死へと向かう破滅の踊り
「な、な、なによ!? なんなのよこのバケモノは!?」
「ヒデェ言い草だな。まぁ慣れてるけど。そっちの、異世界の助っ人さんだっけか。よく持ちこたえた。後は、任せろ」
ぽんっとチキサニの頭に手を軽く置き、パルティを見る潰れたヒョットコ顔の生物。
正面から見ると恐怖しかないのだが、どうやら仲間のようだ。
助かった事に気付いたパルティが思わず力を抜く。
パルティ達に背中を向けて、フィエステリアは小瓶を取り出すと擬口柄へと中に入った赤黒い液体を流し込む。
その光景を、ただただ呆然とチキサニは見上げていた。
恐怖しかなかった。あまりにも恐ろしい存在だった。
だが、その存在は、自分を守りに来てくれたのだ。
背を向けた怪人をじっと見つめていると、心臓が高鳴るのを覚える。
「こ、これが……恋?」
「それ、ただの恐怖心から来る高鳴りじゃないの?」
フェレの呆れたツッコミはチキサニには聞こえなかったようだ。
恐怖から一点、紅潮した瞳を潤ませ、醜悪なバケモノを見上げるチキサニに、パルティ達は何とも言えない可哀想な娘を見る目になった。
「バケモノさん、その小瓶の中身って……」
「人魚の血だ。効果は見てればわかるさ」
思わず尋ねたパルティにフィエステリアは小瓶を一つ投げるとその中身が血液であることを躊躇い無く告げる。
受け取ったパルティはうぇっと顔を歪ませるが、何かしらの効果があるのならとアイテムとして貰っておくことにした。
歩き出すフィエステリアによろめきながら睨みつける和美。
恐怖は既になく邪魔された怒りが顔を悪鬼に彩っている。
鞭を思い切り打ち鳴らす。
空気を弾きパァンと音を立て、フィエステリアの身体を鞭打つ。
こそぎ取られた肉片に、反応すら出来ない雑魚だと気付いた和美は嘲笑う。
「ハハ、偉そうに出て来やがって! テメェなんかお呼びじゃないのよッ! 死ねッ、死にやがれ!!」
魔法の連弾がフィエステリアを穿つ。
一撃目が肩に当り仰け反るフィエステリア。
次の一撃が脇腹を抉りたたらを踏むフィエステリア。
顔面を、足を腕を全身を穿たれる。
「あははははっ、弱くせに粋がって出て来るから悪いのよッ!」
もう終わり? と言おうとした和美の口が、開かれたまま止まる。
声は一言すらも出て来なかった。
ただ、声にならない空気が口からぱくぱくと漏れる。
ゆらり、フィエステリアが歩き出す。
穿たれた身体は急速に回復している。
一歩、また一歩、近づくごとに不気味な姿に呑まれそうになる。
「あ……ああ……ああああああああああああああああああああああッ」
恐怖が勝った。恐慌一歩手前でなんとか踏みとどまった和美は有らぬ限り、魔力を根こそぎ消費するつもりで魔法弾を打ち込んでいく。
欠片も残さないとフィエステリアを穿っていく。
だが、炎の弾丸をものともせずに、そいつはゆっくりと和美に近づく。
地獄から来たバケモノだった。
いくら攻撃しても死んでくれないバケモノだった。
徐々に近づくその死神の二つ名は『地獄の細胞』。まさに地獄から和美を引きずり込む為にやってきた悪夢である。
「く、来るなっ……来るなぁぁぁぁっ!!」
「安心しな。俺が辿りつくより先に、あんたもう、死んでるぜ?」
何を?
彼の言葉が理解できなかった。否、したくなかった。
数瞬後、和美の体内でソレはついに動き出した。
自動再生も回復能力も蝕んで、既に刺された致死の毒が産声を上げる。
「あ、が……があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――ッ!!」
突然、和美が喉を掻き毟る。
眼を見開き吠えたけりながら自分から背負い投げされたように地面に身体を叩きつけ、悶絶し始める。
「ひぎぃぃぃぃ、何ごれ? 何よ゛ごれ゛ぇぇぇぇっ」
口から泡を噴き出し頭でブリッジしてはエビ反に成り、立ち上がっては悶え狂う。
目からは涙を、見開き過ぎて血を噴き出し、鼻から鼻血を垂らしながら踊るようにステップを踏む。
「た、助け、嫌、嫌ぁぁぁぁっ」
「地獄の細胞の毒だ。受けたが最後、踊り狂ってお前は死ぬ」
鞭を振りながら狂ったように踊りだす。
耳から口から血を噴出し、血涙流した女が楽しげに踊る。
あまりにも酷い最後の命の使い方。
一心不乱に踊り狂い、最後、全ての穴から血を噴出し、力無く崩れ落ちる。
膝から落ちて、体内の全ての血を放出し、息絶えた上半身がどさりと倒れた。
ただただ空しく、アイテム入手確認ダイアログボックスが彼女の上に開かれる。
誰も、それを手に入れようとはしなかった。
動くことすら無理だと、敵だった女の哀れな最後に、誰もが戦慄していたのだった。
和美の元へ辿りついたフィエステリアがダイアログボックスを消し去る。
三人目の勇者が消えた瞬間だった。
「さて、救出は済んだし、ジャスティスセイバーのフォローにでも行くか」
任務は終わった。とばかりにフラージャ洞窟を後にする怪人。彼が動き出したことで、パルティ達もはっと我に返る。
「ま、待って。クアニもっ」
慌てて彼を追うチキサニ。
パルティも稀良螺もそれに追従するように走りだした。
「ポエンティム、ゆっくり、帰ろうか……」
「そ、そうですな……」
フェレとポエンティムはただただ呆然と、今しばらくその場に佇むのだった。




