中央集中1
「クソ、こんなはずでは……」
「ウェプチ! 何、してる?」
魔王城前の戦闘に、フィエステリアと共にやってきたチキサニは、そいつを見付けて思わず告げた。
ウェプチは彼女に気付いて唇を噛む。
この時期まで彼女が生き残っていることは彼にとっても予想外だったようだ。
「チキサニッ。まだ生きていたか!」
「クアニは死なない。生き残った。だからウェプチ。レシパチコタン民を引かせて! これ以上は無駄死にになる!」
「黙れチキサニッ。ええい、お前ら、奴を殺せ。ロンノロンノ!」
ウェプチの言葉に子飼いの兵士達が一斉にチキサニに矢を放つ。
しかし、稀良螺が彼女の前に割り入り剣撃で迎撃。
打ち漏らした矢もフェレがポエンティムの指示で撃破した。
「ウェプチ……どうして?」
「煩いっ。貴様は目ざわりなのだっ。俺がレシパチコタンの長になる。その為に、予言の巫女など不要なんだよッ! なぜ俺の代だけ貴様のような存在がでてくる! ずっとだ。ずっと貴様のせいで俺は族長代行だ! 貴様が族長で俺がその代わり。何をするにもまずはお前を通す。いつもいつもいつもなぜお前を通さなければならんっ。前々から気に入らなかったのだっ。消えろチキサニ。この世界にお前の居場所はないっ」
叫ぶウェプチにチキサニは愕然とする。
自分をそこまで恨んでいるとは思わなかった。
野心の邪魔になるだろうとは理解していたが、何故彼はそこまで自分を憎悪するのか。
もともとは幼馴染であり小父である。ウェプチと共に育ったチキサニにとって彼から受ける憎悪はあまりにも心を削がれることだった。
口元を押さえはらはらと涙を流す少女に、その男が黙っている訳がなかった。
突如、戦場が緊迫した。
ゾクリ、その場の誰もが背筋を這う得体のしれない恐怖に震え、動きを止める。
戦場全てに死神が降りて来たような、その場の全ての兵士の首筋に刃が添えられたような、絶望的な殺意が戦場に満ちた。
全てが動きを止める中、一人の怪人が歩き出す。
皆が気付いた。この殺意の波動を生み出したのが何者であるかを。
地獄の細胞はウェプチ向けて歩き出す。
まさに断罪を行い生者の命を狩り取ろうとするように、そいつはゆっくりとウェプチに近づいて来た。
「怪人、さん?」
「正直部外者だからこういうことは言いたくないんだがな。同じ種族の仲間に対してあんたの言葉はちょっと無視できないな。チキサニちゃんが邪魔だから殺す? 自分が一番になれないから頑張ってる相手を引きずり殺す? テメーの方がよほど害悪じゃねーか」
「う、うるさいっ、お呼びじゃねぇ、テメーなんざお呼びじゃねーんだよッ!!」
タシロを引き抜き雄叫びと共に走り出すウェプチ。
破れかぶれに危険な存在向けて短刀を振るう。
「ウェプチッ!」
ヒュン。
怪人向けて駆けるウェプチに風切り音が迫る。
気付いた怪人が身体を傾け避けた瞬間、その直ぐ横を通ってウェプチへと迫る一筋の矢。
怪人の身体が邪魔になって直前まで見えなかったウェプチが避けられるはずもなく、その右目に矢が突き立つ。
「が、ああああああああああああああっ!?」
ウェプチの左目に、弓を持ち、矢を放った体勢のチキサニが見えた。
涙目ながら意志の強い瞳でしっかりと睨みつけて来るチキサニに、ウェプチは思わず吠えたける。
「チィキサァニィィィ――――ッ」
だが、彼女に反撃を放つことは出来なかった。
頭をがしりと掴まれ、後頭部に痛みが走る。
気が付けば、怪人が彼の後頭部を鷲掴みしていた。
「あ、ああ……」
「踊り狂え。お前に相応しい最後だ」
「があああああああああああああああああああああああああああああアァァッ!!?」
絶叫しながら体中を掻き毟る、矢を引き抜き振り回し、必死に踊り出した男を放置して、地獄の細胞が周囲を見回した。
静まり返った戦場から、戦意を無くしたレシパチコタン民たちが武器を放り投げ両手を上げる。
全身から血を噴き出し倒れるウェプチが死に絶える頃、勝利に沸く筈の中央軍はにわかに色めき立っていた。
ざわつく彼らは四方八方を埋め尽すように近づいて来る黒い軍勢をしきりに指差している。
「な、何あれ……」
「ディアリッチオ様が……一杯?」
「おいおい。これはまた……つかまた四方囲まれるパターンかよ。俺異世界来たら大体このパターンの四面楚歌になってる気がするぞ、呪いか何かか?」
「フィエステリアさんだっけ、どうしたらいい!?」
「どうするも何も、相手は空に居るんだ、下手に攻撃も出来ないんじゃ……とりあえず追い立てられて集まって来る仲間と合流しながら反撃するしかないんだが……」
戸惑うフィエステリアに戦慄するパルティ。
「一応、私は対空迎撃用スキルはあります。神様達に教わりましたから」
「俺も異世界で氣脈法教わったから空を歩いたりはできるけど、俺らだけじゃ焼け石に水だろ。どんだけ出てくんだあいつら、空まっ黒じゃねーか」
迫り来るディアリッチオ人形の軍勢に、手持ちの札では多勢に無勢だと、彼らは戦慄するしか出来なかった。




