第22話 6人揃ってワイワイしたら逆ハーワールド
「アラこんなぁところに貴公子が、群がーるーライバル出っし抜け♪
手段をぉ選ばず裏工作っ、睡眠薬媚薬のコンボ技ー♪
責っ任を取ぉってよー、このっ子はあぁなたっの子ー♪」
「うむ。言葉の意味はよく分からんが、とにかく酷い踊りだ」
『何その悲惨な最期しか迎えられなそうな女の歌』
すでに見慣れた苺花の奇行を前に、なぜか顎に手を当て納得するように数度頷いているタマ。
そこへ、逆ハー面子の不憫頭であるヤンから、もっともな指導が入った。
「それが分かるなら、黙って見てないで止めような?」
「む? しかし、面白かろう?」
間髪入れずに現代日本を生きる若者の「いんじゃね?」のごときトーンでタマが返す。
「オもしロ……精霊の感覚は良く分からン」
「いやはや、彼の精霊と呼ばれる存在全てがこうであるとは、あまり考えたくありませんなぁ」
「そっちも何を他人面で雑談してる!」
神と等しき精霊の軽さを前に、民族衣裳の一部であるピ・グーと正体隠しによるゼニスの帽子組が唸れば、ヤンが元から厳つい顔をさらに厳つくさせて怒鳴った。
「まぁ、人目も無い宿内ですしのぅ」
「ナらバ、アの程度の1人遊ビなド許容範囲だろウ?」
「ぐ……くそぉ、何だこの裏切られた感ッ」
同じ常識を持つものとして信頼していた2人からあっさりと受け流され、ヤンは思わず頭を抱える。
貸切宿のエントランスホールにて、苺花の苺花による苺花のための逆ハーレム一行は相変わらずの仲の良さを発揮していた。
全員をゼニスの部屋に集めユーリウスを紹介したまでは良かったのだが、その後、2人でデートに行くと告げた瞬間3方向から大きく反対の声が上がった。
大方の想像通りヤン、ピ・グー、ゼニスの3大常識衆である。
いつかのように彼らから危ない(ユーリウスが苺花に襲われる的な意味で)だとか、危ない(町人に迷惑がかかる的な意味で)だとか、危ない(一応仮にも苺花の身を案じる的な意味で)だとか、危ない(自身らの精神的な意味で)だとか、最終的にはもう苺花という存在自体が危ないだとか、とにかく散々言われ倒したビッチ。
しかし、それでもユーリウスとの初デートを諦めきれない彼女があの手この手で食らいついた結果、翌日全員で出かけるという意味の分からない事態に収束したのである。
フェロモニーが『それ、デート?』と疑問の声を漏らしたのも仕方のないことだった。
そんなこんなで翌日の朝食後、身支度を整え1階ホールに集まってきた彼ら。
いい加減収集のつかない姦しさに包まれていたそこへと、とある人物が姿を現したことで場の空気は一変した。
カツン、カツンとヒールの音を響かせながら、見慣れぬ高身長の女性がハーレム衆目指し歩いて来る。
「……ゼニス?」
一気に警戒の色を強くしたヤンが、まずゼニスへ問うような視線を向けた。
それに対し、ほんの数秒考え込むように瞼を降ろした彼は、次いで瞳に剣呑な光を宿しながら口を開く。
「いや、覚えはありませんな。
少なくとも、この宿の関係者では有り得ないでしょう」
「……トするト、アレは」
そこまで言って、ピ・グーはダボついた服の内部に隠していた鎖鎌の柄を女性に見えないよう握り込んだ。
ゼニスが貸し切っているはずの、ついでに言えばそこそこ常連であり従業員や内部事情まで広く把握しているはずの宿の内部に見知らぬ者がいたのだ。
相手が女性であるから、敵意を向けてきてはいないからといって、この異常事態を彼らが警戒しないはずもなかった。
まるで焦らす様な、ひどくゆっくりとした足音が少しずつ大きくなっていく。
それに伴って、男たちの周囲の空気が徐々に張り詰めていった。
が、そんな緊張感が限界まで張り詰めようとしたまさにその時。
偶然にも変態的な踊りを終えたビッチが今さらながら女性の存在に気付き、間も無くこう声を上げた。
「やっだ、ユーリちゃんその清楚系ワンピースめちゃくちゃ似合う超美人!
背も高いしモデルみたいで素敵ぃ!
