お弁当の色
料理番組でーす。
ミズ・クレマーの予定とエミリーの帰宅時間を考慮して、水曜日にお弁当を作ることになった。
今回は、お手伝い頭のタナー夫人が見学をしている。
隣村に嫁に行った娘の友達に、神父さんがいるそうだ。
その神父さんが、今度日本に派遣されることが決まったらしい。
その人は日本を未開発の地の果てと思っているようで、食べられるものがあるのかと心配しているらしい。
タナー夫人は、神父さんを安心させるためにも、出来たら今日の料理を覚えていって教えてあげたい、と私達の料理教室への参加を希望して来た。
その話をなつみさんにすると、張り切って独身男性のための料理を教える、と言ってくれたのはいいが。
なんか皇太子さまの影が薄くなっている気がする…。
今日も、ミズ・クレマーとブリーと私で、お料理教室だ。
『さあさあ、お米を炊いていきます。
まずは、白米をボールに入れて洗います。
底の方から手か杓文字でかき混ぜて、満遍なく糠を落とすの。
白く濁っている水が澄んでくる一歩手前まで洗ってね。
最近は、精米の精度が上がってるから、
あんまりごしごし洗わないほうがいいのよ。
栄養分がなくなっちゃうからね。
洗えたら、厚手の鍋にお米を入れて、水も入れます。
水の量は、手のひらをお米の上に置いて、
手の甲の高くなりかけたところに、水の線が来るようにします。
このまま、30分ぐらい置いてから火にかけるのよ。
はじめちょろちょろ、中ぱっば、赤子泣いても蓋取るなよ。』
なんだそれ。
何の呪文?
これは、米を炊くときの火加減の言い伝えだそうだ。
最初は、弱火で、途中は中火で煮立たせて、火を止めたら蓋をしたまま暫く蒸らすんだそう。
いくらお腹がすいたと子供に泣かれても、この蒸らしの作業をおろそかにするとご飯がふっくらと炊きあがらないらしい。
火を止める頃合いは、匂いと音で判断するそうだ。
ひぇー、経験と勘だね。
『今は炊飯器なるものがあって、スイッチひとつでめんどくさくないの。』とのことである。
お米を炊くのに結構時間がかかったので、4人で何やかやとお喋りした。
ミズ・クレマーがお休み中に会った、恋人の話だとか…。
ヒューヒュー。
タナー夫人のお孫さん2人、2歳のかわいい男の子と生まれたての美人の女の子の話だとか…。
子供って面白い。
ブリーのドタバタして大騒ぎになったらしいこの間の旅行の話だとか…。
これは、笑った。
エミリーとボブのギーゴ討伐記だとか…。
これには、タナー夫人も大いに留飲を下げてくれた。
どうも、あの3人組は隣村でも厄介者らしい。
タナー夫人の娘さん一家も、迷惑をこうむったことがあるそうだ。
ご飯が炊きあがって蒸らしの作業に入ってから、やっと調理の開始である。
『では、ほうれん草を洗います。
株の根元の方は土がついていることが多いから、ボールの中でよく振ってしっかり洗ってね。
ほうれん草には、エグ味成分のシュウ酸が多いの。
これは身体にあんまりよくないから、葉っぱの方もボールに入れて、
何度も水を変えながらよく洗います。
シュウ酸は水に溶けやすいから、これでもだいぶ取れるのよ。ここポイント。
そして、株ごとゆでます。
鍋に、お湯を沸かして、砂糖を一つまみ入れます。
砂糖は、シュウ酸を分解するの。
ほうれん草は、固い株元の方から入れたくなるでしょうけれど、
まず、根元を持って、葉っぱの先だけを熱湯の中でしおれさせてから、
全部を入れてくるりとひっくり返しながら、
株元を鍋底近くの温度が高いところに持っていくの。
これは、葉っぱをまとめて扱いやすくするための裏技よーー。
ゆで時間の感覚が育つまでは、
ゆでてる間にたまに株元を手で触って固さを確かめてね。
ゆですぎるとドロドロになっておいしくないからね。
しゃきっとしながらも程よく煮えてるようにして。』
なんだそれ難しい。
でも、ミズ・クレマーとタナー夫人はなつみさんが言っていることがわかるのか、うんうんと頷いている。
『よさげにしんなりしたら、ザルにあげて、軽く水切りするの。
そしてもう一度、水道の水を出しっぱなしにしてボールの中でよく洗います。
これは、葉っぱの熱をしっかり冷ましてシャキリさせるのと、
シュウ酸除去のため。
これで、下痢ぴーにならないわよ。』
えっ、下痢? シュウ酸って下痢のもとになるの?
『そして、株元をそろえて右手でぶら下げて、ふふっ、首吊りの刑。
ぎゅっぎゅっぎゅっと左手で上から下につかみながら、水分を絞っていきます。
これ、仮絞り。
次に、ペーパータオルでお布団に包むみたいにくるりんとくるんでぇ、
またぶら下げて、もう一度お絞りの刑よっ。』
ほうれん草、何の罪?
