4-60 青葉リゾートでのひと時、4日目③
サプライズで浴衣に着替えた舞たち。
澪が、予め運んでいた荷物があると言っていたのはこれのことだったのだろう。それにしても橙花たちも着替えていることから各自で申し合わせていたことがわかる。司に報告しなかったのも、わざとだろう。びっくりさせたかったのかもしれない。
舞の浴衣は群青のような深い青地に、色鮮やかな花模様。漆黒で艶やかな髪には、和装が良く映える。母親の凛はほぼ常に和服を着ているのだが、外見的な特徴が似ている舞が浴衣を着て似合わないわけがない。むしろ、洋服の時よりも本来の艶が強調されている。
急な展開に呆然と舞を見つめる司。この時点で作戦は大成功なのだが、その後の会話が繋がらないのが問題である。リリはよくわかっていないため、足元でウロウロしている。
「あのあの? 司さん? せめて、何か感想を、言ってあげてくれませんか~?」
固まっている司を見て、澪が助け舟を出す。流石の澪も司のこの反応は予想していなかったようだ。どうやってリカバーしたものか、困惑した表情がそれを物語っている。
「あ、ああ、なんていうのか、その、見違えた。その、綺麗で」
「あ、ありがとうございます……」
動揺してどもる司と、ぷしゅーっと頭から煙が出そうなくらい照れている舞。なんというか、恋愛経験ゼロ同士というのは見ていて、とてももどかしいものがある。一歩引いて、周りから見るとそれが面白くもあるのだが。
「ね、ねぇねぇ、見ているこっちが恥ずかしくなるんだけど……」
「反応が意外すぎて、私にもどうしたらいいかわかりませんよ~」
見つめ合ったまま一向に進展しない司たちを見て、詠美と澪がボソボソと相談する。優はそっちにはあまり興味がないのか、地面にしゃがみ込んで毛玉親子を指で突いていた。毛玉たちは構ってもらって嬉しいのか、ほよんほよんしている。
2人の足元でウロウロしたり、司の脚に身体を擦りつけたりしていたリリだったが、いつもと違って一向に相手をしてもらえない。不満がどんどんと蓄積して、業を煮やして司の胸元目掛けて飛びついた。
「わわわ、リリ、どうしたんだ!?」
ぎりぎりで受け止めた司だったが、突然のリリの行動で少しパニックになる。いつもお利口さんで聞き分けの良いリリがとるにしては珍しい行動だったのだ。
「ふふふ、司さん、リリが私をほったらかしにしないでって言ってますね」
そんな慌てている司を見て、舞が笑顔になる。そこには、先ほどまでの緊張しきった表情はどこにもない。いつもの穏やかな舞である。
「こら、急に飛びついたら危ないからダメだろう?」
そうは言うものの、声音ではしょうがないなぁと思っている司。今日に限って、どこ吹く風な態度のリリ。そんなやり取りを微笑ましく見つめる舞。
「舞、浴衣、似合ってるよ。普段と印象が全く違ってて、綺麗で見違えた。和服、似合うんだな……一瞬、凛さんがいるのかと思ったよ」
「ありがとうございます。家では滅多に着ませんけど、一応お母様に着方は習っていますからね。びっくりしたでしょう? それにしても、私ってそんなにお母様に似ていますか?」
「ああ、驚いたよ。通り越して真っ白になったけどな。和服を着ると、凛さんそっくりだな。もちろん髪型とかは違うんだけど、雰囲気が、な。こう、静謐っていうか、うまく表現できないけど」
「ふふ、お母様は美人ですからね。でも、それなら偶には家で着てみましょうか。今度、司さんが家に来るときにでも」
「ドキッとするからやめてくれ……」
2人が通常運転に戻ったのを見計らって、リリがわふわふと何かを話し始める。どうやら自分も混ぜてくれと主張をしているようだ。前脚でテシテシと司の胸を叩き始めた。
「はいはい、リリをのけ者にしていたわけじゃないんですよ」
舞はそう言うと司からリリを受け取って、頭を撫でる。しばらく撫でられたリリは満足したのか地面に降りると、うにょーんと伸びをしてトコトコと歩いて行った。
「声をかけても良さそうですかね~? 花火の準備ができましたから、そろそろ始めましょうか~」
「もう! 舞たちが夫婦漫才している間に、とっくに準備終わっちゃったよ! 早く早く! 待ちくたびれた~」
「ふははは、ついに私の妙技を披露する時が来たか! 括目せよ! ナイアガラの滝!」
「宗司様、危ないのでお止めください。司様が火傷でもされたらどうする気ですか……」
「司はそんな軟弱な男に鍛えたつもりはないぞ! 見よ! グラウンドゼロ!」
司たちがコントをしている間に、澪たちが準備をしてくれていたようだ。テーブルの上に花火が広げられていて、足元にはちゃんと水の入ったバケツがいくつも用意されている。既に宗司はハッスルしていた。
「行こうか」
詠美たちの発言に苦笑しながらも、そっと舞の手を取る司。少し驚きながらも、それをしっかりと握り返す舞。お互いの顔を見る2人には、自然に笑みが浮かんでいた。
「はい」
この旅行を経て、2人の距離がほんの少しだけ縮まった、そんな夏の日の夜だった。




