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魔王の視察3

 豪奢な屋敷の内部に俺は居た。

 目の前にはガラス製の精巧な作りの丸テーブル。

 座っているのはふかぶかと沈み込む座り心地の良いソファである。


 天井部に釣られたシャンデリアの光が煌々と輝き、まさに貴族を思わせる室内を照らしていた。

 全身鎧の置物。高そうな食器を飾った戸棚。赤い絨毯の敷かれた床。

 まばゆいばかりにキラキラとした部屋に通され、俺達はソファにもたれて座っていた。


 俺を真ん中に右にシシルシ、左にルトラ。

 テーブルを挟んだ向かいにはお嬢様風の魔族が座り、側に爺と呼ばれていた執事らしき人物と、困った顔の矢鵺歌が立っていた。

 なぜ彼女がここに居るのかは分からないが、どうやら宮廷魔術師の洗脳は解けているようだ。

 俺があいつを殺した瞬間、皆の洗脳が解けたらしい。

 死亡と同時に即死などを命令されていない場合は今まで掛けられた洗脳全てが解けるらしい。


「は、ははは、はじ、はじ、はじ……」


 この戸惑い眼をぐるぐる回しながらあたふたとしている御令嬢の名はロシータというらしい。

 勝気な瞳と小柄な顔に大きめの胸。シシルシがロシータの胸を見ながら自分の胸の前で両手を上下させてすとーんすとーんと泣きそうな顔をしていた。


「お嬢様に代わりまして、私めがご説明させていただきます」


 ロシータが緊張し過ぎて話ができないと理解した爺ことエルナンドが代表するように口を出す。

 あぅあぅと戸惑うロシータを放置して、俺は彼に視線を向けた。

 エルナンドの話を聞いた限りでは、どうやら生き倒れていた矢鵺歌が死ぬところに立会い、ロシータが興味を覚えてペットにする事にしたらしい。


 教会で悪魔神官に無理を言って矢鵺歌を生き返らせ。真名を奪って自分の下僕にしたのだという。

 といってもロシータが今まで行っていたのは本当に愛玩動物として可愛がる程度のことだったらしい。

 服を着かえさせたり、一緒に風呂に入ったり、一緒のベッドで寝てみたり、一緒に食事をしてみたり。


「お嬢様はご両親と一緒に居られない分人間を可愛がり愛情を注ぐことでまるで妹のように……」


「じ、じじじ、じぃっ、何をおっしゃってますのぉっ!?」


 恥ずかしいからソレ以上いうな。っとばかりにエルナンドに食ってかかるロシータ。

 どうやら酷い目には合ってないようで少し安心した。

 矢鵺歌に視線を向けると、困った顔で頷く。

 どうやら嘘や偽りはないようだ。


「一つ、いい?」


「なんだ矢鵺歌?」


「若萌さんは元気?」


「ああ。あいつもこの町に来てるぞ。魔王の娘と一緒に街を見回っているはずだ」


「そう……よかった」


 心底安堵したように矢鵺歌は息を吐く。

 気を取り直したように顔を上げ、俺に視線を向けた矢鵺歌は静かに頭を下げる。


「すみません。貴方にあのようなことを、私は操られていたとはいえ、貴方を刺し、若萌さんを……」


「気にするな。俺達はなんとかなった。それで、どうする? お前が望むなら魔王城に……」


「なりませんわ!」


 俺の言葉を遮り、力強く断言したのはロシータ。

 エルナンドから離れ矢鵺歌の腕に飛び付き俺に意思の強い瞳を見せつける。


「矢鵺歌は既に私のモノですわ!」


「矢鵺歌はモノではない、人間だ、意志ある存在だぞ?」


「それでも、真名を手に入れた私が主ですわ!」


 絶対に譲らない。そんな意思を見せつけるロシータに顔を青くするエルナンド。

 現実を見ているエルナンドは気が気でないだろう。

 何しろ一貴族の令嬢風情が魔族を束ねし新魔王に逆らっているのだ。

 俺の機嫌が損なわれれば殺されても文句言えない状況である。

 殺せば真名も回収出来るから矢鵺歌を救うなら遠慮はいらないしな。


「ふーん。ねぇ赤いおぢちゃん。このお姉ちゃんの胸……もいでいいの?」


 最後の一言だけ深淵から覗くような目になるシシルシ。その瞳に見つめられ、にぃっと微笑まれたロシータがひぅっと息を飲む。

 あの視線、怖いよな。ちょっとロシータの下着が濡れてますよシシルシストップ。


「度胸はあるが実力が足らんな小娘。レベル差を考えぬと家ごと滅ぶぞ?」


 ルトラがにやにやと笑いながら告げる。

 小物が粋がっているという事実が面白いようだ。


「あ、う……でも、でも……」


「お、お嬢様、恐れながら、こちらは魔王陛下でございますれば、下手にお逆らいになるのは……」


 彼もかなりテンパッているらしい。お逆らいってなんだよ。


『悪役が板についてきたなぁ魔王様よ』


 誰が悪役だ。


「あーその。矢鵺歌はどうする?」


「え? あ、そう……ね。二人が無事だってわかったのなら、私は……別に」


「そうか……なら、ロシータ」


 矢鵺歌の言葉を受け、俺は自分の決定をロシータに告げることにした。

 名前を呼ばれたロシータがひぅっと息を飲み下半身をドバッと濡らした。

 なぜ声を掛けただけで恐れられるのか意味不明だし、独特の臭いが漂っているようだけど、俺はスーツの御蔭で臭いには気にならないので鼻を押さえるシシルシとルトラを放置して話す。


「矢鵺歌については現状維持でいい。ただし、矢鵺歌に酷い事をした場合は強制的に魔王城に連れていく。もちろん、お前達を断罪させて貰う」


「あ、あぅあぅあぅ……」


「矢鵺歌は丁重にな。俺からはそれだけだ」


 連れていかれないと分かった安堵感と死ななくて済んだという重圧からの解放感で、ロシータは再び気絶した。何か聞いてはいけない音が彼女のお尻の方から漏れた気がするが、聞かなかったことにしておこうと思う。

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