4-35 青葉リゾートでのひと時、2日目④
リリが大海へ泳ぎ出したのを確認すると、司も後ろから平泳ぎでついて行く。初めてにしては順調にスイスイと犬かきで泳ぐリリはとても楽しそうである。波も穏やかで絶好の水泳日和だ。
しかし、透明度の高いコバルトブルーの海は水中の視界こそいいものの、浜辺から10メートルも泳げば足のつかない水深になってしまう。リリの体力は相当高いので疲れて溺れるということは万が一にもないだろうが、後ろからついて行く司は、ハラハラドキドキして気が気でないのが正直なところ。
「あれじゃ~、まるで子供の面倒を見る休日のお父さんですね~。もう今はリリちゃん以外のものが全く視界に入ってないですね~。まぁ、そういうところが、司さんの良いところなのかもしれませんが~」
「でも、せっかくの私たちの水着なんですから、もっと舐め回す様に見てくれてもよかった気がしません? 言ってくれればサービスショットも披露しますけど~」
誰に対して呟いたセリフなのか、前半は澪が至極真っ当な意見を述べる。後半はもはや意味がわからない。そんなことをしたら下手すれば犯罪者である。
「あれ見てると、もし自分の子供ができてもすごく面倒見のいいお父さんになりそうなのがわかるよね~。でも、子煩悩になりすぎて、奥さんが置いてきぼりにされちゃいそうなのはちょっと嫌かな? いや、舐めまわすって……表現がおかしいでしょ」
「司は良いやつ。誰にでもやさしい。でも、ちゃんと言うことは言うし、行動力もある。料理も上手。舞、私に司くれない? 私のボディに欲情する性癖があれば、尚良。私はいつでもウェルカム」
詠美と優も高評価のようだ。優は司を物か何かと思っているのか……まぁ、本気で言っているわけではなさそうだが。いや、少しは本気そうなのが謎である。優はちょっと変わったところにニーズがありそうだが、その前に自分の性格をよく考えたほうがいいと思う。
「それにしてもリリちゃんって何の種類なのかな? あんな外見の犬種は見たことないよ。毛並みもツヤツヤしてて、撫でるとすべっすべなんだよ? 突然変異なのかな?」
「私も知らない。知らないことがまだあるとは思わなかった。世界は広い」
「薄紫の毛並みが美しいですよね~。うちのボルゾイたちのことを全く怖がりませんし、子犬たちとはあっという間に仲良くなりましたし。不思議ですよね~」
「そ、そ、そう? リリはどこにでもいそうな子犬だと思うけどな~」
この中で、一人だけリリの正体を知っている舞は内心で冷や汗ダラダラである。舞自身も前回の旅が無ければ知らなかった事実であり、兎神からも口止めされている。
しかし、例えば地球外生命体などと説明していったい誰が信じるのか? 普通であれば、もれなく頭のおかしいやつ認定である。どこぞの秘密研究機関なら興味を持ちそうだが、手を出した瞬間に、兎神たちに報復されて物理的に消滅するのが目に見えている。
「では、私たちも泳ぎましょうか~。あ、その前にみんな日焼け止めは塗りましたか?」
「ばっちこーい! 準備万端!」
「宗司はアーチ外の漁場の偵察をよろしく。私は内側をやる。昼前には食材の確保を完了するのが目標。では、作戦開始! 健闘を祈る」
どこの漁師か。
「任されよ! 私は大海の荒波でも負けはしない! とりゃぁ!」
己の筋肉を見せつけるかの如く、飛び込みからの大げさなバタフライで泳ぎだしていく宗司。そして向かった先は外海、先ほどアーチの外は危ないから出るなと言われたばかりである。
ひとしきり泳いで満足したのか、リリと司が戻ってきた。海から揚がったリリはモコモコフワフワだった毛が水分を吸ってべったりと身体に張り付いていて、身体のラインが確認できる。随分シャープな身体付きをしているようだ。
リリがぶるぶるをして毛の水分を飛ばす。その後、司はリリを持ち上げてコテージまで連れていくと、足洗い用のシャワーでリリの身体についた海水を丁寧に洗い流す。海水に濡れたままで太陽の光を浴びていると皮膚炎になる可能性があって身体によくないからだ。
犬や猫は、人間よりも遥かにデリケートな生き物である。本当はお風呂でしっかりと洗いたかったのだが、海で遊ぶたびに洗っていたら時間がいくらあっても足りない。今はこれで応急処置するしかない。後でお風呂に入ろう。
「司さん、これどうぞ。リリちゃんにも使ってあげてくださいね」
「ありがとう、助かるよ」
洗い終わったところで舞がタオルを持ってやってきた。ナイスタイミングである。リリがまたぶるぶるとして身体の水分を飛ばした後に、タオルで丁寧に身体を拭いていく。この天気だ、あとは自然に乾くだろう。
「ねぇねぇ、あれってさ、周りから見たら、もう完全に夫婦状態じゃない? どうよ?」
「うーん、もうちょっと青春って感じになってくれると面白……嬉しいんですけどね~」
司と舞から少し離れたところでは、詠美と澪が複雑そうな顔をしながら相談していたが当人たちはどこ吹く風のマイペースなのだった。




