それぞれが決めた未来
なんとか無事に帰還。
私達が捜索船に乗ってクラフの港に着いた時、船から無線連絡が入っていたのだろう、港には父様、母様、キャサリン、マリカをはじめクラフの町の知り合いが皆集まっていた。
母様とマリカには泣かれた。
キャサリンには涙目で頭をひっぱたかれた。
私が悪い。
本当に。
父様は、私達をギュッと無言で抱きしめて「捜してくださった皆さんにお礼を言いなさい。」と言った。
ロブと私は、海難救助隊や一緒に捜してくれていた漁師の人たちにお礼を言って回り、カトリーヌさんたち出迎えに来てくださっていた人たちにも、挨拶にまわった。
みんな、無事でよかったと笑顔で肩を叩いてくれた。
本当によかった、帰ってこられて。
ほんのちょっとの気のゆるみといくつかの間の悪い条件が重なると事故になるんだな。
大反省のエミリーであった。
翌日の新聞には、こんな記事が載った。
「ゴールデンカップル、今度はロビンソンクルーソーを発見す」
ロビンソンクルーソーじゃなくて、ロビン・ウィルソンさんだけど…。
それに、発見しに行ったんじゃなくて、私達も遭難してたんだけど…と突っ込みどころ満載だ。
新聞を読んだ時、金塊事件のあの騒ぎが再び起こるのかとぞっとしたけれど、今回は事が事だったので思ったより早く騒がしい事態は収束した。
余談だが、ロビンさんのことをお伝えしておこう。
ニューポンドランドの人たちはこの一週間、島民の人が総出でロビンさんを捜していたそうだ。
しかし、どこにも見つからなかった上に、ロビンさんの乗っていた船の破片がどこかの島に流れ着いたらしく、生存は絶望と思われ、今日にもお葬式をあげる予定になっていたようだ。
「お前さんたちが遭難してくれてよかった。」と後でロビンさんに変な感謝をされてしまった。
何日かして日常が戻って来ると、もう二度と見たくないと思っていた海にも出かけて、平気で泳いでいる自分に気が付いた。
人間とは思っているより案外しぶとい生き物なのかもしれない。
ロブの両親のジャックおじ様たちも、ロブのことを心配してしばらくクラフの町に来ていたが、ロブが全く平気でボートに乗ってデビ兄と遊んでいるのを見て、これなら大丈夫だと安心して帰って行った。
そんな生活の中で、エミリーはおかしなことに気が付いた。
キャサリンがいやに頻繁に父様たちと話し合いをしているのだ。
そう言えば、ここに着いた最初の日も長い時間、話をしていた。
何の話をしているのだろう。
キャスに聞いてみると、進路の事らしい。
この夏が終わり九月の新学期になったらハイスクール最終学年の三年生になるので、将来の進路を相談しているということだ。
「相談というより、私の方は大学に進むと決めてるんだけど、父様と母様がグズグズ言っているだけ。」
なんだそうだ。
そうだよね。
キャスは、ブリーとは違って「貴族の嫁」になるという夢は全然ない。
学問を身に着けて、社会に出てバリバリ働きたい。
弱っちい貴族のぼんぼんなんかくそくらえって感じだもんね。
でも今まではそれでもよかったんだけど、ブリーがああいう事になったから、キャスは貴族に嫁いでくれれば…なんていうことになっているのかもね。
アメリカの民主主義やフランスの革命が有名なため、西欧諸国は皆平等主義、国民主権の国だと勘違いされているけれど、イギリスは今だ国王が主権を握っている君主国家だ。
カナダの一部もアジアの幾つかの国々もイギリスの国であり、統治しているのは国王の派遣した領事である。
国会の運営にも半分以上は貴族が関わっている。
こういう政治経済の事情を考えると、父様たちにすれば今後の伯爵領、子爵領の領地経営を鑑みて、出来れば貴族間に縁戚関係を持っておきたいというところなのだろう。
その大人の事情はわかるが…キャスにすれば自分の今後の生き方に関わることなので、なかなか譲れないんだろうな。
しかし、キャスのように悩むにはもう五年はあるよねとのんびりと構えていたが、この問題はエミリーにも飛び火してきた。
いや、私たちに、飛び火してきたのだ。