今すぐ食べちゃいたいくらい!」
きゃあきゃあと騒ぎながら、苺花は何の警戒もせず女性の懐に文字通り飛び込んでいった。
驚きながらも彼女を抱きとめた女性は、瞬時に肉体のあちこちへと手を伸ばされ顔を赤くする。
「ぃひゃああっ! ちょっ、い、イッカさんダメです!
ソコはそんなっ……やっ、ソコもダメぇええ!」
「何コレすごい! 細部の触り心地まで完璧だわ!
職人っこれぞまさしく職人の仕事!
タマちゃんグッジョブ!」
女性の腰に片腕を回したまま振り返り満面の笑みで親指を立てる苺花へと、タマも無表情ながらどこか満足げな頷きを返した。
「それは重畳。
我も苦労した甲斐があるというものだ」
そして、そんな彼とは逆に状況が呑み込めず唖然と立ち竦む男が3人。
「おい……おい、どういうことだ?」
「ゆ-り、うす……殿?」
「イや、シかしアレはドう見ても女……」
ふと振り返り彼らの様子に気が付いたタマが、不思議そうに顔を傾げる。
「……ん?
あぁ。そなた等、もしや伝達を受けておらなんだか?
昨夜、あの女青年を見せかけだけでも女にと苺花に頼まれ、そのように魔法を施してあったのだが」
予想外の事実を前にゼニスは呆れと共にため息をつき、ヤンは苦虫をかみつぶしたような顔で唸り、ピ・グーは幾度も瞬きを繰り返しながらマジマジとユーリウスを見た。
「……全くもってデタラメじゃな」
「ま・た・精・霊・か」
「印象は随分異なるガ、言われテ見れバ確かにユーリウス……のようナ……」
「うむ。ひとえに見せかけのみと言ったところで、接触点の操作を含むとなればこれが中々曲者であってな。まずは他存在との接触時に相互に認識置換をはかることでその幻影を限りなく現実と近しいものであると錯覚を起こさせ本来湧き起こるはずの違和感とやらを除去する方法は可能か否かと論ずることより始まり、いやこれは極短時間の場合のみに可能であって、此度の要求では常に我が付き添い干渉し通すことを余儀無くされるゆえ即座に蔵入りとなったのだが、なればとそれ以後も……」
普段の空気っぷりの反動か、タマはここぞとばかりに昨夜の苦労話に突入していく。
しかし、そんな精霊の語りを聞く者はおらず、現状を把握した3人はそれぞれ渋い顔をつき合わせ囁きあっていた。
「どこまで万能なんだ精霊って生物は」
「……さすが、神と同列扱いを受けるのも頷けますな」
「全ク。ソの超常の力に畏怖すれバ良いのか、クだらなイ使い方ばかリされていル事実に呆れれバ良いのカ」
「後者にしておけよ。精神に悪いぜ」
「我々凡百の輩には、アレの本来の立場は重すぎますからのぉ。
ただの囲われ者仲間と認識する程度で丁度よろしい」
「ム。マぁ、確かニソうカ」
『うぇへぇ。ちょっと悟り過ぎでしょ、このハーレム陣。
誰か1人くらい野心に目が曇ったり、恐怖に溺れたりして波風立てば面白いのに』
順風満帆な展開のドラマに不満を漏らす視聴者のごとく、平穏を保とうと努める健気な逆ハーメンバー達へと安易に毒を吐き散らすフェロモニー。
これで神々の1柱が務まっていると言うのだから異界の世も末である。
さて、そんな男性陣の存在をまるっと忘れて女体化したユーリウスをさんざ悶えさせていた苺花だったが、ふと手を止め真面目な、そしてどこか申し訳なさそうな空気を醸し出し始めた。
「……ごめん、ユーリちゃん。
ひとつ。大事なことを言ってなかった」
「え。あっ、はい」
いきなり様子の変わったビッチに、頬を赤らめつつ必死に責苦?に耐えていたユーリウスも何とか意識を切り替えた。
そして、その直後。彼女の耳の内をあまりに残酷すぎる言葉が通り過ぎていく。
「その……ね。
依存症になってもいけないし、その姿は外出する時だけの特別ってことで納得してもらいたいのだけれど」
「そんっ、そんなどうしてッ!?」
苺花の一方的かつ無慈悲な取り決めに、ユーリウスの顔から一気に血の気が引いた。
欲しくて欲しくてたまらなかった女性の身体をようやく手に入れ、その喜びに、解放感に、幸せに心底浸っていたというのに、なぜそのような冷水を浴びせられなければいけないのか彼女には到底理解できなかった。
