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外伝・国王の悲惨な一日1

 その日の目覚めは最悪だった。

 汗まみれで絶叫しながら起き上がったのは、ムーラン王国国王、ルイ・ストラウル・ムーラン23代国王陛下である。

 突然の王の絶叫に驚いた部屋の前に立っていた近衛兵二人が慌てて押し入ってくる。


「陛下、いかがなされましたか!」


「いや、なにか嫌な夢を見たようだ。なんでもない、下がっていい」


 心臓は未だにバクバクと音を立てている。

 悪寒が止まらない。

 何が起こったのかわからないが、とても辛い事がこれから起こる。そんな予感が拭えない。

 だが、順当にいけば本日は祝福されるべき日だ。


 魔王領に潜入した勇者玲人が戻って来る日なのだ。

 きっと良い戦果報告が聴けるはず。

 その筈なのだが……


 侍女たちに着替えを任せつつ考える。

 不安要素は幾つかあるが、どれも致命的に危険な様子はなかったはずだ。

 ならば突発的な不幸?

 それでは備えることは不可能だ。とりあえずは今まで通りに過ごすしかないだろう。

 暗殺の類には気を付けるように近衛兵を多めに付けておこう。


 午前の仕事を済ませていると、玲人が帰還して来た。

 なんと魔族を数人捉えて来たのだという。地下牢を使わせてほしいと言う事だったので喜んで了承する。

 さすがは勇者か。そう見直したのもつかの間、娘の部屋にこれから入り浸るようだ。

 できるならばこのようなエロ勇者の毒牙にかかってほしくはなかったが、玲人をこの国に縛るには仕方のない犠牲だ。娘も玲人を好いているようだし、婚約するのも問題はない。


 女遊びはどうにかしてほしいと思うが、生まれた孫に王になる教育を施せば、あるいは王佐に付けるだけの知識を身に付けさせておけば隠遁後も国は安泰だろう。どの道玲人は傀儡政権で本人は淫蕩にふけさせておけば問題無いだろうし、国の采配には手出しさせないようにしておけば国が傾く心配もあるまい。


 そんな未来を考えくっくと笑みを漏らしていた王に、それは唐突にやって来た。

 兵士が一人、慌てたように謁見の間に転がり込む。

 本来なら不敬罪で処罰の対象なのだが、帯剣したままの兵士は即座に近衛兵に取り押さえられながらも王に懇願するように拝礼する。


「き、緊急事態にございます! 勇者に会わせろという者たちがっ」


「勇者? 玲人ならば娘の部屋だが、先触れもなしに来るなど無礼であろう、帰らせればいい」


「無礼というのは目下が目上に行う事だ。王の上に存在する者が来る分には無礼にはあたらんよ」


 さっさとその兵士を摘み出せ。そう言おうとした王だったが、その言葉を遮るように、兵士が転がり込んだ正面扉からコツコツと音を鳴らして入ってくる一人の女。

 動きやすく機能性を重視した半袖の服を着た女。武道着に見えなくもないが王族を前にしたドレスとして見てもそれなりの見栄えにはなっている。人間領では見たことのない質感の服を着ている。


 肌には無数の紋様が刻まれ、綺麗な顔立ちの両目には布で作った眼帯が巻かれ、どう見ても両目が隠れて見えない状態になっている。

 なのに、彼女は迷うことなく真っ直ぐに進んで来る。


「な、何者だ貴様!?」


 咄嗟に叫んだ言葉と、近衛兵が動くのは同時だった。

 行く手を阻もうとする兵士達は、しかし女に触れることすらできず宙を舞う。

 何が起こっているのか王は全く理解できなかった。


 女はやすやすと王の前に辿りつく。

 殺される? ありえる事実に全身が緊張する。

 朝方の漠然とした不安はこれだったのかと後悔するが、もう遅かった。


 だが、女は王に攻撃することなく彼の側面に回り込むと、玉座の肘かけに腰掛け、玉座にもたれかかるようにしながら王の右に座って来た。

 なれなれしい女に警戒しながら振り向くと、ニヤリと口元を歪ませた女が告げた。


「初めましてムーラン国王。魔眼公ラオルゥだ」


 絶句した。

 その名前を、ルイ23世は知っていた。

 遥か昔、とある国に召喚された勇者と誼を交わしたとされる伝説の魔族。

 その目で見つめられた者は時の魔王であろうとも等しく破裂し死に絶えたのだと言う。


 だが、だがそれはあり得ない。

 彼女は勇者により封印されたはずだった。

 あまりの強力な力を恐れた勇者が、彼女を地下深くに封じ、二度と出てくる事のないように念入りに封印したとされているのだ。


「ラオルゥ、先行し過ぎだよ。皆の歩調に合わせてくれよ」


 遅れて、男の声が掛かる。

 自称魔眼公ラオルゥを親しげに呼ぶ存在は、赤いスーツの男だった。

 全身を覆う不可思議なスーツ姿も気になるが。その男の後ろから現れたメンバーの中に知った顔を見付けたルイ23世は愕然とした。


「魔王……ギュンター?」


 魔王自らが、ムーラン王国へと現れたのである。

 彼の悲劇の一日は、まだ始まったばかりであった。

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