「ロブとの結婚問題」である。
まだ私たちがジュニア・ハイの学生なので、大人たちははっきりとは口出ししてこなかったが、心の中では2人を結婚させる算段であったらしい。
…なるほど。
赤ちゃんの時からの付き合いは、ここに繋がっていたのね。
ロブとしては、唯一の姉弟であるリサお姉さんが結婚して家を出たこともあって、デビ兄やエミリーなどの遊び相手のいる家によく入り浸っていたというそれだけの事だったのだろう。
けれど公爵家でも、本邸のある地元のジュニア・ハイではなく、わざわざサマー領に近いポルトの町のジュニア・ハイに通わせて、エミリーとの親交を深めさせるという隠れた意図を持っていたらしい。
開けてびっくり、聞いてびっくりの策略である。
それを母様の口から聞いた時には、あんぐりと開けた口が塞がらなかった。
エミリーとしては、キャスの応援をするつもりで何気なく母様に話しかけてみただけだったのだが、藪から蛇が飛び出してきてしまったようだ。
エミリーが公爵家と正式に婚約の運びになれば、キャスの進路も少しは融通が利くようになる…んだってさっ。
何という時代錯誤。
信じられない。
10歳で、いや秋には11歳だけどさ、結婚なんて考えられる?
エミリーは、この突然降ってわいた持って行き場のない憤りを誰かにぶちまけたかったが、ことは公爵家に関わる結婚問題だ、いくら一緒に別荘に来ているとは言っても、マリカに相談するわけにもいかない。
ということで、なつみさんに聞いてもらうことにした。
部屋で一人になってなつみさんを呼び出す。
「【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
ピーーンポーーン
『はぁい。呼んだぁ?』
「うん。なつみさん、ちょっと聞いてよ。」
エミリーは、ロブとの結婚話が出ていること、ブリーの結婚のこと、キャスの進路の事、大人たちの思惑のことなどをつらつらとなつみさんに打ち明けた。
なつみさんは、うんうんと言いながら全部聞き終わってから、暫く考えて言った。
「今の話はちょっと棚の上に置いといて、ずばり聞くわね。エミリーはロブの事をどう思っているの? 結婚したくない程、嫌な奴? それともそういう関係になっても楽しく生活が送れそうな相手なの? 例えば、このお話が無くなって、エミリーとロブがそれぞれ別の相手を見つけて結婚しても友達として付き合っていけるのかしら。…まずは、そこからじゃない?」
え?
…そういうことは考えていなかった。
策略にはめられた理不尽さへの憤りの方が頭のほとんどを占めていて、そういう観点からこの問題を考えてはいなかったのである。
ロブのことか…。
正直、その辺にいて当たり前の存在で、取りたてて深く考えてみたこともない。
結婚っていうのは、どういうことだろう。
ずっと一緒に生活するっていうこと?
人生を共に歩むパートナーとしてロブを考えられるかということなの?
一緒に生活をする上では、違和感も何もない。
考え方も癖もお互いに知り過ぎるほど知っている。
頼りになるかと言われれば、今回の遭難時にも身に染みたし、その事は疑いようもない。
勉強でも、こういう事が起こった時でも一番頼りになる存在である。
経済力もある。なんせ5年後には侯爵閣下だ。
背も私より高くなった。
肩幅も…と考えて、ソリでロブの背中に抱きついたことを思い出した。
ああいう事をロブが他の人とする?
………なんか嫌だな。
私が他の人とするのも……想像ができない。
あれ?
あれぇーーーっ?!
「なんか、ロブと結婚するのもありなのかと思えて来た。」
『気づくのが遅いわ、エミリー。』
「でも、でもロブはどうなのかな。私とは結婚したくないんじゃないのかな。私、めんどくさがりだし、いつもロブにあきれられてるし。」
『エミリー、ロブは頭の回転が速い子でしょ。大人たちの思惑なんてわかった上で、エミリーとつき合ってきたんじゃないかしら…。本人に聞いて御覧なさい。』
なつみさんがそう言うのを聞いて、再び私は仰け反った。
嘘ぉーーーーーっ。
えっ、マジ?!
