第16話 そこに愛があるからさ!
初手から一部マイノリティな方々の偏った説明が羅列されています。
苦手な方は読み飛ばしをお願いいたします。
『というかそれは逆ハーレムに当てはまるの?』
ゼニスの仕事部屋から自室に戻った苺花が少し早いオヤツタイムとしけこんでいると、第5の候補についてずっと考えていたのか、再びフェロモニーが彼女の脳内に話しかけてきた。
(戸籍的には男性じゃないですか)
『あー、まぁ……うーん』
どこか腑に落ちない様子の女神。
彼女は苺花とつい先ほど交わした会話についての記憶を掘り起こしていた。
(世の中に性別に関する少数派って、どれだけいると思います?)
『は?』
(えーと、心は男だけど恋愛対象も男っていうのが、ごく一般的なゲイとして。
あ、まぁ、腐女子の間ではその中でもゲイやホモ、ガチゲイ、ガチホモ、BLに薔薇、エトセトラエトセトラ、さらにその中でも受け攻めにネコやタチ、リバなんて色々分類が分かれ、徒然なるままに日ぐらしふぐりに向かいて心にうつりゆく真白しモノをそこはかとなく抱きつくせばあやしうことものぐるほしけれ)
『さりげにすごい下品なこと言ってない?』
(失礼、説明している間に入り込みすぎました。現代語訳・駄目・絶対。
次に心は女なのに身体が男に生まれてしまったのが、一般人に最も浸透しているオカマと蔑称されがちな性同一性障害。
本人次第で、女装で終わらせるか、ホルモン注射で少なからず女性らしい肉体を手に入れるか、手術で完全に女の身体を手に入れるか、戸籍を女に変更するか、ただひたすらその事実を隠して男として生きるか、そこそこ選択肢が存在しますね。
ちなみに、心は女性でも外科的手術を望まない人をトランスジェンダーと言います。
とりあえず、彼女たちを馬鹿にするような輩は滅びればいいんじゃないかしら。
マイノリティがどうとか結局のところ数の多さでしかないんだから、変に厭ったり囃し立てる方がおかしいんですよ。
世のオタクが全員キモオタ属性だと勘違いしている一般人くらい愚かしい)
『最後の私怨じゃないの』
(と……話を戻して、最近少しずつ知られてきているのが女装子や二次元世界によく見られる男の娘といった人種。
彼らは心も身体も恋愛対象も一般的な男性と変わらないけれど、趣味や芸、商売、その他様々な事情で女装を嗜みます。
男性が女性用下着を身につけている程度で変態扱いする人間は、ちょっとお綺麗な世界に住みすぎですね。
自分が無知なだけのくせに理解できないからって罵倒するなんて、普通に軽蔑します)
『単にアンタの世界が穢れすぎてるんじゃ』
(それから、心は女のはずなのに恋愛対象が女という、感覚的にレズに近い男性。
恋愛面だけ見れば普通の男を装うのも難しくはないけれど、心が女だと様々な場面で複雑な感情を抱かざるを得ないでしょうね。
あとは、成長するまで肉体の性別が定まらなかったり、遺伝子と実際の性別が異なる半陰陽なんて立場の人もいますけど……。
ま、いずれの方々もマジョリティに圧されて多少なりと苦しい人生を送っていることは間違いありません)
『へー、としか言いようがない。
そもそも、いきなりそんな話をして一体何の……』
(で、私が逆ハーレムに引き入れたいのが、その中のレズの男性なわけですよ)
『はい?』
(地球と違って肉体をいじれないから一般男性に紛れている可能性は高いけど、もし見つけたのならタマちゃんに頼んで形もしくは見た目だけでも女にしてもらって、ほら、私は女神様にも最初に言いましたけど同性もイケる口なので、そのまま女同士の百合ん百合んな恋愛に突入して、お互い損しなーいウィンウィンハッピーエンドを迎えたいわけです)
『いや、ちょっ、待っ……え?』
(あと、これは女神様にはちょっとだけ朗報かもですが、今回に限っては男性がイケメンでも許容しようかと思います。
すぐに女性になってもらうわけですし、そもそも女なら美女でも漢女でも受け入れることは難しくないですし、というか私基本的にフェミニストですしおすし)
という予想外の範疇すら軽く超えるブッ飛んだ回答に、女神は思考をフリーズさせたのだった。
『この世界に定められたコトワリからすれば、精霊が他生物の性別を変えることは不可能。
とすると、周囲や本人にいくら女と錯覚させたところで、結局は男で……?
