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魔王城防衛線2

「あれは!?」


 魔王城近くを通り過ぎようとした萌葱と若萌は、魔王城の喧騒に気付いて足を止めた。


「魔王軍が闘ってる? 中央まで突破されてたの!?」


「数は多くないわね。先行部隊か奇襲部隊かしら?」


「あ、待ってください! お母さん、あれ! 逃げ出してきた南からの人族が合流し出してます!」


 エルダーマイアとレシパチコタン連合軍の人族が、逃げ出した先に居たウェプチの軍を見付けて合流、数の少ないスクアーレの精鋭部隊を駆逐せんと数を増やしていた。


「ど、どうしましょう?」


「そうね。時間を掛けてる場合じゃないけどアレを先に……」


「その必要はねーぞ」


 スクアーレの軍に助っ人参戦しようとした萌葱たちに、男の声が掛かる。

 誰か? と周囲に視線を走らせれば、怪人フィエステリアが走り寄って来るところだった。


「あ、貴方も来ていたんですか! 寝取り魔!」


「誰が寝取り魔だ! 初対面なのに失礼な娘だな」


 若萌の言葉に憤慨気味に告げる怪人は、萌葱へと視線を向ける。


「河上の奴はここから北だ。萌葱さんは向こうを頼む。こっちの援軍は俺がやるさ」


「いいの? じゃあ、お願いします!」


 怪人の言葉に頷いた萌葱は北へ向けて走り出す。

 遅れる訳にはいかないと若萌もまた、母の背中を追って走り出した。


「おい、そこの娘さん、俺、今まで寝取ったことないからなっ!!」


「チキサニをお父さんから寝取ってました! あと稀良螺さんも!」


 追い付いて来た稀良螺がえ? どういうこと!? といった顔をしていたが、既に若萌も萌葱も駆け去っていった後だった。


「おいおい、あの娘未来から来たって聞いたけど、マジなのか? え? ってことは……この二人未来の嫁候補? いや、待って。また増えるとかあいつらに殺される未来しか思い浮かばないんですけど。あのさ、御二人さん、惚れるなよ。絶対に惚れるなよ。俺がバッドエンド直行ルート入っちゃうからっ!!」


「何訳のわからないこと言ってるんですか! 私があなたみたいなのに惚れる訳ないでしょっ!」


「く、クアニは、エ コシマッ!」


 追い付いて来た稀良螺が叫び、チキサニが何故か擦り寄って来る。


「既にチキサニちゃんはダメそうね。なぜそうなった……」


 遅れてやってきたパルティが呆れた声で告げるが、なるほど、確かにチキサニは恋する瞳で怪人を見つめていた。


「寝取り魔……あながち間違いじゃなさそうね」


「はっ!? 待って。俺何もしてないだろ!? この娘に好かれるようなことも自分から奪いに向かったこともないよね? なぁ、何でこうなってんの!?」


「それより、援軍に向かうなら急ぎましょう。敵の援軍の数が増えてます!」


「ええいチクショウっ。理不尽だっ」


 パルティが先陣切って助っ人へと向かう。

 遅れてフィエステリアが。

 最後尾のフェレとポエンティムにチキサニの護衛を任せ、稀良螺もまた戦場へと向かって行く。


「私も一応勇者です。レベルも4000になってますから人族相手なら闘えます!」


「人を殺した事は? 出来ないならチキサニの護衛に回った方が良い。初めての殺人の場合はトラウマになりやすいぞ」


「そ、それは……でも、手をこまねいてる訳には……」


 稀良螺が辿りついた戦場で敵と切り結ぶが、その敵を殴り倒したフィエステリアに言われて鼻白む。自分が人を殺せるのか、稀良螺はゴクリと生唾を飲んでようやく気付いた。

 そう、自分は魔物こそ倒したし、魔族を葬ったりはしたが、同じ人を手に掛けた事は今のところなかった。

 だが、魔族側で闘う以上、敵は人族なのだ。

 認識した瞬間、身体が硬直する。


「死ねぇぇぇぇっ」


「……あっ」


 反応は、できなかった。

 人を殺さなければならない。そう思ったことで身体が動くのを拒否してしまっていたのだ。

 結果、突撃して来るエルダーマイア兵の剣を、無防備に見上げるしか出来なくなっていた。


 殺される?

 呆然と見つめながら麻痺した思考で思う。

 だが、次の瞬間、黒タイツの背中が彼女の視界を遮った。

 怪人フィエステリアが割り入り、敵兵を屠ったのである。

 さらに呆然としたままだった稀良螺を御姫様抱っこで抱き上げ戦場から跳躍。チキサニのいる戦場から離れた場所へと脱出すると、稀良螺をその場に下ろし、フェレたちに護衛を頼む。


 その間、稀良螺はただただぼぉっと怪人を見つめていた。

 先程惚れない。と叫んだものの、自分の危機を颯爽助けてくれた存在を、いくら醜悪だからと無下にはしない。むしろ醜悪な怪人だからこそ、助けられたことで恐怖による心臓の高鳴りと、助けられた安心感が稀良螺の思考に一つの感情を起こさせる。胸の高鳴りと安心感。ソレが混ざり合い生まれるのは……


 ぽぉっと熱に浮かされたように遠ざかっていく怪人の後ろ姿を見つめる。

 気付いたポエンティムがああ、こいつもかい。といった様子で溜息を吐いていた。

 怪人寝取り魔の毒牙は、着実にこの世界にも浸食し始めていた。

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