最終話 クエスト達成!
日本の秋の季節にも似た穏やかな気候の中。
大樹の根本に薄布を敷き腰を下ろした一行は今、苺花手製のサンドイッチを食みながらのんびりと雑談に興じていた。
「それにしても……僕たち、年齢も立場もあまりに違う集まりですよね。
周りからは一体どんな風に見えているんでしょうか」
『少なくとも一目で苺花の逆ハーレムと見抜ける人間は病気か何かだと思うわ』
女神の危険な暴言はさておき。
ふとしたユーリウスの問いに、妄想ならまかせろーバリバリとばかりに苺花が素早く反応を返す。
「んー。この中で1番顔が売れてるゼニーに気付いた人なら、私とユーリちゃんが愛人で、ピーちゃんが高いお金を出して雇っている護衛で、ヤンがその昔略奪行為を働こうとして返り討ちに合い紆余曲折の末にゼニーに傾倒・改心して安値で働く護衛兼ストーカー、タマちゃんは従者や見習い悪くて下男……って感じかしら」
それは、一般的な女性ならともかく、ビッチ女王にしては比較的まともとも言える内容だった。
ゆえに逆ハーメンバーから常のように激しくツッコミを入れられることもなく、至極平和に話は進んでいく。
「おい、俺の扱い。おい」
「ふむ……有り得ない話では無いかもしれんの」
「ソうだナ。商王ならバ、高額契約とナりがちナ獣人を雇っていテ不思議は無イ」
「いやいや、明らかに俺の解釈だけおかしいよな?」
「でも、僕たちの今の位置……当のゼニスさんを余所に愛人たちと従者の3人が固まっていては変に思われるのでは?」
「そういった趣向の戯れであると認識されるのではあるまいか」
「うっわ、タマちゃん今何気にすごいこと言った。
愛人と従者を絡ませ、それを視姦するプレイとかどれだけ高レベルよ」
『明らかにアンタの影響じゃないの!』
「だから、俺の役がな……」
若干1名可哀想な感じの人間がいるが、なぜか彼の声は誰の耳にも届いていないようだった。
と、そこで再び妄想を膨らませた苺花が、自由にも各々の会話をぶっちぎってその内容を披露し始める。
「それでそれでぇ、私たちのほのぼのした雰囲気とか一切関係なしに外見だけだったら、ヤンが悪名高い犯罪組織の親玉で、ゼニーとピーちゃんが頭脳派と武闘派の幹部。私とユーリちゃんは肉便うぉっほんッその奴隷とか商品とか侍り要員ね。あ、タマちゃんはヤンに殺されて化けて出た幽霊って感じで」
そこまで言って、彼女は「これで決まりだ!」とでも言いたげにビシリと両手人差し指を突き出しドヤ顔を見せた。
もはや人をイラつかせる言動にかけて、ビッチの右に出る者はいないと断定できるだろう。
何をどう勘違いしたらそんな考えに至るのか、苺花はこれ以上は無い最高の答えを出したと思い込み調子に乗っていた。
「バカな。悪化しやがった……だと……」
「我が幽霊? そも幽霊とは?」
「いやいや、私を見て頭脳派幹部などと思う者はおらんじゃろ。
アレなら金勘定に汚い会計係あたりで充分じゃわい」
「ゼニス、意外とノるタイプだナ?」
「僕はイッカさんとお揃いなら何でもいいです」
段々と苺花の奇行に慣れスルー能力の高まってきている逆ハー面子が、彼女のウザ顔に構うことなく和気藹々と感想を言い合っている。
苺花はそんな彼らの様子をしばし黙って観察した後、フッと幸せそうな微笑みを浮かべながら空を見上げ、誰にともなしにこう呟いた。
「あぁ、いいなぁ楽しいなぁ。
こんな毎日がずっとずうっと続けばいいのに……」
透き通るような彼女の声がスッと周囲に溶け込んでいく。
小さくともよく耳を通るその麗しい音色に反応し視線を向けた男たちは、さながら大樹の精のような神秘的な姿を見せる彼女を前に自然と動きを止めていた。
それから、数秒後。同時に再起動を果たした彼らは、軽く眉間に皺を寄せつつ互いの顔を見合わせ囁く。
「マるデ崩壊前提のヨうな口ぶりだナ」
「……私が高齢であることを見越しての発言かもしれませんのぅ」
