4-42 とある夜中のガールズトーク③
3人の視線が舞に集まり、一呼吸置いてから、静かに話し始めた。
「別にこれと言って何かあったわけじゃありませんよ。ただ、初めての感覚だっただけです」
「初めての感覚?」
詠美は舞の言葉に首を傾げた。
「人に、司さんに守られるということがですよ。私はこれでも武神の末席です。人に守られなくても、自分の身くらいは守れます。ましてや、相手は非武装の一般人です。複数いたとしても、制圧するまでにケガ1つ負う可能性は皆無ですよ」
そう言う舞の自信に曇りは一切ない。普段から、その自信を培うだけの稽古をしてきているからだろう。16歳の女の子とは思えないくらい色々なものを切り捨てて、その時間を使って武神流に心血を注ぐことで修めているのだから当然ではある。
実際のところ、本気を出した舞をどうにかできるのは宗司くらいで、司でさえもどうすることもできない。それ以前に、司には女の子が暴れていても取り押さえるほどの度胸自体がないのだが。ヘタレである。
「はっきり言って、今の司さんよりも私のほうが強いでしょう。試合ったら10回中1回も負けることはないと思います。あの状況ならば、私が前衛で対処するほうが安全で効率的なのですよ。男女なんて関係なく、実力がある者が前に出るべきなのです」
「えーと、その考えは女の子としてどうかと思うけど……」
「舞だからしょうがない。でも、舞が言っているのは正論、それが最も効率的かつ効果的。最小の危険で最大の成果が予想される」
詠美がやや引き攣った顔で感想を述べる。それにしても、優の頭の中は数式で成り立っているのだろうか? 道徳とか人情とか男気とかは二の次なのか?
「なのに今回は司さんが前に出ました。リリが抱き着いてきたからという要素はありましたが、私はその様子を後ろで見ていただけ。なんというか、それがとてもモヤモヤするのです」
舞は知らない。舞が暴れないように、司がリリに頼んで抑えに回ってもらっていたことを。
「あれは私の対応の悪さが招いたこと、自業自得の結果で、わざわざ司さんに迷惑をかけるような案件ではありませんでした。これでは、あの時と立場が逆です」
澪、詠美、優の3人はあの時と言ってもわからないだろう。舞が言っているのは以前、司を助けに行った時の話。自分は司を助ける側で、守る側だった。結果的には宗司に助けられたりもしたが、無事に司の安否確認ができたことは舞の成果によるものだろう。
「舞、あんた、それ本気で言ってんの? 例え、舞よりも弱くたって、それでも司さんが前に出た理由もわからないんじゃ、司さんが可哀想だよ」
詠美は知らない。舞が暴れないように、司が全力で阻止していたことを。
「まぁまぁ、エイミーも落ち着いて~。きっと、舞ちゃんだって別に何とも思っていないわけじゃないですよ~。だからさっきモヤモヤするって言ったんでしょうから~。司さんに守ってもらった時、舞ちゃんは何を感じたんですか~?」
「ふ、私には舞の気持ちがわかる」
優はきっと気のせいだ。頭の中が数式で出来ている君に恋愛の機微の何たるかがわかったら、世の中はカップル成立だらけ。大人しく、舞の話を聞いていたほうが身のためである。
「私よりも弱い司さんが前に立ってくれた時、不覚にもドキッとしたんです。お父様とも宗司兄とも違う背中。武神流の本懐は守るべきものを守ることなのに。その武神流の私が、守るべき司さんが前に出た時に、嬉しいって思っちゃったんです。……こんなこと、あなたたち以外の誰にも話すことなんてできません」
視線を床に落として、ぽつりと呟いた舞の言葉には、どんな意味が込められていたのだろう。それは舞自身にもわからない、複雑な感情。今まで培ってきた己の信念と、今日新しく芽生えた感情との狭間で双天秤のように揺れ動く。こんなことを思う自分は間違っているのか、自分はこれからどうあるべきなのか。
なまじ、周りの宗司や巌や凛が真っすぐ武神流の道を歩んでいる分、余計にこんな自分の考えが間違っていると思ってしまう。反して舞の心は色々な感情を溢れさせる。
家族に相談してみようか? 巌たちなら、きっと答えをくれるはずだ。それは正しく、人間として当然の感情だと、教えてくれるかもしれない。でも、家族に相談した時に、もしこの感情を否定されたらどうなるだろう? 舞の心はどうなるだろう? 万が一の可能性を考えると怖くてとても相談する気になれない。
「舞ちゃん……」
詠美も澪も、自分たちが考えていた以上に悩んでいた舞に対してコメントできずに、今はそっと抱き着くことしかできなかった。




