婚約式
緊張の一日・・・。
私達の婚約式が10月になったのには訳がある。
9月は、ロブが5日、私が10日、アル兄さまが20日と誕生日が続き、デボン公爵家でもサマー家でも秋の一大パーティーがある。
そして今年は11月の半ばに、ブリーとキャンベルさんの結婚式があるのだ。
そう、とうとうブリーが結婚するのである。
ブリーにとってこの1年は長かったらしい。
エミリーにとっても長かった。
私達が金塊を発見したことで、キャンベル家の宿屋が大忙しになり「なかなかガビーに会えなくなったじゃない!」とブリーに怒られた。
ブリーのためにしたことなのにねぇ。
たまに会うことが出来て機嫌のいい時は「今日はガビーが美味しいものを食べに連れて行ってくれたの。彼ったら、マシュマロが好きなのよ~。可愛くない? それでガビーがね…。」とお惚気が止まらない。
毎度、ブリーの話にお付き合いするのにくたびれ果てた。
ブリーにはさっさと、とっとと、結婚して頂きたい。
ブリーのお相手ガブリエル・キャンベルさんは、デボン公爵領内に住んでいる。
アイルランドにある飛び領地ではあるが、今回の金塊騒ぎもあった事からデボン公爵が結婚式に参列するとなると注目が集まることは必至だ。
そのため私達の婚約もさっさと正式なものにしてから、ブリー達の結婚式に望んだ方がいいだろうということになったのだ。
なんというご都合主義。
…まぁ、いいけどね。
エミリーは今、2時間後に迫った婚約式のことを思ってビビッて逃げ出したくなっている。
今朝は早朝に叩き起こされて、顔や髪をいじられ、衣装を着るのに3人もの美容師さん達につつき回され、先程やっと座ってお茶を頂けたと思ったら、母様が蒼白になっておじい様からの伝言を持ってやって来た。
「エミリー、綺麗に仕上がったじゃない。よかった。…あのね、落ち着いて聞いてほしいんだけど、婚約式にね王陛下がお出でになるそうなの。それも妃殿下も一緒に。」
「…噓でしょ? 代理人のダレイラム公爵閣下がいらっしゃるんじゃなかったの?」
こういう時に王様の代わりをいつもしているという王の叔父様であるダレイラム卿が、今日も出席される予定だった。
ダレイラム卿なら、9月のロブの誕生日パーティーでもお会いしているから安心だと思っていた。
まさか王様が自ら婚約式にやって来るなんて、聞いてないよーーー。
「エミリー、いつかはお目にかからなくちゃいけないんだから、腹をくくるしかないわ。」
母様は自分に言い聞かせるようにそう言った。
しかし、緊張で微妙に声が震えている。
そんな母様を見ているとこっちも胃が痛くなってきた。
婚約式と言っても、広間で神父様のお話を聞いて、親族や招待客を招いてのお披露目になる正式な晩餐会をするだけである。
結婚式のようにウェディングドレスで教会内を歩いたり、領地内をパレードする必要はない。
2時間半ほどを粗相のないように耐えればいいだけだ。
幸い婚約が決まってから、おばあ様による王族向けのマナー講座を受けてきている。
なんとかなるのではないだろうか…。
…なんとかなって欲しい。
美容師さん達や母様が部屋を出て行くのとは入れ替わりに、マリカとキャスが入って来た。
「キャー、素敵! エム、似合ってるじゃない。その髪の編み込みと生花の飾りがいいっ。エムのシルバーブロンドの髪にオレンジの花が映えるわ。」
マリカのテンションが今日は一段と高い。
満面の笑顔である。
「ロイヤルブルーのドレスにして良かったわね。私は地味だと思ったけど、大人っぽく見えるじゃない。」
キャスはピンクのドレスがいいと言っていたけど、ブリーがこの色を強硬に押したのだ。
そのブリーはどうしたのだろう?
