カードの勇者が動き出す
「はい、あーんっ」
苺ミルクパフェにスプーンを突っ込んだシシルシが永遠の口へとパフェを運ぶ。
顔を真っ赤にしながら口を開いた永遠がぱくりと咥える。
隣を見ればえへ~っと花のように笑うシシルシの笑顔。
こんな幸福ってあるんだろうか? 永遠はあまりの幸せに不安にすらなるくらいだった。
異世界に来るまでは彼女なんて自分には関係ないモノだと思っていたし、ゲームばっかりの人生だった。
兄が出来る人だったのでよく親には比べられて、信也に嫉妬したこともあった。
結局兄が頼りになり過ぎるので自分はゲームだけしてればいいやと悟って以降は、自分は物語の主役にはなれないと適当に過ごしていた。
兄と共にこの世界に呼び出された時はこんな幸福が待ってるなんて思いもしなかった。ただただゲームっぽい世界で無双できるんだと、その程度に考えていたのだ。
でも、今なら分かる。この世界はゲームじゃない。現実だ。
そして、ここで生きてるシシルシも、現実に存在する可愛らしい少女なのだ。
しかもこの子が、自分の結婚相手になってくれる。
ずっと、こんな生活が続けばいいな。そう思った。
信也たちから闘いには参加する必要はないと言われたし、ずっとシシルシと一緒に……
だけど、無粋な輩はどこにでもいた。
「い、居た居た。おーい永遠」
「ん? あれ大悟じゃん」
「呼び捨てかよ。まぁいい。それよりどうすんだ? 魔王軍と対峙してる状態だがお前待ちだぞ? 来ないのか?」
「そうだなぁ。魔神でも出たら別だけど、僕が行くまでも無いでしょ?」
「てひー。じゃー永遠ちゃんはシシーと一緒に待ってようね」
「う、うんっ」
もはやバカップルと化した二人に溜息を付き、大悟は踵を返す。
完全に骨抜きだ。カードの勇者の力は使えないとみた方が良いだろう。
別にこいつに頼む必要はないのだし、自分が率いれば問題はないか。と大悟がルトバニア貴族院から出ようとした時だった。
光が通過した。
目の前を通り過ぎたのは、物凄い早さだったが、どう見ても兵士の一人だった。
何かが、あったのだ。
慌てて大悟は走りだした。
「勇者様ッ!!」
ぽんぽんっと膝を叩いて見せたシシルシに、恥ずかしそうにしながら頭を彼女の太ももに乗せようとした永遠は、血相を変えた第二の闖入者にムッとした顔をする。
今日は悉く邪魔が入る日らしい。
「なんだよおっさん」
「緊急事態ですっ。魔神が、魔神ラオルゥが現れましたっ。い、急いで、急いで討伐をッ」
「え? 魔神ラオルゥ?」
寝耳に水とはこのことか。最後の魔神がまさかカード使いである自分の元へとやって来るとは思わなかった。
だが、さすがに魔神が出た以上向かわない訳にはいかない。
せめて魔神の脅威は取り除かないと東軍が壊滅してしまいかねないのだ。
「はぁ、仕方無い。乗り気はしないけど、行くか」
「え? 行っちゃうの?」
「うん。だって。僕が居ないと魔神が出たら軍が全滅しちゃうだろ」
「でも、ほら、大悟ちゃんいるし。永遠ちゃんまで向かう必要、ないかなぁって?」
ね、いかないで? そんな顔をするシシルシに後ろ髪が引かれる。
できるなら、永遠だってシシルシとの甘い日常を過ごす方が魔族を倒すよりも充実した人生であった。
だけど、自分を待っている人たちがいるのだ。
シシルシと一緒に居られないのは辛いけど、ちょっとだけ頑張って、無事に帰って来るつもりだ。その時は多少性格が変わってしまっているかもしれないが、ラオルゥと顔を合わせてあげようと思う。
そんなことを思って永遠はアルティメットマスターカードを用意する。
確実に魔神をカード化して自分の配下と出来るカード。
魔神だろうが魔王だろうがお構いなしだ。
一瞬で勝負を付ける。
そしてさっさとシシルシの元へ戻る。
決意した永遠は椅子から立ち上がる。
すると、シシルシも不安げに立ち上がった。
「ダメだよシシルシ、シシーは戦場に出さないようにって兄ちゃんに言われてるから」
「ううん。行かないよ。シシーはいかないの。永遠ちゃん、本当に、行っちゃうの?」
不安そうに、シシルシは告げる。
少し考え、焦れた顔をしている兵士を見る。本当に切羽詰まっているのだろう。早く戻りたいと顔が言っている。
「流石に、魔神は留めておかないと。僕は勇者だから。大丈夫、シシーの元に絶対に帰って来るから」
なおも不安そうなシシルシはゆっくりと近づき、永遠の背中に身体を寄せる。
ぞくぞくっと永遠は密着する少女の身体に心臓が高鳴るのを悟った。
「シシーじゃ、止められないんだね?」
「違うよシシー。ラオルゥっていうのを止めたら、直ぐ戻って来るから。だから……」
「……うん。わかったよ永遠ちゃん。逝ってらっしゃい」
ついに、カードの勇者が動き出した。




