第19話 あぁ、変態のストライク
「……というわけで、ユーリちゃんには完全無罪判決が下りましたー。
わー、ぱちぱち」
なぜか半目でおざなりに手を叩いている苺花。
彼女は今、ゼニスの仕事の合間を見計らってハーレム構成員を集め、ユーリウスの話を要約し伝え終えたところである。
ちなみにその話の中心であるはずの当の本人は、泣き疲れたのか再び巨クモに見守られながら深い眠りについていた。
と、そこへピ・グーが常人ならば当然考え付く疑問を投げ掛ける。
「一応聞くガ、ソイツは本当に信用できルのカ?
魔獣使イなどといウ職業モ、男が女の心を持っているなどといウ話も眉唾物だゾ」
「あら、やぁねぇ。私の見る目は結構確かよ?
今ここに揃っているハーレムメンバーを見ても分かるでしょう」
そう言って自慢げに笑みを浮かべる彼女に、男衆は照れくさそうな表情で頬をかく者や胡乱げに眉を寄せる者、遠い目をする者といった多様な反応を見せる。
そんな中で、タマがふむとひとつ頷いてから口を開いた。
「中々に狡猾であるな、苺花。
当人を目の前にその人間性を否定できる者など、そうそうおらぬのではないか?」
一応人という枠には当てはまらないとはいえ、逆ハーレムメンバーの中で最もあっさりと他者否定を行えそうな存在が、同じくメンバーの中で最も微妙な人間性の持ち主だという事実が場に沈黙をもたらした。
お前が言うな。そう指摘すべきか否かというギリギリの、それはそれは微妙な空気だった。
苺花は敢えてその空気を読まなかったのか、普通に読めなかったのか、まるでタマの発言が最初から無かったかのように先ほどの言葉の続きを声に乗せる。
「顔はともかく、貴方たちの中に薄汚い心を持ったゲロ以下の悪がいるかしら?
他人の不幸を喜ぶ下種はいる?
己の利益のみを考えて他を軽んじる非道な輩は?
相手の立場のみに惑わされず、まともな精神の持ち主だけを抽出する確かな判断力を持った私を信じてくれて良いと思うの」
「顔うんぬんは余計だろ……」
自身の顔面事情について何気に敏感なヤンがボソリと呟くが、当然苺花の耳には入っていない。
それよりも、彼女は同様に呟かれた女神の何気ない囁きに対して忙しく言葉を返していた。
『ていうか、ソレ苺花に全部当てはまってない?』
(なんでやねんと声を大にして言いたい!!
私の心は薄汚くなんて無いですし、他人の不幸に蜜の味なんて感じませんし、私以外の人間を見下したりなんかもぜぇん……ぜん……。
って、あれ? 良く考えたら、なきにしもあらず?
だって、リア充を見ると爆発しろって思うし、身の丈以上に自信過剰な人間が痛い目にあってるとスカッとするし、歩きタバコしてるマナーのなってないクソを見るとその手を振り下ろした位置にちょうど子供の顔があって火傷どころか目が潰れた事件を知らないのかその前に勝手に害のある煙を他人に吸わせて寿命を奪っているのになんで何の犯罪にならないのかと憤ったりもするし、重犯罪者に死刑なんて生ぬるい永久拷問刑でも作れとか常々思ってるし、そもそも私の中で人間とすら認めていない人間の皮を被ったうじ虫扱いの存在も結構いるわけで……って、やだぁ私意外と善人じゃなかったみたいなんですけどー!
いやでも待って! それこそ、こんな程度は例のしっとのマスクマンみたいなもので、人間が人間として生きる以上逃れられない軽度の悪感情というか、さっき私が羅列したような内容ごときで人でなしだと断ずるには余りにも一般的な、そして、真の巨悪からすればささやかすぎる心の動きなんじゃないかと思うわけで!
どんなに汚く見積もっても私はゲロ以下ではない!
もっかい言う、私はゲロ以下ではない!
私はちょっぴり負の感情が発露しやすいだけの絶世の美女でしかない!)
『この女ダメダメだーッ!
