勇者逃亡
「レベル……9999?」
玲人は呆然と、目の前のディアを見つめる。
そこにはあり得ないモノを見る驚愕があった。
その視線がそらされ、俺に向く。
本当なのか? そんな震えた瞳が疑問を投げかけて来ていた。
「ああ。ディアはたぶん魔族最強の存在だと思うぞ。こいつを倒せるのはこの世界にいないんじゃないのか?」
「ご冗談を。私とて最強ではありませんよ」
などと謙遜するディア。絶対嘘だ。こいつが誰かに倒されたりしたらそれは多分神様か上位世界の存在だと思う。
まぁ、そんな事はどうでもいいようで、玲人はよろよろとディアから逃げるように下がり、尻餅を付く。
まぁ、自分じゃ逆立ちしても勝てない存在が目の前に居たら、そうなるよな。
ついでに俺の後ろに居た大悟も嘘だろ? とか呟いて目を見開いてるし。
そういえばディアと普通に話してたけど相手のレベルとか確認してなかったなこいつ。
そりゃ驚くか。
「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だッ! だって、俺は、魔族の女を連れ帰っただけだぞ? なんでそんな化け物が取り返しに来るんだよ!? こんなのおかしいだろ? 俺はただ……」
「ハーレムを作りたかった。だろ? 調子に乗り過ぎたんだよ玲人。一国手に入れたってところで満足してりゃ良かったのに魔族領に手を出した。運悪かったのはそこに魔王が滞在していて、矢鵺歌の知り合いを拉致しちまったことだ。諦めろ。もう、詰んでる」
すでに玲人の味方はここに居ない。
国を失ったムーラン国の住民も、話の内容から今回の国消失事件の原因が玲人にあると分かったらしく、集まった民衆から石が投げられ始めた。
手に入れたはずの女たちは真名を返却され、怒りと殺意で玲人を睨みつけている。
玲人は石を身体にぶつけられ呻きながら勇者仲間を見る。
矢鵺歌。絶対に殺すといった視線が突き刺さる。
慌てて目を逸らし若萌に。しかし彼女も助ける気はないと、冷めた視線を見付けて見切りを付ける。
大悟に視線が向く。
「な、なぁ大悟、お前は分かるだろ? 俺は異世界来て浮かれただけだ。女を抱いて、遊ぶだけ、それだけで良かったんだ!」
「そうだな。僕も一応理解はするよ。異世界転移は僕にとっても浪漫だ。ハーレム、テンプレ。大好きさ。でも、他人の意思を捻じ曲げるのは間違ってるだろ? 残念だけど、僕も君は許せない」
「なっ!?」
大悟にまで見捨てられた玲人は涙ながらに俺に視線を向けた。
頼れるのはもはや俺だけとでもいうように。
「誠っ、お前なら、お前なら分かるだろ!」
「何が分かるのかわからんが。俺が言えるのは一つだけ。俺は正義の味方としてお前を悪と断罪する」
「ま、誠ォォォォォッ!!?」
ふざけんなっ。と叫ぶ玲人。その後頭部に石がぶつかり呻きが漏れる。
少し可哀想な気もするが、既にコイツのせいでロシータと彼女の家に居た人たちが殺されている。
ならば俺は、魔王として許す訳にはいかないのだ。
別に俺が手を下す必要もないし、下手にしゃしゃり出ると矢鵺歌に恨みを買いそうなので言うだけに留めていたのだが、さっさとトドメを刺すべきだったかもしれない。
矢鵺歌が矢を番え、玲人に向けた時だった。
「クソ共がァッ、ガルムッ!」
玲人が叫んだその刹那。
何処からともなく赤い影が走った。
咄嗟に矢鵺歌が矢を穿つ。
しかし、玲人の眉間に矢が突き立つ前に赤い影が玲人を攫って行った。
高速で距離を取ったそいつは、森の前で一度立ち止まる。
赤い犬が玲人の首根っこを捕まえてこちらを見つめていた。
「ふむ。ガルム。魔犬の一種か。テイムしたのだな」
ギュンターが呑気な事を言っている間にガルムは玲人を咥えたまま森の奥へと消えていった。
どうやら逃がしてしまったらしい。
……いや、シシルシとかラオルゥとかなら追えるんじゃね?
まぁ、動いてないことを見るにこのまま逃した方が面白そうとか思ってるんだろうね。
すまん矢鵺歌。こいつ等を統率出来てない俺のせいだ。
『玲人のハーレムはこうして終わりを告げた……か。次は魔物娘ハーレム率いて反撃かな?』
フラグにしか聞こえないぞ武藤。
つかアイツが反撃するようなタマだろうか? ビク付きながら森の奥で暮らしてそうな気がするけどな。あとはどっかで野たれ死ぬか。
「ロシータ……ごめんなさい」
弓を降ろした矢鵺歌が力なく膝を折る。
結局、ロシータを助けることは出来なかった。
俺達は目的を達成できずに、やったことといえば腹いせに国一つ滅ぼしただけだ。
なんかもう、ホント魔王にしか思えない所業だな。
「あの、少しよろしいですか陛下」
ん? どうしたディア?
俺は不意に話しかけて来たディアに振り向く。
少しお耳に入れたい事が。そう言って伝えてきた内容は、信じられないものだった。




