南の魔神
「な、なんだありゃ……」
南の戦場でエルダーマイアとレシパチコタンを撃破した魔族軍は、南側の空から来るそれらに思わず呆然を魅入っていた。
ゲドはレレアの側で治療を受けながら、大口開いて見上げていた。
「ディアリッチオ……様?」
折角人族に勝利した彼らの絶望は計り知れないだろう。
ルトラもまた、その光景に息を飲んでいた。
「ルトラ様、アレは、味方でしょうか……」
カルヴァドゥスの言葉に固唾を飲むルトラ。彼は即座に空を埋め尽すディアリッチオがどういう存在なのかは理解していたが、信じたくないという想いから思考を彼方に投げ飛ばしていた。
直ぐに拾って我に返ったルトラは周囲を見回す。
勝てそうな面子は居なかった。
「カルヴァドゥス、全軍に通達しろ! 撤退! 魔王城に戻れ!」
「はっ! 全軍撤退! 銅鑼を鳴らせッ! アウグルティース殿、奇襲部隊もお早く撤退を!」
「し、しかし、我等まで撤退しては結局魔王城に奴らを連れて行くだけになるのでは?」
「僕様を舐めているのか貴様等は? 足手まとい共はさっさと撤退しろよ。大魔法も使えないだろうが!」
勇者相手に手も足も出なかった手前、カルヴァドゥスたちはルトラの足手まといになるのは確かだろう。
ルトラのレベルこそ低くはあるが、立派に魔神と呼ばれるだけの実力はあるのだ。
「任せてしまって、よいのですか?」
「ふん。僕様が負けると思うか? 見たところ勇者程の実力もない人形に負ける気はないぞ」
相手の実力は分からないが、ディアリッチオ人形は勇者よりは弱いらしい。
カルヴァドゥスはあまり信頼できないと思いながらも、魔族の人命を優先する。
撤退を指揮し、全軍を魔王城へと逃すと、自分もその指揮を取るために撤退していった。
後に残ったのはルトラ、アウグルティース、エルダーマイア勇者の琢磨、十三、光子であった。
それに気付いたルトラがまだいたのか? と尋ねるが、彼らは引く気はないらしい。
自分一人で敵うとも思っていなかったルトラは溜息吐きながらディアリッチオ人形を見る。
「死ぬぞ貴様等」
「へっ。俺らが死ぬならあんたも死ぬだろ」
「一応、勇者だからね。絶望的な光景には抗いたくなるんだ」
「女神は……許せないから」
勇者三人がルトラの背後で武器を構える。
さらにアウグルティースが剣を構えた。
「私は裏切りの将として罰を受けている身でありますれば。魔王軍のため礎となるならばむしろ本望、お供いたします」
「僕様とて死ぬ気はないがな。まぁいい。お前達程度なら邪魔には成るまい。広域魔法陣には入らんようにしてくれ。巻き添えで死んでも知らんからな」
ルトラの得意な攻撃は広範囲殲滅魔法。
単体を屠るには過剰戦力であり、広範囲に及ぶ魔法なので唱えるのに時間が掛かる。そして強大な力を持つ存在には火力不足と言わざるを得ない。
それでも、今、この時においては彼ほど適した攻撃者は居ないだろう。
「プラズミック・フォレスト!」
雷撃の森でまずは先制。近づくディアリッチオ人形を数体打ち落とす。
「効果はあるな。落下ダメージでアイテム入手が出てる。それなりに弱いってことだ」
「私達でも充分闘えそうね」
「肉弾戦なら得意なんだが、これはちょっと面倒そうだな」
「十三は下がってるか?」
「絶対にやるからな。冗談でもいうなよ琢磨」
軽口叩く勇者たちを放置して、ルトラは呪文を紡いでいく。
「天空落下!」
轟音と共に空が落ちた。
それ程の光が一瞬で空を覆い、ディアリッチオ人形の群れを打ち砕く。
流石に一撃でなんとかなるものではなかったが、ルトラはこれで終わるつもりはなかった。
「天空落下!」
広範囲殲滅魔法のダブル詠唱。
大空にけたたましい轟音と共に落雷が襲いかかる。
ディアリッチオ人形の群れが一瞬で大打撃を受け半分ほどに減った。
しかし、空いた穴を埋めるように後から更なるディアリッチオ人形が現れている。
「これは∞増殖か……面倒だな」
「レベル上げには最適かな。今ので9999になっちまったぞ」
「ルトラだっけ、あんたのレベルも同じじゃないのか?」
「ここまできたらレベルなんざ意味がねぇだろ。バカなのか勇者共。遊び感覚でいつまでもいるんじゃねーぞ。この世界で生き残りたければレベルなんざ考えるな。敵を倒して生き延びる。レベルが弱かろうが強かろうが生き残った方が勝ちなんだからな!」
「そ、そりゃそうだけどよ……」
「マリスフェザーッ!」
「光子、魔法唱えるなら全体魔法を連発しろ! 単発なんざ焼け石に水だ!」
ルトラの叱責にむっとしながらも頷く光子。次の詠唱を単体用の強力魔法から中型広範囲魔法へと切り替える。
「天空落下×2!」
ルトラが魔法を唱え、再びディアリッチオ人形を複数体破壊する。
しかし、数の多いディアリッチオ人形は未だに減った様子を見せる気配すらない。
「仕方無い。撤退しながら撃破していくぞ。城が最終防衛ラインになりそうだ」
ルトラも撤退を決めたのは、もう間近にディアリッチオ人形が迫ってきたところだった。