「いや、以前に聞いたがイッカは常に最悪の事態を想定しているらしいからな。
特定の誰かの可能性を考慮して、ということはないだろう」
「常に最悪の……?」
ヤンの発言を聞き、なぜか憂うような眼差しを苺花に向けるユーリウス。
しかし、その不可思議な行為の意味は誰に問われるよりも早く彼女自身の口から放たれた。
「と、すると……明るく振る舞っているようで本当は苦労性な方なんですね。イッカさんて」
「むむ、女青年。中々に高度な諧謔であるな」
「……えっ?」
「……ん?」
途端に、冗談だと解釈した精霊が彼女の肩に手を置き、しきりに感心の意を示してくる。
当然、そんなつもりの全くなかったユーリウスは困惑し、またそのような反応を返されたタマも何かおかしなことを言ってしまったかと疑問に首を捻った。
方向性の全く異なる純粋さを持つ2人の会話が噛み合うには、どうやらまだ少々の時間を要しそうである。
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前後の記憶も曖昧なまま、彼女は唐突に意識を浮上させた。
淡いクリーム色が辺り一面をおおっている空間に、肉体の存在を思い出せぬまま思考だけを虚ろに漂わせる。
『……っあ。現実世界と虚無の狭間に造り出された仮想空間』
「何その無駄な記憶力」
遠い昔の説明を未だ丸暗記していた苺花に、虹色の髪を揺らす美しき女神はその艶めく声にげんなりとした音を乗せた。
久々に目にするフェロモニーの煽情的な姿に内心でハァハァしつつ、苺花はキリッという効果音を背後に携えながらこう言い放つ。
『オタクをナメないでいただこう!』
「あー、はいはい。そんなことより、苺花」
『何ですか』
「5人揃ったわね」
『…………5人揃いましたね』
何となく女神の言わんとすることを察した苺花が、そのテンションを大幅に落として答えた。
彼女の様子を気にすることなく、フェロモニーは続けて問いを投げかける。
「で、苺花はこれからどうするの?」
『どう、と言われましても。んーと。
とりあえず、産めよ育てよってことで、サッカーチームが作れる程度に励む予定ですが』
間違っていはいないが予想範囲斜め上の答えをブチ込まれ、一瞬言葉を詰まらせる女神。
補欠の扱いはどうなるのかと思考したところで正気に戻り、コメカミを揉みながらフェロモニーはとある事項を確認した。
「……一応言っておくけど、特典でフォローが効くのは3つ子までだからね?」
『あ、そういえば出産特典もいくつかあったんでしたね。
じゃあもう1チーム作ります』
「何そのクーポンあったからコレも追加でみたいな軽いノリ!?
そんなつもりで一応言ったわけじゃないんだけど!
ていうか、出産ナメるんじゃないわよ!?」
『夢。私の夢は、みんなから肝っ玉かあさんと呼ばれることです』
「なんで急に小学生作文風!
って、動機がそれなら最初の1チームだけで充分でしょ!?」
『ふっ……限界に挑戦し続けたからこそ、人類は成長を遂げてきたのですよ』
「少なくともアンタのは挑戦する価値のある限界じゃないから!」
『謝ってください!
クソくだらないナンバー1が満載のギネスブックに謝ってください!』
「そっちだって大概失礼な本音が混じっちゃってるじゃないの!」
『ってか、そもそも女神様は何か用があって私をここに呼んだんじゃないんですか』
「あ、そうだった。
苺花と話しているとつい脱線しちゃっていけないわ」
深くため息を吐きながら、女神は冷静になろうと己の額に手を当てる。
横道に逸れる程度ならばガールズトークの常と言えるが、苺花という生き物を相手にする場合、気を抜くとワープレベルで話が飛んでしまうこともあるのでかなりの注意が必要だった。
『それもこれも私の美しさがいけないのね』
「どう転回したらそんな結論に至るのか……あぁ、説明はいらないから。
とにかく、アンタの逆ハーレムは完成したし、もう私のフォローも必要ないでしょう?