『絞れたら、ペーパータオルを外してぽいっ。
さぁ、これで下準備オッケー。
ほうれん草は下準備が大変だけど、あとは簡単よ。』
やれやれ。
『あとは、まな板に寝かせて、株元を切り落とします。
ただ、あまり大きく切り落とさないでね。株元が一番甘いから。
3cm幅ぐらいに切り分けたら、少し深めのお皿に入れて、
すりごまを雪みたいに上に振りかけて。
そして、愛する便利調味料「鰹だし醤油」を、
その上から、ドポポッとかけたら出来上がり。
簡単でしょ。
ほうれん草の胡麻和えの完成でーす。混ぜ混ぜして食べてね。』
『付け合わせに、
ジャガイモとニンジンを一口大に切って塩ゆでしておきます。』
これは、この間やったので私でも出来た。
ふふふ、上達してる。
『さぁ男と言えば、肉よね。肉。
牛肉の薄切り…はないわよね。じゃあ、ステーキ肉いっちゃう?
肉を切るとまな板が汚れちゃうから、
先に玉ねぎを下ごしらえします。
これは、少し大き目のくし切りにするの。
食べた時の触感がいいからね。
これは、ザルに入れといてー。
次に、ステーキ肉をまな板にのせて、肉叩きで軽く叩きます。
ふふっ、袋たたきぃーー。』
ちょっと、怖いよ。なつみさん。
『これで、肉の繊維が切れて柔らかくなるのよ。
そして、肉を1~2cm幅に切ります。
これを、油を熱したプライパンにジュッと入れて、
強火で、炒めるの。でも、あんまり混ぜないで、
肉の表面を焼いて、肉汁を閉じ込める感じでひっくりかえしてね。
ここで、軽く塩コショウをします。軽くでいいからね。
肉の赤みが少なくなって、焦げ目がついてきたら、
切った玉ねぎを放りこんで、
ここで、混ぜながら玉ねぎのまわりに、
肉汁をまとわりつかせながら焼いていきます。
玉ねぎがちょっと固めぐらいで、味付けです。
ここポイント、玉ねぎのシャリシャリ感を残してね。
少し火を落として、
砂糖をスプーン一杯、みりんをまわしかけて、
醤油を入れて、このタレを混ぜながら絡めて焼き付けるの。
豚肉だと、ここに、しょうがを入れるといいわ。
今日は、牛肉だからこのままね。
調味料は、甘い味を先に辛い味を後から入れるといいの。
トングについたタレの味を指につけてなめてみて、
味の調整をしてね。
すこし焦げたいい匂いがしたら、出来上がり。
ふふ、牛肉の甘辛いための完成でーーす。』
ここでなつみさんは、緑・赤・茶色・薄黄色、そして、待望のご飯の白ね。もう少し、黄色味が欲しいわね。と言いながら、冷凍のコーンをカップに入れて、電子レンジでチンと温めた後で、バターを少しのせて、味塩をふった。
そして、キャスが買ってきていた何種類かの漬物の中から、『酢っぱ味が欲しいし、肉が油っぽいからこれね。』と、紫色のキュウリのしば漬けをご飯の隅にのせた。
その行動に疑問があったのか、ミズ・クレマーとタナー夫人が私に理由を聞いてくる。
「食材の色を言ってたけど、どうしてですか? 結構、種類が豊富なおかずだと思いますけど…。」
「私は、なぜその漬物を選ばれたのかが気になりますよ。」
『それはね…。』
なつみさんが話したことによると、こんな理由があったらしい。
食べ物の色というのは、その食材が持つたんぱく質やビタミンだとかの栄養素がよくわかる信号機のようなものだそうだ。
なので、色合いがいい見て楽しいおかずは、栄養素も満遍なく入っていて身体にいい。
『さっきのは、黄色味が少ないから足したの。』
そして、調理方法も、煮る・焼く・蒸す・揚げるなど、一日あるいは一週間のスパンで偏りがないようにすると、身体のバランスもとれるし食べる人も飽きないのだそうだ。
それに一回の食事の中で、味の濃いもの・薄いもの・よく火が通っているもの・サラダなどの火を通さない新鮮なものといったように、いろいろな味や触感をそろえるとこれも腸の働きや胃に優しいし食べていて楽しいということだ。
また、日本人にとって漬物は「箸休め」の意味もある。
これを食べることで、口の中をさっぱりさせたりするし、
薄味のおかずの味のアクセントとして、一緒に食べたりするそうだ。
『独身の男の人で気をつけなきゃならないのは、なっぱっぱよ!』
なっぱっばとは、葉物野菜らしい。
これをとることで、腸にもいいし、たんぱく質などの分解吸収なども促すそうだ。
『必ず一日に一度は取るように、念を押しといてね。男はほっといたら炭水化物とたんぱく質だけで生活するからね。』だって。
ミズ・クレマーは「さすが日本の食文化ですねぇ。」と感心しきり。
タナー夫人も、目から鱗が落ちたような顔をしている。
エミリーもなつみさんが80歳で経験豊富ではあるというものの、一介のただの家庭の主婦であっただけの人の知識量の多さに脱帽した。
これで適当?
めんどくさがり?
うーーーん、日本恐るべし。
久しぶりにご飯を食べることができた皇太子さまは、大喜びだったそうだ。
そしてタナー夫人が料理を教えた神父様は、極東の未開の島国だと思っていた日本の食文化の高さに、大いに安心したらしい。
やれやれ。
これで、しばらくお役御免だね。
やっと落ち着いて本が読めるよー。
ふふふ、天国天国。
良かったね、エミリー。
とうぶん、ゆっくりできるといいね。




