勇者VS魔神3
手塚至宝にとって、その魔法は初めて使うものだった。
覚えたのが最近というのもある。
この頃にはそんな魔法使う必要もない程の実力を持っていたのだから。
それでも、自分より強い存在と闘った時の為、最後の切り札として覚えておいた魔法である。
それを、魔法滞留というスキルで魔剣に付与する。
サンダーソードなどの雷撃を剣に付与するのとは少し違う。剣が雷属性になるのではなく、文字通り剣に魔法を滞留させるスキルだ。
「雷撃の森」
魔剣、レーヴァテインに魔法が滞留する。
それはライトニングを越えた雷魔法。プラズマ化した魔法が敵全体に襲いかかる広範囲殲滅魔法である。
「雷撃の森」
魔剣、ユーリリスに魔法が滞留する。
同じ魔法を二人が唱える融合魔法がある。ライトニングとライトニングでライトニングクロスというように、手塚至宝は魔法を剣に滞留させることで融合魔法を一人で行うことを可能にしたのだ。
「さぁ、準備は完了だ」
二つの魔剣を真上に掲げ、魔力を通す。
魔剣は己が特性を存分に立ち昇らせる。
レーヴァテインは炎を噴き出し、ユーリリスの周囲を風が渦巻く。
準備は数秒と掛からなかった。
魔法を二つ唱えるだけの時間がかかっただけなのだから当然だろう。
だが、その間にディアリッチオの真上に存在する絶望はさらに肥大化していた。
「ジェノサイドイグニスッ」
「フレアプラズミッククロスッ」
互いの最強の一撃が走る。
打ち出された巨大なジェノサイドイグニスに、クロスするように打ちだされた双剣から迸る紫電の一撃。レーヴァテインの炎とユーリリスの風によりさらに威力と速度を倍加させた一撃がジェノサイドイグニスと激突した。
一瞬、ジェノサイドイグニスがその質量により押し迫る。
しかし、ジェノサイドイグニスの内部へと侵入したフレアプラズミッククロスによりジェノサイドイグニスが止まった。
赤き太陽を思わせる一撃を突きぬけ、フレアプラズミッククロスが駆け抜ける。
ジェノサイドイグニスが弾け飛ぶ。
驚き目を見張るディアリッチオ向け、致死の一撃が突き進む。
「おお、なんと、なんと素晴らしい……」
その魔法の煌めきに、ディアリッチオは薄く笑みを浮かべていた。
綺麗だ。そんな感情が湧きあがる。
迫る一撃が彼を包み込む。食らった瞬間、悟った。
これは、自分を滅ぼす一撃であると。
「おお、おおお……オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ……」
「ハァ……ハァ……やべぇ、これはちょっと……魔力の使用がハンパねぇな……」
双剣を地面に突き刺し思わず荒い息を整える至宝。
彼女が見上げた先にディアリッチオは存在していなかった。
「おい、マロン、どうなった?」
―― 無事回収したってさ。ディアリッチオは裁判長が責任持って自分の世界に転生させるらしいわ。それよりちょっちピンチ ――
「……あ?」
―― 女神サンニ・ヤカーが逃げた。つーか個室籠った ――
「はぁ?」
神々が一瞬目を離した隙に、この世界の女神が個室空間とやらに籠ったらしい。
そこでは女神の許した存在しか入る事を許されておらず、その他の誰かが入ることはできない。
たとえそれが同格の神々であろうとも、である。
つまり、今、女神は個室に籠り、何をしているか誰にもわからなくなってしまった。ということなのだ。ただ自分の不利を悟って逃げ込んだだけならば問題無い。
だが、性格が捻じれまくった女神である。おそらくただ逃げ込んだだけではあるまい。
彼女の性格が人の絶望を楽しむことであるならば、まだ手を打って来ることは考えられないことじゃない。
問題はそれに対抗しようにも何をするか分からないので後手に回らねばならず。女神が個室とやらから出ない限り手が打てなくなっているということだ。
神々が何とかしようと躍起になっているそうなので、そちらは任せ、至宝は魔族を守り切ればいいだけである。
―― いやぁ、もうちょっと上位な存在でも居れば簡単に侵入できるんだろうけど、あちしらより上位な知り合いとかいにゃいからさー ――
「とりあえず死んどけクソ女神」
―― ひどっ!? ――
「つかどうすんだよ。ディアリッチオ倒したは良いが、女神をどうすることもできねぇんじゃ来た意味ねーだろ」
とりあえず残った勇者を倒してから皆で話し合うか。と至宝は剣をしまって歩き出す。
一度だけ振り返り、誰もいなくなった戦場を見る。
そこにディアリッチオの姿はなく、彼が再び復活する気配もない。何より魂のようなものは既に回収されているのだ。ディアリッチオは既に別世界に転生した。その事実があればいい。
「来世は、幸せになりやがれ……」
不遇の魔神へ、勇者は呟く。
小さな呟きが、風に吹かれて消えて行った。




