動き出す魔神
「じゃあ、行って来るよシシ……っ!?」
シシルシを抱きしめ返し、満足した永遠はシシルシに別れを告げて魔神ラオルゥが出現した森へと向かおうとした。
だが、彼女から身体を離そうとした矢先だ。
永遠の体内でナニカがはじけた。
致命的な悪意が解き放たれる。
「ぐっ!?」
なんだ、これ?
永遠は身体から力が抜けるのを感じた。
抱きしめていたシシルシから身体が離れて行く。
「あ……シ、シー……?」
笑っていた。
斃れる永遠を見て、シシルシは深淵のような瞳で笑っていた。
「逝って来な、カードの勇者様」
同じ人物から放たれた言葉とは思えない声がした。
今の声は、シシルシなのか? 聞き返そうとした永遠の口から何かがせり上がる。
思わず吐き出す。
「うごぇっ」
粘体が吐き出された。
ソレは地面に落下すると急激に膨らみ、人型へと変化する。
意味が分からない。何だこれは? 自分の体内に今まで潜んでいた? 一体いつから?
「任務御苦労、モルガーナ。ってなぁ。ケケケ」
「全然キーワードが聞こえないので焦りましたシシルシ様」
何が起こってる?
これは一体……っ!?
体内に致命的な何かが広がる。胃がせり上がる。思わずその場に吐き散らす。
吐しゃ物の中には血が混じっていた。
「こ、これ、なんで……シシーっ!?」
「折角オレ様が健気で無垢な少女シシーちゃんを演じてやってたっつーのによ。そこで満足することなく魔王軍討伐に参戦すんだろぉ永遠ちゃーん」
クケケと笑うシシルシに、思わず愕然とする。
それは自分の知っているシシーとは全く違った存在だった。まさに悪魔のような……
「騙した……の?」
「騙す、ねぇ。オレ様は初めからこうするつもりだったぜ? 永遠ちゃんが幻のまどろみに浸かっときたいっつーならもっと長生きできたのになぁ。残念でしたー」
「う、嘘だ。なんで、だってシシーだって僕のこと好きだって、結婚するって……」
「なに勘違いしてんだトコロテン頭? オレ様ンなこたぁ一言も言ってねーだろ。お友達としてなら一緒に居てやるっつっただろーが、テメーの頭は蛆湧いてんのかぁ?」
呆然とする永遠は気付いた。確かに、シシルシから結婚するとか、愛してるなんて言葉は聞いてない。
嘘だ。そう思う永遠の身体が徐々に機能を止めて行く。
死にたくない。誰か助けて。思わず自分を罠に嵌めたシシルシに懇願の目を向ける。
「た、助けてシシー。僕、好きなんだ。君が好きなんだっ。殺さないでっ。もう魔王軍なんてどうでもいいから、君さえいればいいんだっ。だから……」
すると、シシルシは深淵の瞳を消し、笑顔でお辞儀をする。
「ごめんね永遠ちゃん。シシーはね。既に売約済みなのでした。彼女にはなれません。と、いうことでぇ……」
そこで言葉を切り、再び顔をあげるシシルシ。その眼は、まさに魔神に相応しい深淵を覗かせていた。
「魔王討伐の代わりに……地獄の底に逝ってらっしゃい♪」
永遠は絶望の表情で斃れる。最後までシシルシを見ながら、その瞳から光を消して行った。
やがて現れるアイテム入手ダイアログをモルガーナが回収し、女神の勇者が一人、完全に死亡する。
「本当に、良かったのですか? あるいは、二人で生活するという未来もあったのですが」
「ああ。気にすんな。オレ様の思い人はあいつだけだからな。今はここにいつも一緒だ。浮気は、出来ないぜ」
と、第三の目を指差しながらクケケと笑う。
「ンじゃ、後はどうすんだ?」
「ルトバニア王の暗殺を承っております。それでは失礼を。それで、あちらの方はいかが致します?」
全ての結末を見届けてしまったルトバニア兵は、ただただ呆然と先程まで勇者が居た場所を見つめていた。
自分が見た事がまだ信じられないのだろう。
救援を頼んだ勇者が死んでしまったのだから。
「放置でいいだろ。んじゃ、オレ様は……」
「どうなってる……?」
不意に、兵士の後から声が聞こえた。
何かを視線を向ければ、大悟がいた。
「あれあれー大悟ちゃんどうしたの?」
「どうしたの? じゃないっ。シシー、今のは、なんだっ。勇者を、永遠を殺したのか!? なんでっ!!」
問い詰めるように近づいてきた大悟に、シシルシはニタリと深淵を覗かせる。
「なんで? いやいや、大悟ちゃん。分かってただろ。オレ様は魔神。魔族側の存在だぜぇ?」
「ふざけるなっ! 友達だって、仲良さそうにしてたじゃないか! なんでっ。なんでそんな簡単に殺せるんだよっ!」
「おいおーい、テメーの定規で計ンじゃねーよ大悟ちゃん。オレ様は最愛の彼氏だって殺した魔神様だぜぇ? ただオレ様を好きだと抜かして来たガキ一人殺すことに何のためらい覚えンだっつの」
「シィシィルシぃぃぃぃッ!!」
クケケと笑うシシルシに剣を引き抜く大悟。
怒り狂う大悟に、さらにおかしそうにシシルシは嗤う。
「クケケケケケ。別に争いたけりゃそれでいいけどよぉ。いいのか大悟ちゃん」
「何がだっ! お前がそんな性格だって気付いてればもっと早く切り捨てていたッ」
「違ーよバーカ。オレ様の相手するのはいいがよぉ。そいつの話聞いたぁ? ソルティアラちゃんの元にラオルゥちゃん来てるんだって。オレ様と闘ってる間に殺されてるかもなぁー」
「なっ!?」
大悟は愕然とした。しばし逡巡し、兵士に視線を向ける。
今言った事は本当なのかと。兵士はなんとかコクリと頷いて見せた。
「……っ。あああああ、ちくしょぉ――――ッ!!」
叫び、剣をしまうと自身の持てる最高速度で走りだす。
その姿を笑いながら見送ったシシルシは、呆然としたままの兵士に視線を向ける。
「ンで、テメーはいつまでそうしてんだ?」
兵士は弾かれたように即座に逃げ出した。