そんなユーリウスを痛ましげに眺めながら、それでも苺花は説明を重ねていく。
「だって、もしタマちゃんの魔法が切れた時に貴女が依存症になっていたら、最悪絶望して自殺だとか、そうじゃなくても精神が壊れたり、引きこもりになったりするかもしれない。
そりゃ、念願の女体だもの。
当然、手放したくない気持ちは分か……あぁいえ、貴女の気持ちが分かるとは言えないわね。
私は鏡に自分の姿が写るたびに『何でこんな身体なんだろう』って死にたくなるような深刻な感情は経験してきていない。
それでも、万一にでも、ユーリちゃんがユーリちゃんでなくなっちゃったら悲しいの。怖いの。
……すごく自分勝手なお願いだってことは自覚してる。
でも、それでも、どうか、分かってユーリちゃん。
ほ、ほらっ、私のハーレムには貴女の身体がどっちの状態だろうがそれで態度を変える人なんていないわけだしっ。
貴女が男の身体で女の格好をして屋敷内を歩いていたとしても、誰も気にしやしないわ。
だからね。ユーリちゃんも、ただユーリちゃんらしく生きていてくれたら、それだけで……その……難しいとは思うんだけど」
珍しくも言いよどむビッチ。
苺花は、自身の逞しい妄想によってボロボロに傷ついた状態のユーリウスを幻視し、涙目になりながら目の前の女性の胸に顔を埋めた。
一瞬、その感触によってビッチの頭の中に反射的にゲスい笑いが響いたが、勿論そんなことを知る由もないユーリウスは苦しげな表情で彼女の身を強く抱き返す。
「…………イッカさん」
ともあれ、気難しい愛護神の加護をも受ける心優しき人間ユーリウスである。
愛する人が涙を浮かべ己を必至に心配する姿を見せられたとあれば、自然と彼女の中にある女性体への熱は下がっていた。
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「ふふふ。でも、全員で揃ってお出かけって何か良いわね。
ルンルン気分で歌でも口ずさみたくなっちゃう」
それから十数分後。各々何とか気を取り直して、彼らは無事にデート(?)に出発していた。
そう規模の大きいわけでもないヘイサの町内をこの大所帯で闊歩するなど迷惑極まりないので、今回は大通りを超えた先にある「大樹の公園」へ繰り出そうという話になっている。
右腕にタマ、左腕にユーリウスを絡めた苺花が先頭を歩き、そのすぐ背後にゼニス、さらにその斜め右後ろにピ・グー、しんがりにはヤン。
タマが苺花のすぐ傍にいる以上彼女の肉体に傷がつく可能性は皆無であり、武闘派2人の警戒は自然とゼニスの周囲へと移行していた。
そんな中、苺花の台詞に反応したピ・グーの一言を皮切りに、次々と逆ハーレム内で軽口が飛び交い始める。
「ソうじゃなくとモ、イッカはシょっちゅう歌ってるだろウ?」
「ついでに珍妙な踊りが付随しとることも多いのぅ」
「そうなんですか?」
『本当、羞恥心ってものを知らない娘よねぇ』
そこで女神の言葉を肯定するかのように、苺花はルンルン気分とやらのまま頭を緩く左右に振りつつ独特のメロディーを響かせた。
「イチコロコロコロ男の子ー、ド美女にハマってさあ大変ー♪」
「……また最悪に不吉な歌詞だな」
「我は中々に的確であると考えるが」
「ダからだろウ」
何がしかの末路を暗示するかのような内容に嫌そうな顔を見せるヤンと、どこか他人事のように冷静な判断を下すタマ、そしてピ・グー。
自身の逆ハー面子の評価などお構いなしに、苺花はノリノリでビッチ歌詞丸出しの歌を口ずさみ続ける。
「本性出てきてコンニチハー♪」
と、そこで新参ユーリウスからまさかの発言が飛び出した。
「素敵な声。イッカさんは歌がお上手なんですねぇ」
「この内容を聞いてその感想とは、中々にツワモノじゃな」
「プロトカルチャー」
「おい、誰だ精霊に変な反応を仕込んだのは。
そこの暢気に歌ってるヤツ」
『犯人はいつも1人!』
もはや安定のカオス空間である。
一行の雰囲気はもはや確実にデートとは呼べないない何かに昇華されていたが、いつものことすぎて誰もその事実に気が付くことはなく、ある意味平和とも言える穏やかな時間が過ぎていったのだった。
「皆さん一緒に(自主規制)しましょー♪」




