5-57 舞に干支神家の現状を確認してもらおう
週末、干支神家を訪れた舞が見たものは、彼女の想像の斜め上を行くものだった。
「うっそでしょぉ……こ、こ、これ、どうなってるんですか?」
「やっぱり、舞でもそう思うよなぁ」
今、舞が見ているのは小竜がやっちまった区画だ。
先日まで地下のプラントエリアは広大な地下空間が広がっているだけで、そこにヴォルフたち一族とモンスタープラントたち、マッドチャリオットの番がいるだけだった。生えていたのは中央部に大樹の苗木が一本だけのはずだった。
それが、今や一部の、というか全体の四分の一程の空間に植物が生い茂り、ちょっとした林のような環境が誕生していた。よく見れば、木々にはいくつかの実が生っているのが見て取れる。木々の他にも芝のような草がこの辺の大地を覆い尽くしており、舞たちが帰ってきて1週間で出来たものとは思えない。通常では考えられないような成長速度である。
林の奥にはマッドチャリオットが番で芝の上に寝そべっており、今までむき出しの土の上で生活していたよりも快適そうである。元々は草原に住む生き物なので、これが自然体なのだ。ただ、地面の草は一切食べず、キャベツやレタス、白菜などの葉物野菜と果物類を好んで食すグルメ嗜好になってしまったので野生に戻れるかは謎である。
「娘、ひさしぶりよ」「「ぴぴー」」
でかい皇帝ペンギンことフェルス族の母鳥がどこからか歩いてやってきて、固まっている舞に声をかける。お腹の袋には2匹の子供が収納されており、頭だけが外に出ている状態だ。
「え? ええ、こんにちは」
特に世間話をするわけでもなく、軽く挨拶を交わした母鳥たちは、そのままの足取りでどこかへ歩いて行ってしまった。向かったのは大樹がある方向だ。最近では、このように散歩しているのをよく見かける。色々なものに興味があるのか、上の屋敷内を歩いていることもしばしば。
当初は地球の環境に適応できるかが最も心配だったフェルス族だったが、今の母鳥たちを見ていると問題はなさそうに見える。母鳥曰く、干支神家は竜脈上にあるらしく、自然エネルギーが豊富で生活には十分。かつては体力節約のために巣で長時間寝る必要があったが、今はそれもなく頗る快調とのことだった。
次に見学に訪れたのは、通常栽培を試している区画だ。
舞の視線の先では、リリの父狼のヴォルフを筆頭に3匹のウルの民たちがせっせと土を耕し、畝を作り、種を植えて、土を被せていた。既に完成していた箇所には等間隔にひょこひょこと芽が出てきているものもあり、誰がどう見ても農作業をしているようにしか見えない。
「おっと、そろそろ時間だな。ヴォルフ! 水まきの時間になるぞ! 一旦、休憩にしよう! 舞、あと10分したらここら辺にスプリンクラーで水をまく時間になるから離れよう」
「え? ええ、わかりました」
司が声をかけると、ヴォルフがわふわふと仲間に合図を送り、即座に作業を中断して集合すると、連れ立って入口方面へと戻る。ヴォルフたちは入口の施設で身体に着いた土を洗い落すと、ブロー乾燥をしてから自分たちの寝床にしているコンテナハウスに戻っていった。そのコンテナハウスもいつの間にか入り口付近に移動されており、一帯には煉瓦が下に敷き詰められていた。土で足が汚れた状態で寝床に戻らないような配慮を始めたらしい。
割と文明的な生活を送っているヴォルフたちの行動に舞は唖然である。しかし、考えてもみれば、司とほぼ同じようなレベルで、お風呂に入ったり、食堂でご飯を食べたり、布団で一緒に寝るような生活しているリリという存在が身近にいるのだから、ヴォルフたちがそういった生活をしていても問題はない。ないはずだ。
ちなみに話題のリリとクーシュは、橙花から依頼された仕事の真っ最中である。仕事といっても、リリの身体の成長に合わせて新規で開発した主食用のカリカリフードと、果物などを練り合わせたオヤツ用のカリカリフードの試食である。数種類ずつ配合や成分を調整した試食品を食べ比べて味や食感、食べごたえなどの満足度を調べる目的がある。
まさに食いしん坊バンザイな2匹にはもってこいな仕事であった。今頃は嬉々として試食を繰り返している頃だろう。
ここ最近、リリの身体が少しずつ大きくなってきており、拾った当初から比較して体重が1キロほど増えている。もとは痩せてガリガリだったこともあるが、子犬ベースの身体で1キロ増というのは相当な変化だ。そして、もちろん比例して本体も大きくなってきている。今まで食べていたフードを見直す時期が来たのである。
「ここまでくると、もはや何が何やら……目の前にあるのが現実なのか、それとも私は夢の中なのか。もし夢なら私の想像力も捨てたものではありませんね……フフフ」
残念だが、現実である。心を強く持ってもらいたい。どちらかと言えば、司のほうが心労的には大きいはずなのだが、時として人間は自分の許容限界が訪れると、悟って受け入れるということができる。
司の達観能力は、今も成長を続けているのだ。そのうち悟りの境地に至る日がくるかもしれない。その前に倒れなければよいが……。




