4-50 小さな命、小さな家族
とある一家は飢えていた。ここ2日ほど、何も口にしていないのだ。なぜこんな状況になってしまったのか、わけがわからない。
過去にも獲物が取れず、まともに食べられない日もあった。しかし、それでも全く何も食べれない日というのは滅多にない。その辺に生えている草や木の実など、僅かな食べ物を家族で分け合って飢えを凌ぐこともできていたのだから。
「お父ちゃん、お腹が空いたよぅ……」
「すまない、辺りを探してみたけど、食べられそうなものは見つからなかったよ……本当にすまない」
体力のある大人はまだしも、まだ幼い子供にとって2日の断食は死活問題だ。見る見るうちにやせ細っていく我が子たちを見て、彼らの父親は臍を噛むことしかできなかった。
「あなた、子供たちが飢えて倒れる前に、一思いに私を……そして、この身を食べさせてあげて」
「おまえ! バカなことを言うな! そんなこと出来るわけがない!」
今、彼らが置かれている状況はかなり絶望的だった。周りにはたくさんの水、見渡す限りの水である。水もただの水ではなかった。河に流れている味のない真水じゃなく、塩っ辛くとても飲めたものじゃない海水だ。
そして、わずかに残った小さな陸地に家族全員で身を寄せ合って過ごしている。時間によって水かさが増えたり減ったりしており、今は比較的広い陸地も、時間が経つとみんなの足元が浸るくらいになってしまう。こんな場所にまともな食べ物があるはずもなかった。
「だけど、このままじゃ、全員が、私たちよりも先に子供たちが飢え死にしてしまいます。私はもう覚悟ができていますから、少しでも子供たちを長く生かしてあげたい……」
「何か! まだ何か、手があるはずだ! 諦めるな!」
そうは言うものの、現状では解決する手がない。食べ物は得られず、体力は刻一刻と無くなっていき、その先に待っているのは終焉だ。特に、自然界に置いては弱者から淘汰されていくのが条理。このままでは体力の少ない子供たちのほうがすぐに危なくなるのが目に見えている。
「私のこの身は、どうなってもいい! 誰か助けてくれ! 子供たちに食べ物を!」
力の限り、叫び声をあげる。その声は洞穴の中を反響して、思いのほか大きく聞こえた。普通ならば誰にも届かず、朽ちていくだけの運命だった彼らのその声は、幸運にも聞き届けられた。
「! この音は!? おーい! 誰か! 誰かいないか!?」
そして、彼らの目の前に現れたのは……彼らよりも大きな身体の、紫色の獣だった。
今思えば、周囲に殺意を振りまく悪魔のような生き物に出会ってしまったのが、私たちの運の尽きだったのかもしれない。
あの日は、いつものように家族で移動しながら食べ物を探していた。そして、幸運にも獲物のトカゲを複数、木の実などを得ることができて、家族全員がお腹いっぱいになることができた。
糧を得て安堵したのもつかの間、大きな物音が近づいてくるのがわかった。しかも、異常なほどの血の匂いと殺意を振りまきながらだ。このまま、この場所にいるのはどう考えても危ない。
私たちに戦う能力はほとんどない。倒せるのは自分たちよりも遥かに小さいトカゲなどの小動物だけだ。その分、嗅覚と聴覚に優れていて、そして危険を感知する能力にも長けていた。すぐに家族全員で逃げた。
逃げても逃げても追ってくる。このままでは私たちは兎も角、子供たちが先に力尽きてしまう。一瞬、後方から迫ってくる殺意に立ち向かうか? とも考えたが、すぐに思い直す。私が命をかけても1秒も時間を稼ぐことなんてできないだろう。
逃げることにも疲れた頃、私たちの目の前に崖が現れた。下は流れのはやい河が見える。後ろからは殺意を振りまく獣が迫ってきている。もうだめだ。一か八か、崖を飛び降りるしかない。
気づけば、奇妙なところにいた。ここはどこだろう? 真っ暗だ。今まで、自分たちに起こったことを思いだし、すぐに家族の安否を確認する。幸いだが、家族全員が生きていた。よかった。
ぜんぜん良くはなかった。周りは見渡す限り飲めない水、食べる物は……何もない。このままでは数日もしないうちに飢えてしまう。まだ幼い子供たちが心配だ。
数日たって、子供たちが空腹で動けなくなった。どうしよう。それを見た番が、自分の身体を子供たちに食べさせてくれと言い出した。なんてことを言うんだ。
私には、自分の家族を救う力はないのか? 何もできない自分が悔しい。誰でもいい、力のない私に代わって番と子供たちを助けてくれ……。
私の最後の声は誰かに届いた。何者かが近づいてくるのがわかる。だが、姿が見えた瞬間に私は絶望した。私の身体よりもはるかに大きく、強い獣。この場所では逃げることもままならない。恐怖で目の前が真っ暗になった。
震える身体を叱咤して、最後の抵抗で家族の前に立ち、両手を目いっぱい広げて精一杯に威嚇する。この強大な獣の前では、この程度は無駄な抵抗かもしれないが、私は1秒でも長く家族の命を守る。それが私の、最後の使命なのだから。
そんな決死の覚悟の私の前で、
「お腹、減っているんですか? 食べ物、ほしいんですか?」
紫色の大きな獣は、やけに優しそうな声でそう言ったのだ。




