5-60 成長期に突入したリリ②
地下の案内を終えて、リリとクーシュと一緒に客間へ移動する司と舞。司たちが客間に腰を下ろして寛ぎ始めると、橙花がお茶と茶菓子を運んで来た。完璧なタイミングである。
「司様、地下のご案内は終わりましたか?」
「ああ、一通り。あ、途中で蒼花に会ったぞ。ミツバチの巣箱を運んでいたな。これから試すんだよな?」
「ああ、私はリリ様たちの試食会で手が離せなかったもので、巣箱の設置を蒼花に頼みました。先日、飼育届が受理されたので。しばらくはミツバチたちの観察と飼育ができるかのトライですね。あとは植物たちの受粉を促すことでどういった変化があるかを調べます」
「ハチミツ、たくさんとれるといいですねぇ。新作スイーツが楽しみです」
既に、舞の中では異世界ハチミツが取れることが確定しているようだ。まだ、ミツバチの飼育ができるか調べる段階で、失敗する可能性もあるというのに。気が早いことである。
干支神家の地下は、温度湿度がある程度制御された空間である。簡単に言えば、1年ずっと常春。こういう環境で養蜂をした場合、季節の影響を受けないので蜂たちは1年中活動が可能だ。通常春先から秋口ごろまでの活動期間が、ほぼ倍になる。更に、冬を越すために蜂たちが消費するハチミツが無くなるので、回収量は非常に効率が良くなる……はず。
ただ、問題もある。橙花が懸念しているのは、彼の世界産の花や蜜がミツバチたちに受け入れられるのか? そして、本来地球にない、魔素を含んだ物を摂取した蜂たちが変異する可能性もある。それらを確認するための実験なのである。
「ハチミツ? って何ですか?」
「ぴぴ?」
リリがハチミツという単語を聞いて、首を傾げて不思議そうな顔をした。顔にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいる。クーシュも同様である。
「ハチミツっていうのは虫さんが集める食べ物なんだ。甘くて栄養があるんだぞ。……そう言えば、リリってハチミツ食べても大丈夫なのか?」
「……断定はできませんが、加熱殺菌したものであれば、ある程度は大丈夫だと思います。摂取量は様子を見ながら徐々にという形になりますが、いずれは間食用のフードにも混ぜる予定です。適量であれば、栄養素が豊富ですし、毛並みを艶やかにする効果も期待できます。恐らくですが、魔素も含有すると思いますので、定期的な摂取を目標にしたいと考えています」
兎神たちを始めとして、本来は『彼の世界』の生命体は魔素と呼んでいる謎エネルギーを定期的に摂取しないと身体が維持できない。今まではモンスタープラントことプラちゃんが付ける実を収穫して摂取していた。しかし、今回の小竜たちの活躍で、成長した植物たちが実をつけたり花を咲かせたりした。予てから問題になっていた、別の方法の検討ができる段階に達したのだ。
「そして心なしですが、プラントエリアの空中における魔素含有量が増えた気がします。こう、息吹と言いますか、不思議な感覚なので上手く表現できませんが、それが力強くなったような印象です。現在、関連性を確認中ですが、顕著な変化も見られますしね」
「やっぱりこれって気のせいじゃないよなぁ」
司の膝の上でだらんと脱力して寛いでいるリリ。拾った時は30センチくらいの子犬サイズだったのだが、現在は40センチくらいある。
体重が増えたのはわかっていて、最初は栄養を十分に摂取してふっくらしたと思っていた。毎日一緒にいたので気づきにくかったが、身体も一回りくらい大きくなっていたのだ。それに伴って食事量も明らかに増えている。きっかけは調べなければならないが、リリは確実に成長期に突入しているようなのだ。更には、ヴォルフたち他のウルの民も全体的に大きくなっているのが見て取れる。
「原因はこれから調べるとして、それでもリリの成長は嬉しいな」
素直にリリの成長を喜ぶ司。拾った当初のガリガリに痩せた子犬はもういない。ふっくらして筋力も付き、毛並みもツヤツヤ、どこから見ても健康そうな身体である。
良く食べて、良く遊び、良く寝る。ご飯で出るリンゴに喜び、クーシュと些細なことで喧嘩をして、司が仕事で忙しい時は寂しさに耐え、司との散歩を全力で楽しむ。たまに振り回されるのもご愛敬だろう。
司に子供はいないけど、子供の成長を見守るというのはこういうことなのかもしれない。司がリリを見つめる目には優しさや慈しみが溢れていた。その目を横目に見て、舞も笑顔だ。
「ぴっぴー!」
「わわっ! クーシュ! 今は私の番の約束ですよ! ……もう、しょうがないですね」
どうやら司に甘えるのを順番性にしたようだが、我慢しきれなくなったクーシュが司に突撃した。最初は怒ったリリだったが、膝の上の場所を半分あけてクーシュに譲ると、略奪者クーシュは満足そうな顔だ。司は重さが2倍になったが。
束の間であったが、穏やかな午後のひと時であった。




