。傷つけないように咥えていたのが仇になった。
谷の下は、流れの急な川。
深緑の子供は流れに飲まれて、あっという間に見えなくなってしまった。
「結果として、魔獣は私たちを追うことを諦めた。その後は、勿論、子供を探しに谷に降りて探したが、どれだけ探しても結局見つけられなかった」
「あの時、あの子の手を離してしまったことを、後からどれだけ後悔したことか。今尚、自分の過ちを忘れることができません」
今のルーヴの顔には今も色濃く後悔の念が刻まれていた。リリといるときには、決して見せることはなかったが。
「ルーヴだけのせいではない。あの時、大樹様に子供たちを見せに行こうと提案したのは私だ。私も、同罪なのだ」
目を閉じて、絞り出すように発するヴォルフの言葉には、計り知れない重みがあった。
「まだ目も見えていない子が、1人で生き残れるような甘い世界ではない。せめて、苦しまずに逝ってくれたらと」
「でも、そうだとしても、心のどこかでは、あの子が逞しく成長している姿を願わずにはいられません。手を離してしまった私たちが言える立場ではありませんけど」
ルーヴは未だ目覚めないリリを優しく毛づくろいしながら、静かに涙を流した。
自然の厳しさを知った上で、それでも限りなくゼロに近い望みを抱き続ける。親は、いつまでも我が子の可能性を信じているのだと。
「なぜ、司があの子の夢を見たのか。なぜ、娘が眠ったままなのか。私には理由はわからない。だが、何か導きのようなものがある気がするよ」
「ええ、大樹様も導いてくださった司さんですから。今回も何か意味があるのでしょう。だからこそ、きっと司さんが選ばれたのです」
「これを話したのは司だけだ。私たちの過去は、教訓として生かしてほしい。私たちは力が足らなかったから、全てを守ることができなかった」
「司さんやリリに、私たちと同じ想いはしてほしくありません。特に、今の満ち足りた娘を見ていると、育ててあげられなかったあの子の分まで幸せになってほしいと思います」
ヴォルフたちからの過大評価に居心地が悪い司だったが、
「責任、重大だな。でも、俺の出来る限り、頑張るよ。リリのことは任せてくれ、絶対に何とかするから」
「別に気負いをしなくてもいい。私たちに出来ることは、何でも手伝おう。もう今は、ここが私たちの家。司たちも私の家族だ」
「そうです。こんなにも幸せそうな顔で眠る娘が、悪い病気なわけがありません。きっと、そのうち寝坊したー! 散歩に遅れるー! って目を覚ましますよ。ふふふ」
リリのことも気にはなるが、司にはもう一つ気になることがあった。
双子の兄弟である。
司にはある種の予感のようなものがあった。
案外、どこかで元気に生きているんじゃないか、と。
何故なら、夢が終わっていないから。
以前、両親が事故で死んだ時、明確な死の光景までが夢で見えたのだ。まるで忠告するように、何度も、何度も、同じ光景が。
しかし、ヴォルフのケースでは、途中で映像が途切れてしまっていた。
明確な最期が描かれない。これは、まだ未来が可変であることを示すのでは?
ヴォルフたちをぬか喜びさせるわけにはいかないので、今は口には出せないが、司にはそのうちひょっこり兄弟と出会えるんじゃないかと。
不思議とそんな予感が強くなったのを感じていた。
「司様、お取込み中に申し訳ありません。知り合いの獣医の方にお話をして、2時間後に来てもらえるようになりました。いかがいたしますか?」
「もちろん、すぐに来てくれるようにお願いしてくれ。リリは、絶対に助けるからな」
「わかりました。では、そのように手配いたします」
司の力強い言葉を聞いて、リリが僅かにほほ笑んだ気がした。