助けてツッコミ神ーーッ!』
女神の叫びには勢いよく頭を抱えている姿を幻視させるだけの必死さが含まれていた。
実情はともかく傍目には笑みを浮かべたままの苺花を放置気味に、最年長のゼニスが全員を見まわしながら落ち着いた様子で意見を述べる。
「まぁ、話をそのまま信じるか否かは別として、彼……いや、彼女でしたかの。
の、面相を垣間見た限りでは、少なくとも悪人ではなかろうというのが私の判断ですな」
その後、彼が他の者の発言を促す様に視線をやれば、まずピ・グーが頷いた。
「人生経験豊富なゼニスが言うノなラ確かだろウ」
それに対し、タマはユーリウスの更なる情報を求めようとヤンへ顔を向ける。
「ふむ、その女青年とやらを間近で観察する機会のあったヤンはどうか?」
「んん……そうだな、俺もゼニスと同意見だ。
イッカの後ろでずっと警戒していたが、アレに堕ちた人間特有の空気も感じられなかったし、何よりその目に濁りも無かったからな。
ただ、やはり話の真偽については俺程度の人間の目利きでは判断がつきかねる」
「であるか。
我は人間の事情には疎いが……敢えて述べさせて貰えるのであれば、あの苺花の野生動物じみた勘をそれなりに信頼している。
各々らの印象と総合しても、当の女青年が悪人である可能性は無に等しかろうな」
そうして、男衆の中でユーリウスに『人間性は善、ただし話は鵜呑みにできない』と結論が出たところで、ゼニスが改めてその対応案を口にする。
「では、彼女を害無き者としイッカとの約束通り傷の完治まではこちらで面倒を見る。
ただし、善人が一切の悪事を働かないという道理もありませんので、制限や監視は怠らないという方向でよろしいですかな」
彼の話に、それぞれが小さく頷いた。
フェロモニーが面倒な苺花の相手をしてくれていたおかげか、話し合いというものがこれまでになくスムーズに終結した瞬間だった。
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それからさらに数時間。
未だ眠りについたままのユーリウスと巨クモを残し、揃いで夕食を摂っていた時のこと。
何かを考え込むように唸りながら食物を口に入れていた苺花が、ふと顔を上げて全員へと話しかけた。
「ねぇ、この際だからちょっと提案するけど……」
「却下じゃな」
「悪イが断わル」
「拒否だ。断固拒否だ」
速攻でゼニス、ピ・グー、ヤンの3人から言葉を遮られる苺花。
その息の合った様子に、タマがきょとんと首を傾げた。
「む?
一言も内容を耳にせぬ内から先読みを完了させ、あまつさえ否定の言葉を揃えて口にするとは……。
交ざれぬ我は、やはりいつぞやの指摘通り人間の機微とやらに未だ疎すぎるようだな。
精進せねば」
「いや、これは機微がどうとかいう問題じゃあないぞ」
「イッカの提案とやらにろくなものがないことは、多少なりと付き合いのある人間ならば誰にでも分かることですぞ」
「……アー……っト、ゼニス。
セめて湾曲表現くらイしてやらないカ。
イくら本当のことでモ、サすがに可哀想にナってきタんだガ」
『うわぁ、言われてる言われてる。
明らかに日頃の行いがものを言っているわねぇ、こりゃ』
一言提案と口にしただけでここまで扱き下ろされるヒロインが未だかつて存在しただろうか。
数秒呆けた表情を見せた後、苺花は怪訝な顔つきで顎に右手の親指を当てた。
「あれ、これ私の知ってる逆ハーレム展開と違う。
溺愛状態のはずの逆ハー男性陣が、よもや愛されヒロインの話を聞きもせずに潰しに来るとかオカシイですよこれ。
どういうことなの」
『何を今さら』
自らの知るお約束展開とあまりに差異のある現実を訝しみながらも、苺花は常のごとくまぁいいやと適当に思考を切り替えて提案の続きを口にする。
逆ハーメンバーの発言が一切堪えていないあたりに、常日頃からの彼らの苦労が窺えた。
「ずっと黙ってたけど、実は私って女もイケる人間なの。
あぁ、もちろん恋愛的な意味でね?」
苺花の唐突な告白。
しかし、相当に皆を驚かせてしまうだろうという彼女の予想と裏腹に、男たちの中に大きく平静を崩す者はいなかった。
「これはまた、何とも嫌な予感のする切り出しじゃな」
「意外……でも何でもないと思ってしまったのは俺だけか?」
「アー、オレもダ」
「ふむ。普段より老若男女関係なく通りすがりに下卑た目を向ける姿を目にしておるからな」
『品の良い老人とかナイスバディーの女の人とか見ると良くゲヒヒって涎たらしてるものね』
(そうそう。それで、誰かしらに下品だ何だって注意されてねーって、やかましいですよ!
てか、さすがにゲヒヒとか言いませんよ!
せいぜいグヒヒ程度ですよ!)