ブリーがどこにいるのか尋ねると、キャスが呆れたように言った。
「キャンベルさんが場違いだってひどく緊張しててね。それをなんとか宥めてる。」
キャスはあの2人はいつもべたべたしてて処置なしねと言うが、今日もいつも通りのようだ。
エミリーの様子がいつもと違うことに気づいて、マリカが心配そうな顔になった。
「どうしたのよエム、震えてるじゃない。緊張してるの?」
「それがね、王陛下と妃殿下が出席されることになったらしいのよ。」
「「マジっ?!」」
「驚くよね。私の婚約式なんかになんで来ることにしたんだろう…もうっ、来なくていいのにぃー。」
「待ってエム、こういう時は落ち着くことが大事よ。」
「そうそうキャスの言う通り。…でもそれじゃあ緊張するのも無理はないね。なつみさんに何かやり抜く秘訣でも聞いたら?」
「えー? なつみさんがそんなこと知ってる?」
「知らないかもしれないけど、年寄りと話してたら落ち着くかもよ。」
「マリカの言うのも一理あるかも。呼び出して話をしてたら? 気がまぎれるよ。」
2人がそう言うので、エミリーはなつみさんを呼び出すことにした。
「【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
ブブッーー
「あれ、違う人のがいいみたい。【アラ アラ カマラ アナカマラ】」
ピーーーンポーーーーン
『お呼びのようですわね。』
「おきぬさん、お久しぶりです。今日は私、ひどく緊張してて、しばらく話し相手になってくれませんか?」
『ええ。でもお姉さまのキャサリンさんとお友達のマリカさんがいるようですけれど、どうして緊張することがあるんですか?』
マリカとキャスがおきぬさんに挨拶をする。
「お久しぶりです、おきぬさん。実は妹は、今日ロベルトと婚約するんですよ。その婚約式に王様とお后様が急に来ることになっちゃって、さっきから緊張しているみたいなんです。」
「そうなんです。王様っていうのは、日本でいうと天皇陛下のような方で…。」
マリカが補足してくれたのでおきぬさんにも事情がわかったようだ。
『なるほど、緊張している理由はわかりました。けれどエミリーはいつも滝宮様とも普通に話をしているようですけれど、どう違うのですか?』
「滝宮様は、外国の方だし、お若いし…。」
『私には同じことだと思えますけれど。王様だって、人間です。食べる物を食べれば出るものも出る。』
マリカとキャスが小さく吹き出す。
『気持ちはわかりますよ。私も、お殿様のお着物を作るために殿の身体の採寸をしに、初めて上司と共に殿のお部屋に伺った時には、緊張しました。恐る恐る殿のお身体に巻き尺をあてて肩の寸法を測っていた時です。殿が、大きな音でブッとおならをされたのです。殿は照れ臭そうにお笑いになって「すまんすまん。出物腫物、所かまわず。」と言い訳をされたのです。その時に思いました。殿様といっても一人の人間。食べる物を食べれば出るものも出る。私達と同じなんだってね。それは王様と言えば最高権力者なのですから、尊敬と敬意を持って接するべきでしょう。けれど心の中にそういう気持ちさえ持っていれば、少々のことは許していただけますよ。むしろ婚約式なのですから、ロベルトさんににっこりと笑顔を持って接して御上げなさい。そんな緊張した強張った顔だと折角の婚約の場が残念じゃありませんか。女は愛嬌、男は度胸。…最近はその反対もあるのかしら。女も度胸でどどーんと婚約していらっしゃいませ。』
◇◇◇
おきぬさんのアドバイスのおかげで、私も腹が決まった。
ロブには失礼にも苦笑されたけど、ひきつった笑顔でロブに笑いかけることもできた。
婚約式は今のところ、滞りなく進んでいる。
大広間で神父さんの説教を聞いている時に、何故かブリーとマリカが2人して涙ぐんでいたが、彼女たちは普段も感情的なので何か思うところがあったのだろう。
私達は今、王陛下と妃殿下に挟まれてお披露目席に座っている。
私達の前には四列の長いテーブルがあり、こちらからは皆さんの横顔が見える。
私達に近いほうから主賓や重鎮の公爵の皆様、次が侯爵、伯爵と並んでいるので、エミリーからは家族やマリカの顔が遠すぎて見えない。
少々心細い。
席に座る前に、ロブと2人で王陛下と妃殿下に挨拶をした。
「そんなに畏まらなくても、今日は君たちが主役なんだから堂々と座っていたまえ。エミリー、私達は親戚になるんだから、これからは私のことを王侯陛下ではなくて、マックラム殿下と呼んでくれると嬉しいな。」
イギリス王マックラム殿下にそう言って頂いた。
身に余る光栄である。
エミリーの隣に、そのマックラム殿下が座られてる。
最初の頃は、殿下は左隣にいるうちのおじい様、ストランド伯爵と話をしてくれていたので、エミリーもロブと話をしながら食事をしていた。
妃殿下も右隣のおばあ様と話をされていたのだが、途中でロブに話しかけてこられたので、エミリーは1人で下を向いて黙々とご馳走を食べていた。
朝早くから起こされたのに、途中でお茶しか飲んでいなかったので、お腹も空いていた。
だからこうやって誰にも煩わされずに食事ができてありがたかった。
ところが、日本料理の一品が出た時に、右斜め前に座っていた滝宮さまと目を見かわして微笑み合ったのがまずかった。
その様子をマックラム殿下が見ていらっしゃったようである。