でも、どう見ても触っても女としか認識できない状態になるのなら、それはもう女?
肉体……男……百合……逆ハーレム……うううーん』
至極どうでもいいことを本気で悩みだすフェロモニー。
と、そこへ、おそらく独り言であろう苺花の思考が女神の中に流れ込んできた。
(本音を言うと、「これが……私……?」って女になった自分の姿に呆然としたあと涙ながらに感謝してくる彼女に女友達のように振舞って充分楽しませた上、その夜中にまだ「夢みたい」と浮かれる彼女を「夢じゃない証拠が欲しいか?」とか何とか言って押し倒して、じっくりしっぽりイきた……)
『身体目当ての優しさ!?』
(失敬な。あくまで憧れるシチュエーションであって、相手の意思は尊重します。
間違っても、女の子相手に無理強いなんて……って、また思考漏れてました?)
『だだ漏れ……って、その前にどんなシチュエーションに憧れてるのよアンタは!?』
(え。だから、告白してきたにも関わらず1日中友人のように接してくる私に、安心したような残念なようなそんな複雑な感情と共に完全な油断をみせたところで、一気にベッドへと押し倒し、まず呆然とした表情をゲット。次いで、状況を理解する前に唇をひと舐めして微笑み彼女を赤面させたら、すぐに口腔内を酸欠になるまで侵して、そうすると涙目で荒く呼吸を繰り返すそんな彼女の媚態が出来上がるから、私はその姿に興奮するまま未だ青くもたわわに性を揺らす危うい果実を淫靡の高みに導かんと……)
『止めぇええええええッ!
誰も細かい説明とか求めてないから! 違うから!
てか最後の方のすっごく偏った18禁小説みたいな表現何!?
いや、そもそも何でアンタいつも襲う側なのよ!?
女のくせに!』
(愛する人が目の前にいる、欲情理由なんかそれだけで充分だろッ!)
『ショッキング!』
(何をショッキングな事があるものか!
世の愛し合う男女はみんな同じのはずだッ!)
『アンタの発情率は明らかに常識の範囲を超えているわよね!?』
ギャイギャイと寄れば触れば姦しい2人の女は、それから1時間以上もの長きに渡り不毛な言い争いを続けたのだという。
傍目からは大人しく席に着いているように見える苺花へと、クッション代わりにされていたピ・グーが気味の悪いようなものを見る目を向けてしまったのも仕方のないことだっただろう。
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さて、そんなこんなで平和に数ヶ月が経過した頃。
相変わらずゼニスの出張につきまとって西大陸はノンベ国ヘイサの町にやってきた一行。
ノンベ国は上質かつ独特な風味を持つ酒の産地であり、ゼニスはその内いくつかの酒造蔵を買い取って新種の酒の開発をさせていた。
その新酒がついに完成間近だということで、彼自ら視察に訪れたという流れである。
難しい話にも酒にも興味はないらしい苺花は、ゼニスの護衛をヤンとピ・グーの2人に任せ、自分はデートと称してタマと町へ繰り出していた。
常識の薄い2人だけで歩かせることを他の3人は当然のごとく心配(もちろん苺花とタマではなく被害に合うであろう一般人に対して)したが、タマの魔法を味方につけ水を得た魚状態の苺花を止められるわけもなく、2人は彼らの説得を振り切り悠々と酒造蔵を後にしたのだった。
べったりとタマの腕に絡みつき、ゴキケンに鼻歌など奏でる苺花。
山の傍らにあるその町は水の豊かな土地であるらしく、至る場所に小さな、しかし透明度の高く美しい川が流れていた。
視界に入る木造の橋や建ち並ぶ家々は素朴な様相を携え、なんとものどかな雰囲気に包まれている。
通りを行き交う人の流れに顔を向ければ、有名な酒の町であるがゆえか、昼間から酒気を漂わせ歩く観光客も多かった。
