ロブとの婚約
婚約、結婚するって、どういうことなんでしょうね。
エミリーたちが婚約の意思を表明した時、父様のサマー子爵、母様のサマー子爵婦人、将来の子爵であるアル兄さま、そしておじい様のストランド伯爵をはじめ、家族がみんな喜んでくれた。
この人たちは、将来の安泰を主に喜んでくれているように感じた。
キャスは「ごめん、エム。でも助かったー。」と正直に感謝してくれた。
デビ兄などは「エムが公爵夫人になるって? マジかよ!」とこれも正直に驚いてくれた。
私もそう思うけどね…。
ブリーは「私の夢をかなえてくれてありがとう。」だ。
別にそのつもりはなかったけれど。
マリカも「そうなったらいいなって思ってたの。だって、親友が公爵夫人だなんて自慢できるじゃない。」だってさ。
…こいつも正直者だ。
みんな自分の利益優先で泣けてくるけど、まあ、喜んでくれているようだからいいか、とのんびりと構えていた。
クラフの町からサマー領に帰って来て、いつものロブの従者のカリグではなく、デボンのおばさま自らがわざわざロブを迎えに来た時、エミリーは違和感を感じた。
それが、エミリーの受難の始まりを告げているとは考えてもみなかったが…。
「エミリーが婚約することを早く決心してくれて良かったわ。私は、それが一番心配だったの。」
デボンのおばさまは、エミリーの両手を強く握って、喜びに震えている。
いつも冷静なこの人が、こんな興奮状態にあるのをエミリーは初めて見た。
うちの家族の「やれやれやっと決まったな。よかったよかった。」という安心を表した喜びとは全く違っている。
エミリーの未来を心底心配して、心を痛めてくれていたようだ。
…どういうこと?
「私は15歳の時にジャックとの結婚を決めたから、本当に大変だったの。婚約期間が半年しかなかったのだもの、苦労したわー。最後の3か月はそれに結婚式の準備が重なったでしょう。毎晩睡眠時間を削っての暗記よ。去年のクリスマスにサマー子爵が、ムハラ式暗記法というものをエミリーが編み出したと言った時には天にも昇る心地がしたわ。本当に良かった。エミリー、まずはこれね。」
そう言ってデボンのおばさまがエミリーに差し出したのは、1冊の分厚い本だった。
暗記って何のことだろう?
疑問に思いながらも本は好きなので有難く頂く。
「イギリス王家系列譜?」
「そうよ。公爵家はもともと王家の血を引いた親族でしょう。だからまずここから覚えなきゃいけないの。頑張ってねエミリー。」
「デボンのおばさま…も、もしかしてこれっ! これを私が暗記するということなのっ?!」
「まぁエミリー、家族になるんだからデボンのおばさまじゃなくて、オリビアと呼んでちょうだいな。ええそうよ。まずはこの1冊を暗記することになってるの。公爵家の系列譜はこの後ね。」
がーーーーん。
聞いてないよーーーー。
向かいのソファに座っていたロブを見る。
ロブも知らなかったようだ、眼鏡の奥の目をまん丸くして驚いている。
「ちょっと大変そうだね。僕も協力するよ。一緒に覚えよう。」
ちょっとぉ?
ちょっとどころじゃないでしょ、これっ!
結婚…考え直そうかな……。
エミリーが考えていることがわかったのだろう。
ロブが申し訳なさそうに言った。
「エム、悪いけど今日の新聞に婚約告知が出たから。ねっ、頑張ろう。ムハラさんにも協力してもらおうよ。エムならできるさ。」
◇◇◇
マリカは私の持っている分厚い本を見て「私、貴族に憧れてたけど貴族に生まれなくてよかった。夏休み後半は遊べそうにないね。エム…頑張ってね。」と言ってそそくさと帰って行った。
結婚のアドバイスをしてくれたなつみさんに文句を言うと、「テレビで皇室ア〇バムを観て、こういう歴史と格式がある家に嫁ぐのって大変ねー、と思ってたけどまさか自分がそれで苦労することになるなんて想像もしてなかったわ。」と言われた。
そういうことは、もっと前に思い出して頂きたい。
今更何を言っても、もう決まったことは覆せない。
ロブと一緒に暮らすということだけが頭にあったけれど、結婚っていうのは家同士の繋がりとかその家の習慣やなにやかやと全部ひっくるめて丸ごと結び付くっていうことなんだ…。
目算が甘かった。
気楽に考えすぎてたね。
はぁ~……これが私の運命だったと思って、置かれた場所で生きるしかないか。
よっし。
まずは、これの暗記か……頑張れ、エミリー!
ムハラさんを呼び出して、「イギリス王家系列譜」を覚えるのを手伝ってもらう。
最初は呪文のように王様の名前を羅列して覚えることにした。
この覚え方は、意外にもおきぬさんが知っていた。
日本では昔から天皇陛下の名前を初代のジンム天皇から順番に羅列して国民全員が言えるらしい。
凄い所だね、日本。
ただ、イギリスの王様の名前は同じ名前があって2世だの3世だのがくっついていることも多い。
日本の天皇の名前と違ってリズム感が悪いんだよなー。
「エミリー、さっきのはだいぶ良くなってた。でもあの有名なメアリ女王が抜けてたぞ。」っていう感じで、ムハラさんが毎日付き合ってくれた。
こうやって大まかな流れを頭に入れた後で、ロブが一人一人の王様の人生やエピソードと絡めて、諸外国との関りを年代を追って教えてくれる。
まるで歴史の勉強だ。
9月の2年生からは、もう歴史の授業は居眠りしててもいいかもしれないと思い始めた時に、やっと「イギリス王家系列譜」の暗記が終わった。
私のサマーバケイションは、いったいどこに行ったのだろう…。
ロブが次に持って来た「デボン公爵家系列譜」の一段と分厚い本。
なるべく目に入らないようにしていたけれど…それもやるのね。
こうして私の婚約生活は始まった。
全然羨ましくない?
…そうでしょう。
生きていくのは戦いなのよねー。
まっ、困難から逃げていたって何も手に入れることは出来ない。
開き直ってやるっきゃないわ!
…強がりだけど。
頑張れーー、としか言いようがないですね。