『どう違うのよ、ソレ』
(何を言ってるんですか!
おっぱいと乳房くらい全然印象が違ってくるでしょうが!)
『……うわ、何その下品な上に分からいづらい例え』
心底呆れた様な女神の雰囲気に、さすがの苺花も最初は男性のアレの呼び方で例えようと思っていたんですけどーとは言えず口を噤んだ。
まったくもって誰からも思ったような反応が得られなかった彼女は、納得がいかないとばかりに少し頬を膨らませつつ荒げる声と共に机を叩く。
「と・に・か・く!
本人の了承さえ得られるのならば私はユーリちゃんをハーレム入りさせたいと思っているから、皆そのつもりで!」
「はぁ!?」
「なん、とも、はや」
「エっ……、エ?」
「あの女青年をか?
……まさか。不可能ではないのか?」
言い渡された内容に、今度こそ驚きに目を見開く面々。
そんな彼らの姿に多少は満足したのか、苺花はおもむろにロールパンを齧りながらフフンと鼻を鳴らした。
「だって、ユーリちゃんが旅を続けているのは、魔獣使いという職業が嫌われているからなんでしょう。
逆を言えば、誰も嫌わなければ定住してもいいはずよね」
「否、我の懸念は……」
「分かってる。
あの子の心が女であるのなら、私は恋愛対象にはならないって言いたいんでしょう。
でも、だから何?
心の性別が女同士だから何?
私は落とすわよ。
この美貌と深い愛とで、彼女を落としてみせるわよ。
大丈夫、女子学校のレズカップル発生率から考えればそう難しいことじゃないわ。
何の問題もない」
その内容はこの世界の常識から考えればとにかく荒唐無稽であったのだが、あまりにキッパリと宣言する苺花に誰もが続く言葉を失った。
また、現在逆ハーレムを構成している人員の稀有さを顧みれば、彼女ならやり遂げかねないという想いが彼らの心の中に生まれてもいた。
「で、他には?」
肩を竦めつつ尋ねてくる苺花に、それぞれがハッと意識を取り戻す。
「えっ……じゃあ、その、なんでわざわざアイツなんだ?」
「そうじゃな、もの珍しさや同情であるなら止めておいた方が良い。
互いに傷つくだけじゃぞ」
「マぁ。珍しさトいう意味でハ、オレたちの言えた義理でハないガ」
『まったくだわね』
ピ・グーの真っ当すぎる呟きに各々思うところがあったのか、束の間、場に沈黙が訪れた。
が、そんな微妙な空気を読めるわけもない苺花は平然とそれをブチ壊し、常のように暴走気味に語り始める。
「ええーと、私、本当は女の子だぁい好きでいつだって優しくしてあげたいんだけど、今は最愛の恋人である貴方たちがいるから近付けないのよね。
主に私が妄想からの嫉妬、そして暴走へって意味で。
あ。浮気を疑っちゃうわけじゃなくてね、単純に独占欲っていうのかな。
こう……『他の女を見たのはこの目か! 触ったのはこの手か! 笑いかけたのはこの口かー!』って言いながら性的に襲っちゃいそうになるわけよ、往来で。
老いてようが若かろうが女の子は好きだし優しくしたいから、人の男に話しかけてんじゃないわよ、この泥棒猫ーなんておきまりのセリフも言えたもんじゃないしさ。
貴方たちの中にバイでもいるならまた違うんだけど、少なくとも見た目が男性のユーリちゃんなら安心して女同士キャッキャウフフが出来るじゃない?
それに今なら一緒にタランちゃんもついてきて、ひと粒で2度オイシイ状態なわけで。
あぁ、勿論そういう思惑だけじゃなくてユーリちゃん自身の性格が可愛くて守ってあげたくなるタイプだからっていうのもあるわよ。
それにあの子ってさ、仕草が本当女の子らしくって、それだけでこう、ホラ、変態紳士の名が疼くっていうかさ、泣き顔も笑顔も全部独占してみたくなるっていうか、イ・ケ・ナ・イ☆ことを教えてみたくなったりさ、アレ、これ私だけかな。
とにかくこう、普通に彼女のこといいなーって思ってるって言うか……」
苺花の色んな意味でヤバい語りはこの後も数時間に渡り展開されていたのだが、その途中、聴講を止めた男衆が部屋の隅でユーリウスを急ぎ逃がすか否か真剣に話し合っていたなどと、本人知る由もなかった。
果たして、ユーリウスの貞そ……未来はどっちだ!