で、こっちとしても、いい加減王道に飢えてきたっていうか。
簡単に言うと、新しい観察対象を探しにいこうと思ってるの」
『ここに招かれた時点で何となく展開は予想してましたけど……要はお別れってことですか』
「そうなるわね」
意識体からどことなくしょんぼりムードを漂わせる苺花に、フェロモニーはあっさりと頷き返す。
その態度に、しょせん神と人では感覚が違うのかとビッチは少し悲しくなった。
『……それは、ツッコミ要員が減って寂しくなりますね』
が、そう言った直後、ある可能性に気付いた苺花は慌てたように声を上げる。
『あ! でも、ちょっと待った!
その新しい人を、この星の同じ時間軸に連れて来られるのは微妙ですよ!?』
「えぇ? そんなこと最初から考えていないわよ。
万が一アンタと敵対でもすることになったら、王道メンバーしかいない相手の負けは目に見えてるもの」
ないないと手を横に振る女神に、明らかにホッとした様子を醸し出しながら、苺花はその発言の真意を告げ始める。
『そりゃ、精霊タマちゃんと商王ゼニーがいるあたり、モノホンの王族が束になってかかって来たとしても負ける気はしませんけどね。
そうじゃあなくて、その逆ハー娘がこっちのメンバーの誰かに目をつけたらと思うともう怖くて怖くて』
「こらぁ! 次は王道だっつってんでしょうがッ!」
見え見えの餌だと知りながら、それでも思わず全力で食いついてしまう女神。
しかし、苺花は本気だった。
『それでも分かんないでしょうが!
皆、超がつくほど魅力的メンズでしょうが!』
「イケメンじゃない時点で論外っつってんのよ!」
『その条件ならトン・デイブ人きってのイケメンであるピーちゃんと美女のユーリちゃんが危ないですよね!?』
「どこの世界の王道逆ハーレムに豚人間や性同一性障害の人間が入る枠があると思うのよアンタは!?」
『日本の同人界ですよッ!!』
彼女がそう力強く叫んだ途端、フェロモニーの動きがピタリと止まった。
それから、女神は焦ったように辺りに視線を彷徨わせながら、ボソボソと謝罪の言葉を口に乗せる。
「っえ、あ。ご、ごめん、あるかも。
で、でもさ、その世界をあげるのは卑怯じゃない?」
『……すみません、言ってから私も思いました』
「そこって、神でさえ迂闊に踏み込めない究極のカオス空間って認定されているくらいなのよ?」
『分かるかもしれません。
ピザデブキモオタ主のBLにすら需要がある世界なんて他に無いでしょうし。
……まぁ、常連でしたけど』
「………………知ってる」
数秒前と打って変わって、シンと静まり返る仮想空間。
1柱と1人との間に、どこまでも気まずい沈黙が流れていた。
『……それは、ツッコミ要員が減って寂しくなりますねぇ』
「今までの流れをすごく強引に無かったことにしようとしてる!?」
『いっ、いいじゃないですか』
「そ、そうね。うん。
あっ、そっ、そういえば私、苺花に1度聞いてみたかったことがあるのよ」
『はいはい、なんでしょっ』
必至にいつもの空気を取り戻そうとする女たち。
その甲斐あってか、それとも質問の内容が良かったのか、彼女らの願いはすぐに叶うことになる。
「結局さぁ、アンタってどういう男が好みだったの?
あんまりにタイプが違う人間を集めてるから、未だに傾向が分からなくって」
『まぁた、そんな語るに難しい話を……皆違って皆良い、でしょ?
でも、しいていうなら、うううーーーん。そうですねぇ、最低条件って言うんですか?
