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魔神の怒り

 北軍最前線は今、魔将がサイモン以外全滅という最悪な状況に陥っていた。

 ユクリティアッドが援軍として辿りついた時には既に時遅く、残っていたメロニカからもアイテム入手ダイアログが出現した直後だった。


 間に合わなかった自分と、この悲劇を生みだした信也という名の女神の勇者に怒りを向けるユクリは、彼と一騎打ちでぶちのめす。とばかりに魔法を唱え出す。

 その直後だった。

 戦場を覆い尽くす程の巨大な魔法陣が走る。


 始め、相手である信也の魔法か何かかと焦った。

 顔を見れば相手も焦った顔でこちらを見て来る。

 お前の魔法か? そう、目が言っていた。

 そして同時に悟る。相手が行った行為ではないと。

 そして二人して視線を向けるのは、動き出した魔神、ディアリッチオ。


常時復活オートリザレクト常時回復オートリペア常時状態異常回復オートコンディション……」


 ゆらり、動き出したディアリッチオは片手を額に当て、髪をたくしあげる。

 そのまま首を上へと傾け、ギロリ、今、闘おうとしていたユクリと信也を睨む。

 全身が硬直し冷や汗が噴き出した。


「あ、あれ? 私……」


 ユクリ達のすぐ側で、胸を貫かれたメロニカが起き上がる。

 気付けばペリカが、ギーエンが、ブルータースが復活している。

 そればかりではない。魔族軍のみ、傷付き倒れた者たちが蘇生され、回復し、絶好調で動き出す。


「な、何だこれはっ!?」


「初めてだ。これが怒りという名の感情だと、憎悪という感情だと、はっきりと自覚できた」


 驚き周囲を見回す信也に、勤めて冷静に告げるディアリッチオ。

 その声は、ユクリではなく信也を対象にしているのだとユクリは自覚した。

 今、ディアリッチオにとってユクリはそこに居るという認識すらされていないのだ。なのに、全身が恐怖に怯えている。

 決して敵に回してはいけない存在から敵対宣言をされたような絶望感が押し寄せる。


「でぃ、ディアリッチオ、命令だ! 今直ぐこの魔法を止めろ! なに魔族の手助けしてやがるっ」


「痴れ者め、屑の分際でほざくな」


 世界が、悲鳴を上げた。

 遅れ地面が陥没する。

 ついさっきディアリッチオが居た筈の場所から、信也の目の前へと、刹那の時間で移動していた。

 喉輪を掴み取り持ち上げたディアリッチオは、突然のことに理解しきれていない信也を無造作に投げ捨てる。


「がぁっ!?」


「私の怠慢だというのは認めよう。周囲の確認を怠り女神の良いようにされた。その結果が、これか。あまりにも高い授業料だ。他人に良いように振り回されるのがこれほど虫唾が走るとはな」


「でぃ、ディアリッチオ?」


 ゆっくりと、倒れた信也に近づくディアリッチオ。その視線は下等生物を見下すようにしか見えない。否、実際に彼にとっては雑魚を駆逐しようとしているだけなのだろう。

 しかもその下等生物にいいようい使役され、自分の愛する森を破壊されたのだ、彼の屈辱と怒りは計り知れない。


「な、なんで、なんで俺の命令が効かない? どうなって……」


「簡単なことだ女神の勇者。私を縛っていたカードの呪縛が解けた。それだけのことだよ。いいタイミングだ。出来得るならもう少し早めに行動に移して貰いたかったがな。こればかりは私に主張などできん。私の失態なのだから。だから、あえてこの屈辱は受け取ろう。なれど、貴様を生かす理由はなし。我が森を失わせた報い、ただ一度の死では終わらせん」


「ふ、ふざけんなお前は……お前は永遠に使役されて……呪縛が解け、あれ? え? ちょ、ちょっと待て。それって……永遠、は……?」


 信也は気付いた。気付きたくなかった事実。永遠に使役されていたディアリッチオが自由に動けるということは、彼を束縛していたカードの能力が消えたということ。すなわち、永遠が、死んだということに他ならない。


 本来、それはあり得ないことだ。あの弟は考え足らずとはいえ女神の勇者。ある程度のダメージは再生するし、カード化すれば敵を仲間にできる存在だ。近くには魔神シシルシもいたはずである。不意をついてさえ殺される要素は……


「まさか、シシルシ……?」


 辿りついた結論に、思わず呟く。

 シシルシが、永遠を殺した? あの少女が?

 魔神といえども儚げな少女。ならば永遠の好きにさせても問題無いと思っていたが、まさか?


「その表情で少しは溜飲が下がる思いだよ。シシルシを見誤ったな。アレは猫被りが上手いのだよ」


「う、嘘だろ、あいつ、友達になるとか言って永遠と抱き合ってた奴だぞ!?」


「それこそ愚問。彼女は魔神だ。それを忘れないで貰いたかったな。御蔭で、私は自由だ」


「くっ。ふざけやがって。なら、魔神討伐してやろうじゃねぇか!!」


 なんとか立ち上がり剣を手に取る信也。

 しかし、ディアリッチオから発せられる殺意にやられ、既に身体は闘う事を諦めており、膝が笑っていた。

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