5-3 ちょっとだけ違う日常の始まり③
凛に客間に通されて、司が宗司に仕事を依頼したいという話を始めたところで、やっと舞が再起動をした。長い間、魂がどこかに行っていたが無事に帰ってこれたようだ。
「なんだ……そうならそうと初めから言ってくれればよかったのに。私、てっきり……」
てっきり、なんだというのか。
「すまん、だけど澪たちを巻き込むわけにはいかない。あの場で話すと無関係な人にまで迷惑がかかる可能性があるからな。それに、一応、守秘義務みたいなものもある。第一、宗司さんに依頼するのに凛さんに話を通さないわけにはいかない。直接、頼みにくるのが筋ってもんだろう?」
しばらく舞と凛と雑談していると、部屋をノックする音が聞こえた。凛が促すと、ドアを開けて入ってきたのは宗司だった。意外と礼儀正しい一面もあったのだ。
「道着のままで、すまんな。何やら急いでいる感じだったから、そのままで来てしまった」
稽古の途中だったようで、汗が所々に光っている。それを見た舞は、露骨に不機嫌な顔をして、自分の鞄からスプレーを取り出したと思ったら……
突然、宗司に吹きかけた。
「妹よ……それはあまりにもひどくないか?」
「いえ、これは当然の処置です。甘んじて受け入れてください。人前に出るのにそんな状態はあり得ません。対応するのが澪たちだったら部屋からたたき出しているところです」
つまりはそう言うことである。舞は宗司に制汗剤を処方したのだ。確かに効果的ではあるが、これは良識ある世間一般の方々にはおすすめできない方法だ。相手が宗司だから笑って冗談で済む問題だからである。
スプレーの化学物質でフローラルな香りに包まれた宗司は納得がいかなそうな表情をしている。妹がいる兄という立場はとても辛いもの。まぁ、嫌われていないだけ100倍マシではある。
ちなみにリリは鼻を抑えて苦悶の表情である。宗司の匂いがきつすぎたらしい。
「それで、私に話とは何だ? 珍しいじゃないか」
舞によって中座したものの、宗司は改めて司に話題を振る。そう、今日はこっちがメインである。
「話す前に、一つ質問を。宗司さんがあちらの世界に行ったのは、前回が初めてじゃありませんよね?」
言葉の意味を理解した舞が表情を強張らせるが、宗司は動じずに司に返す。
「まぁ、な」
「良ければ、その時のことを少し話してもらえませんか? 今回依頼したいことは、それに関係があるんです」
しばらく目を閉じて考えるそぶりを見せた宗司は、意を決したように話し始めた。話す前に一瞬、舞のほうを確認したのは話す内容に関連があるからだろう。気遣うような印象を受けた。
「私が昔、怪我をしたのは知っているな? それが原因で歩けない身体になってな。まぁ、あの時はああするしかなかったから、後悔はしていないんだがな。それで、どうにか治したかったんだが診断結果が悪かったんだろうな、医者にも匙を投げられたよ。リハビリしても無駄だろうって。今思えば、夢も希望もないひどい話だ。だが、私としてはそう言ってもらってよかったのかもしれん。それで親父に言われてな、このまま諦めるか、最後の賭けをしてみるか、ってな」
あの時は参った参ったとか言って笑いながら話す宗司だが、今が五体満足だから言えることで、内容自体は洒落にもなっていない。
「私たちはすぐに2人である人を訪ねて、頼み込んだよ。助けてくれって、出来る限りの見返りは用意するからって。後にも先にも、あんな真剣に土下座して頼む親父を見たのは初めてだよ。相手は……干支神の爺さんだ。司の祖父だな」
前々から宗司が司に借りがあると言っていたのは、このことだったのか。
「爺さんは随分悩んでたけど、俺たちをある場所に案内してくれたよ。司はもうわかってるよな? そうだ。司たちが『かの世界』と呼んでいるあそこだ。地球の技術でダメなら、未知の神秘に頼るしかない、だがうまくいくとは限らないってな。そこからは、親父と二人で試行錯誤の日々だったよ。何せ情報がほとんどないんだ、爺さんが善意で資料を見せてくれたけど、身体を治す方法が明確に書かれているわけじゃないし、手探りで結局2年もかかった。まぁ、道中で数え切れないくらい失敗したから、もっと効率的な方法があったのかもしれんが」
「それで、宗司さんは何を見つけたんですか? どうやって宗司さんの身体は治ったんですか?」
司が話の核心を突く。そう、宗司は彼の世界で何を見つけたのか。
「見つけたのは泉さ」