少なくともフンドシの似合わない男性と付き合いたいとは思わないですね。
あ、ユーリちゃんは当然別枠で』
「ごめん。ちょっと空間の造り込みが甘かったみたいで、ちゃんと聞こえなかった。なんて?」
『だからフンドシの……』
「もういい黙って」
『…………なんスか』
「最後の最後まで聞きたかないわ、そんな話」
『真面目に言っているのに』
「真面目なら何でも許されると思ったら大間違いだからね」
『じゃーいいですぅ』
不貞腐れるような態度の苺花に、女神は脱力し肩を落とした。
彼女が常に大量放出している極上フェロモンも、心なしか薄まっているようである。
「はぁぁ、それにしてもどうしてこうアンタって。
……知り合いは日本のOTAKUで上手くいったって言ってたのになぁ」
『えっ、そんな変態チックな趣味の神がまだい……うぉっほんッごほんっ!』
愚痴らしきフェロモニーの呟きに、思わず自分を棚上げしまくった本音が飛び出しそうになり咳払いで誤魔化す苺花。
直後、抱いた疑問をぶつけようと彼女は再び口を開く。
『ていうか、まさか女神様。属性も調べずに私を選んだんですか?』
「……属性? ゲームとかに出てくる?」
『いやいやいや、違いますよ。
んもぉ。戦だって、始まる前に勝敗は決まっているなんて言葉があるでしょう?
事前の情報収集を軽んじちゃいけませんて』
「う……もっともだけど苺花に言われると何か……」
『萌えを求める者、常に究極を追う者たるべし。
そは手折れば滅ぶ花。愛で慈しむ精神こそ純粋なる宝にしてその本質である。
未熟なる求道者よ、妥協や適当は御法度と知れ』
「何それ新興宗教? どっかで教祖のバイトでもしてたの?」
『とりあえず、この場合の属性っていうのは正確には萌え属性と言ってですね。
見た目でも性格でもシチュエーションでも、とにかく何に萌えるオタクなのかっていうのを表すものなんです。
で、じゃあそれを知ることでどう役立つのかと言うと……例えば、私がフンドシ属性を持つ末期オタクと先に分かっていれば、イケメン逆ハー展開が好きな女神様としてはスルーしてより良い人材を探すことが出来たってことになります』
「……うわ。苺花からのまさかの有益なアドバイスに私戸惑いを隠せない」
素直に受け取りづらい気持ちから形の良い眉を八の字に曲げて、それでも意外と人の好いフェロモニーはビッチの言葉に耳を傾け続ける。
相手の姿勢から調子に乗った苺花のオタク講義はそれからも続きに続き、ようやく終わる頃にはみずみずしさの一切感じられないしなびた野菜のような雰囲気を纏う女神がそこに出来上がっていた。
『……とまぁ、掻い摘んだ説明だとこんなところですかね』
「か、掻い摘んでこの長さ」
『そりゃあ、オタク道は突き詰めていけば深淵までたどり着けると言われるほどの……』
「って、もういいから! 私、もう行くから!」
『あ、はいはい。じゃあえっと、フェロモニー様。
改めて、この世界に連れてきていただいてありがとうございました。
おかげですごく充実した毎日を、幸せな人生を送ることができます。
私には無理でしたけど、次に選ばれる女性が女神様の萌える王道逆ハーレムを築くこと祈っています。
……どうぞ、お元気で』
急に殊勝なことを言い出した苺花に慣れず、どこか照れと戸惑いを感じながらも女神は久方ぶりに神らしい微笑みをその顔に浮かべることに成功する。
「えぇ、そっちもね。
私も、何だかんだ言って楽しかったと言えなくもない気がしないでもないし多分。うん、そこそこ感謝してるわ。
ま、気が向いたらたまには様子を見に来るから」
『はは。うっかり100年後とかに来ないで下さいよー、さすがに死んでますんで』
「いや、ここで神界あるあるネタとかいらないから」
『えっ、何そのネタくわしく!』
「って、やば。これ下界人にはシークレットだった!
ごめん、今の無しってことで! じゃっ!」
『ちょ、待っ! えぇー!?
お願い誰にも言いませんからフェロモニー様ぁーー!
ポロリプリィーーッズ!!』
リィーーッズ……
ィーーッズ……
-ッズ……
消え去りゆく仮想空間に、間抜けなコダマが響き渡る。
こうして、とある世界の変態女と変態女神による何とも奇妙な逆ハー物語は、これまた何とも微妙な幕を下ろしたのであった。
その後。1月も経過しない内に、物足りないだ何だと言いながら頻繁に女神が苺花の様子を見に訪れるようになるのだが、それはまた別の話である……。
逆ハー畑でつかまえろ☆これにて完結です。
読了いただきありがとうございました。




