4-44 とある古狼の一日
ふと目が覚める。すぐ隣には、嗅ぎ慣れた自分の番の匂いがする。規則正しい呼吸の音が聞こえるので、まだ寝ているようだ。ちょっと前まではこんなにリラックスして寝ることなんてできなかっただろう。
そして、近くには大樹様の息吹を感じ取ることができる。今、私がいるのは『チキュウ』というところの『ニホン』という国らしい。新しい大樹様が根付いた場所だ。
なぜ、ニホンに住むことになったのかというと、先日、司に誘われて一族全員で引っ越したからだ。理由は簡単、我々の使命は大樹様を守ること、我々がいる場所は常に大樹様の傍だからだ。
枯れてしまった先代は、娘のリリの頑張りによって次世代の大樹様に継承されることになった。我々にとってみれば、大樹様の根付くこの地こそ、第二の故郷なのだ。一族としても、巫女としても娘はよくやってくれたと思う。父親として、とても誇らしい。
辺りはまだ真っ暗だが、すぐに目が暗順応してうっすらと視界が開ける。細長い箱の中にモウフ? とやらを敷いてくれて、それを寝床としているのだが、これが中々居心地いい。司は同じような箱を3つ作ってくれて、それぞれ一族で使えるようにしてくれた。
娘のリリを助けてくれて、大樹様を根付かせてくれて、ウルの一族を受け入れてくれて、新しい住処をくれた。本当に、司には感謝してもし切れない。今まで、大樹様が全てだった我々が初めて、彼のために一族として何かできることはないか、と考えるようになったのだ。それほどの感謝を、我々は彼には感じているのだ。
「ううん? あ、ヴォルフ、おはよう」
「ああ、おはよう、ルーヴ」
番のルーヴが起きたようだ。伸びをしてから、2人で住処の箱を出る。箱の外には空間が広がっており、上のほうには『えるいーでぃーらいと』とやらが柔らかい光を放っている。仕組みはよくわからないが、時間によって昼夜のように光り方が変わるらしい。不思議だ。
大樹様の気配へまっすぐ進むと、大きな樹が3本見えてきた。この3本は娘の友達のプラちゃんという樹だ。彼らは食事以外のほとんどの時間を大樹様の側で過ごすことが多い、我々とは同志といったところか。もちろん、我々だって大樹様を守るという使命を忘れたことは一度たりともない。
「ご苦労、報告はあるか? 何もなければ交代しよう。今日は私たちが傍にいるから、住処で休んでくれ。あ、もう少ししたら兎神が食事を持ってきてくれるらしいから、私たちに構わず食べるように皆に伝えてくれ」
「ご苦労様でした。後は私たちにお任せください」
「ヴォルフ、ルーヴ、今日も大樹様はお元気だ。わかった。では、後を頼んだ」
今日の担当だったウルの民は、そう言って住処のほうへ帰っていく。お勤めご苦労だった。食事をしてしっかり休んでくれ。
「大樹様、今日は私たちが傍におります。何かご指示があれば何なりと」
「大樹様、お加減は如何ですか?」
お勤めの始まりに大樹様に声をかける。残念ながら、私たちには娘のように大樹様のお言葉は聞こえないが、声をかけたことで大樹様の息吹が少しだけ力強くなった気がする。うん、今日もお元気そうだ。
「プラちゃんたちもおはよう。お加減は如何? 今日からリリが出かけていないから、お互い少し寂しくなるわね」
ルーヴがプラちゃんたちに声をかけると、返事をするようにキシュキシュと枝を動かした。心なしか元気がないように感じる。こちらも娘のように何を言っているかは全く分からないので、ジェスチャーから推測するしかないのだが、どうやら娘がいなくて寂しいと感じてくれているようだった。
「そうね、帰ってきたら遊びに来させますから、いっぱい遊んであげてくださいな」
お互いの言葉が通じてなくても、ルーヴとは会話が成り立っているように思えるから不思議だ。私には何を言いたいのか全く分からないのだが、娘といい、ルーヴといい、女のほうが感受性豊かなのだろうか?
その後、私たちを訪ねてきた兎神と話をする。内容は狩りについての相談だ。司たちが留守にしている間くらいは自分たちで食料を調達したい。それに、ここでの生活にも慣れてきたから、次は自給自足を目指して活動をするべきだ。最近は居心地が良すぎて運動不足になってしまっているし。
結論として、明日からペアで順番に狩りに出ることになった。一組の制限時間は6時間、太陽と月の位置関係で大凡の計測になるが大丈夫だろう。もし時間内に戻ってこなかった場合は、残りの二組で捜索隊を結成する。認識の違いがないようにリリ以外の全員を集めて説明して確認する。明日から頑張ろう。
安全な住処があるということは本当にありがたいことだ。私たちの場合、普段はルーヴに娘の世話を任せて一人で狩りをしていたが、今度からはペアで出来る。効率もかなりあがるだろう。
我々はウルの民。住み慣れた森を離れ、離れ離れに暮らしていた一族は、次世代の大樹様の元に集った。生活環境はガラリと変わったが、私たちの使命は変わらない。
さぁ、またここから始めよう。