◇◇◇
エミリーは慌ててロブの部屋に行ってみた。
ロブは寝ようとしていたところらしく、エミリーがバタンと戸を開けて飛び込んで来た時に、パジャマのズボンに片足を突っ込んだまま振り返った。
「うわっ、何事?! ノックしろよっ、エム!」
そう言って、即座にベッドに飛び込んで布団の下でゴソゴソと残りのズボンをはいた。
「…………。」
私達は、たいていこういう感じだ。
これで、結婚?
可笑しくない?
「それで、何の用? 何か用があるから来たんだろ。」
ズボンをはき終わったロブがベッドから出て来て、窓の側にある椅子の所へ歩いて行く。
その様子をエミリーはじっと眺める。
お互いに子どもだ子どもだと思っていたけれど、ロブもジュニア・ハイに入ってから子どもから青年へと移行する過程にあるようだ。
もう少年とは言えないその姿態に、改めて気づいた。
私もそういう変化が外に現れてきているのだろうか?
エミリーはロブの部屋へ入って、ドアをきっちりと閉めた。
ロブは何か言いたそうにドアを見ていたが、エミリーの様子を見て言うのをやめたようだった。
こういう「あ・うんの呼吸」というか、お互いの意図を言わずして察する感じはロブとの間にしかないものだ。
海で遭難した時も、次に何をするか何をしたらいいか、お互いにわかっていた。
部屋の中へ歩いて行って、エミリーもロブの前の椅子に座った。
「キャスの将来について母様に頼んでたら、私の将来について言われたの。」
「…うん。僕との結婚を考えろとでも言われた?」
「何で知ってるの?! ロブは何か聞いてたの?」
「…エムは気づいてないだろうと思ってたよ。この間デビ兄に言われた時も、寝耳に水って感じだったしね。僕はデビッドが知っていることの方に驚いたけど。デビッドはエムに近い感性だと思ってたからね。…かなりあからさまだったよ、エムの親もうちの親も。」
「やっぱり、知ってたんだね。」
「やっぱりって?」
「なつみさんに相談したら、ロブはもう気づいてると思うって言われた。」
「うん。気づいてたよ。ずっと前から。」
「いいの? ロブはそれで。だって結婚だよ。…私のこといつも呆れた顔をして見てるじゃん。」
「そこは今更かな。でも、自分の隣にエム以外の人が立っていることの方が想像できない。この前の遭難した時だって、エムと一緒だったから乗り切れた。あれが、ごめん私のせいでぇーとか言って、べそべそ泣き崩れるタイプの女の子と一緒だったら、助かってないよ。あの時、エムがあの島にしがみついてでも生きてやるって思ってたのがわかったから、僕もなけなしの力を振り絞れたんだ。僕たちいいチームだと思うけど…エムは、どう思ってるの?」
「…うん。私もロブ以外の人が側にいるのって、想像できない…かも?」
「かも?」
「だってぇーー、今まで一緒にいるのが普通で、その後の事なんて考えてこなかった。」
「いいよ、それで。僕たちの関係にどういう言葉をあてはめられようと、僕たちは僕たちのままでいいんだよ。ただ…正式に婚約しといたほうが、今後の展開としては楽なのかなと思う。そういう関係がないと、こうやって2人っきりで居てもいろいろ周りがうるさいだろ。んー、婚約式だけでもやっとく? そしたらキャスも晴れて自由の身だ。」
「うん。…そうだね。そうしよっか。」
エミリーは気楽にそう返事をした。
安易に考えすぎてたかも…と後で2人が思ったのは、ロブの母親、デボン公爵夫人の話を聞いた時の事だった。
そんなことを言っても後の祭り。
動き出した車輪は容易に止まれない。
私達の11歳の秋は、すぐそこまで迫ってきていた。
結婚はそんなに単純なことではなかったようで・・・。