地元民は男女とも元の世界の甚平に似た服を着用しているため、初めてこの町を訪れた苺花にもすぐに見分けがつく。
ヘイサの町を流れる時にどことなく懐かしい空気を感じ取った彼女は、頬を自然と緩ませていた。
露天や土産屋を冷やかしながら寄り添い歩く2人は、当然、誰の目からでもデート中のカップルに見える……はずもなく。
腕を組んでいるというのに、なぜか苺花が1人である体で酔っ払いに話しかけられることも少なくなかった。
「ひぃぃ、痛ぇ……痛ぇよぉぉッ」
「何度も聞くけど、タマちゃん精霊体に戻ったりなんかしてないよね?」
「無論」
『アンタら、この状況でよく普通に会話できるわね』
うんざりした顔の苺花といつも通り無表情のタマが足元で蹲る男を見下ろす。
逆ハー面子以外の男に触れられたくない苺花は、タマに頼んで自身の肉体の周囲に見えないバリアのようなものを張ってもらっていた。
ただ、その威力は少しばかり高く、軽くでも接触すれば、瞬間その部位がまるで焼きゴテでも当てられたかのような火傷を負ってしまうのだ。
そして、今彼女らの目の前で呻いている男もその被害者だった。
とはいえ、自身をイヤらしい目で見、あまつさえ無断で触れようとする男に同情するような苺花ではなく、彼女は無言で蹲る男を避け何事もなかったかのように先へ進み出す。
「やっぱり、人除けのためにもヤンかピーちゃんは必要なのかしらねぇ」
ガタイのためか人相のためか、その2人が傍にいる場合に苺花が声をかけられることはまずない。
彼女の隣を歩くタマは、指を小さく動かし男の焼けた皮膚を再生させてからひとつ頷いた。
ちなみに、再生はタマの意思ではなく、証拠さえ残さなければ男が何をわめこうと酔っ払いの戯言で済むだろうという苺花の言葉に従っての処置だ。
「人の姿を取ろうとも、その存在が内から放つ生気までは再現の範囲外。
元より、この見目では抑制にはならぬのだろう?」
タマにセリフに彼女は深く息を吐いて項垂れ、首を緩く左右に振る。
「はぁーん、なぁんでデートひとつにここまで苦労しなくちゃいけないのかしら。
…………ん?」
ふと視界に入った細道の先で、数人の男が何かを取り囲んでいる様子が目に入り動きを止める苺花。
不自然に立ち止まった彼女の視線を追って、タマが首を傾げ尋ねてきた。
「アレは何をしている?」
「えーっと、なんかのイジメとかじゃない?」
苺花の回答に小さく頷いたタマは、次いで淡々と口を開く。
「……ふむ。イジメというと、自身よりも弱き者に対し一方的に攻撃を加え苦痛を与えることで己の優位性を錯覚し愉悦するもの、であったか?
全くもって非合理的な行動だな。理解に及ばん」
僅かに呆れたような雰囲気を醸し出しているタマの袖を引っ張って、苺花がキリリと真面目な顔を見せた。
「タマちゃんタマちゃん。
自分の理解の範疇を超える文化に出会った時は、プロトカルチャーって言うのよ。」
『間違った知識を堂々とッ!?』
「では、プロトカルチャー。
して、苺花は何を考えアレを目に留めたのだ?」
「ん? あっ、あの中心にいるのが女性か子供か獣人か動物なら助けたいなぁ……と思って」
『限定してるのか広いのか分かんない範囲ね』
「であれば、手遅れとなる前に介入すべきだな。
行って来よう」
セリフと同時に、颯爽とイジメ集団に向かって歩き出すタマ。
苺花は頬を興奮に染め片目を瞑り、アッパーを繰り出すかのように握った拳を天に突き上げながらピョンピョンと飛びまわる。
「っひょー、さっすがタマちゃんッ!
そのクールさに痺れるッ惚れ直すゥ!」
『アンタは舎弟か何かか』
律儀にツッコミを入れる女神。
幸運補正のおかげか、それなりの大通りであったにも関わらず苺花の奇行は誰にも見られることはなかったという。