「エミリー、教えてくれるかい。君は日本人に料理を習って、皇太子殿下にお弁当を作っていたそうだね。今出て来たこの料理も君が作ったのかい?」
なんとすごい情報網。
そんな些細なこともお耳に入っていたとは…。
「いえ、これはデボン公爵家の料理長が作ったものです。ただ、私がデボンのお母さまと相談して、日本料理を一品加えてもらったんです。」
「それは、滝宮様のために?」
「それもありますけど、私が親しい日本人のお友達も私達の婚約を祝う気持ちを込めたいからと、日本の祝い事の時に出される料理のレシピを教えてくれたんです。」
「これにどういう意味があるのか教えてもらってもいいかな。」
私達の前には、なつみさんの言う箸休めのための一つのお皿が出されていた。
お赤飯と言われる紫色に染まったご飯が小さな梅の花の形に整えられて、2輪お皿の上に咲いている。
梅の枝を模して、お魚の鯛の塩焼きを中に入れて薄い煮つけた昆布が巻いてある。
甘く煮た黒豆が梅の蕾のようにプレートの上に散っていた。
レンコンは松に見立てて空間のバランスをとっている。
竹の茎が緑色のソース、葉っぱはエンドウで出来ていた。
そして卵焼きとプチトマトがお日様のように彩を添えていた。
「これは、松竹梅という日本で御目出度い時に使われる植物を、祝い事によく用いられる食材で栄養バランスも考えて描いたものだそうです。」
「なるほど、これは珍しいものを食べさせてもらったな。私は特にこの花をかたどったライスが美味しかった。もちもちして食べたことがない食感だが、噛めば噛むほど味が出て来るね。」
「はい。これはもち米といって粘り気のあるお米を使うんです。これを蒸して炊くんですが、普通のお米とは炊き方が違うんです。なつみさんは、私の知り合いですけど、そのなつみさんが言うには、蒸す途中で水を打つと普通のレシピにはかかれているけれど、絶対に水を打ってはダメだ。べちゃベちゃになって美味しくなくなる。必ずお湯を打ちなさい。とアドバスしてくれたので、料理長にそう進言しておきました。この様子だとなつみさんのアドバイス通りにしたみたいですね。マックラム殿下に気に入って頂けたと伝えたら2人とも喜ぶことでしょう。」
なつみさんと日本料理の話題で、なんとか場が持った。
なつみ様さま様である。
正式晩餐会の後、舞踏会に使う部屋に移って立食式のお茶が出された。
王侯殿下をはじめ何人かはもう帰られたが、親族の身内が残ってお茶や懇談を楽しんでいた。
エミリーとロブもやっと少し寛ぐことが出来た。
デビ兄やマリカと話をしていたら、お腹の突き出た偉そうなおじいさんが無遠慮に話しかけて来た。
「ミス・エミリー、どうしてうちの孫のクスバルじゃなくて、ロベルトくんを選んだんだい。侯爵じゃなくて、公爵の方が良かったってわけか。お祖母さんとは違って、あんたは賢く立ち回るタイプみたいだな。」
何のことを言われているのかさっぱりわからなくて、皆でぽかーんとしていたら、おばあ様が車いすを猛スピードで動かして私達の所にやって来た。
「あらあら、嫌な風が吹いていること。なんだか臭わないこと? デビッド。」
するとそのおじいさんは、みるみる真っ赤になったあげくに青筋を立てて怒り出した。
「失敬なっ。」
「あら、誰も貴方の事だとは言っていませんよ。ねぇ、デビッド。」
「そうですね。おばあ様。どうもよくない風が吹いているようです。ロブ、建て付けが悪くなっている所があるんじゃないか。」
「古い建物だと、どうしてもそういうところが出てきますからねぇ。」
デビ兄もロブもおばあ様の意図を察して、悪乗りをしている。
とうとうそのおじいさんは、ぷんぷん怒りながら去っていった。
「どういうことなの、おばあ様?」
エミリーは、あのおじいさんのこともクスバルとやらの話も一度も聞いたことがない。
「ごめんなさいね。あなた達には言っておくべきだったわ。あの人はスガル侯爵といって、王の叔父筋であるダレイラム公爵家の傍系にあたる人なの。」
「ああ、僕聞いたことがあります。だいぶ遠縁なのに王族に連なるといって偉そうにしているので有名な人ですね。一度うちの父様がそんなことを言ってぼやいてたな。議会でも、審議をよく止めるので困った人だとか…。」
「そうなのよ。うちのストランドも外務省にいた時にだいぶ手を焼いたらしいの。実はね、私があの人との縁談を蹴ってダグラスおじい様に嫁いだものだから…。その時からネチネチと嫌味や当てこすりを言われ続けて何十年よ。」
「うわー、しつこい人なんだね。」
「そう、粘着質でね。ああやって嫌味を言うくせに、貴方のお父様、レオポルドに自分の娘を嫁がせたがって…。」
「そうかっ、父様は男爵家から嫁を貰った。」
「デビッド、そうなのよ。私は侯爵家の話を断り伯爵と結婚した。その息子はまた侯爵家からの話を断り男爵の娘と結婚した。侯爵としてのプライドがそれを認めたくなかったんでしょうね。そして、あなたには言ってなかったけれど、エミリー、あなたにも実は孫をどうかと打診されていたの。諦めるということを知らないのね。」
「なにそれ、嫌だぁー、エム、ロブがいてくれて良かったね。」
マリカの言う通りだ。
あんなしつこい人の孫との結婚なんて、とんでもない。
ロブがいてくれて良かった。
将来の公爵との結婚ってなんてめんどくさいんだろう、とちょっと思ってたけど…。
ロブのほうを見ると、エミリーが思っていることなどお見通しだよと顔に書いてあった。
お疲れさま、エミリー。




