魔王軍南方防衛線4
一つ目娘レレアは思わず自分に迫る赤い槍を見つめていた。
ああ、死ぬんだ。
涙目で、自分を貫くだろう槍を見る。
その瞳に先端が突き刺さろうとした、刹那。
「おるぁぁぁぁッ!!」
「どぶらっ!?」
名偉斗を横合いから急襲する一人の男。思い切りどてっ腹めがけて蹴りを叩き込み、名偉斗をふっ飛ばす。
消えた脅威にレレアはしばらく呆然と男を見つめていた。
それは、本来この戦場に居るはずの無い男。しかも、人族であり、自分にとっては敵でしかない、救われる筈の無い人物だった。
「大丈夫か嬢ちゃんっ」
「あ、あなたは……」
「俺はゲド、あなたは?」
「あ、えと……レレア、です」
レレアが名乗ると、ゲドと名乗った男は彼女に傅くように片膝を立てて座り、レレアの右手を手に取ると、真剣な目で告げた。
「一目惚れしましたレレアさん。俺と結婚を前提に付き合って下さい」
「……は?」
言っている事が全く理解できなかった。
ここは戦場であり、敵同士である魔族と人族。しかも人族側からの告白である。
だが、そこで気付く。彼に見覚えがある。
ネンフィアス軍が魔王国を通過してエルダーマイアに遠征する時、確か自分に声を掛けてきた兵士だった気がする。
あの時は「一昨日きやがれ」と告げたはずだったが、あれは野次ではなく本気だったのだと今更ながら気付かされた。
「貴方、あの時の……」
「なぁに、返事は要りません。今は、貴女の為に、アレを止めます」
言って、立ち上がるゲド。
決してイケメンと言う訳ではない。少し年のいったオジサンと呼べる程の顔。兵士としての訓練で鍛えあげられた背中をレレアに見せつけ、剣を引き抜く。
「っざっけんなテメェ! 人族の癖に勇者様に蹴り喰らわすとかどう言うつもりだッ!!」
「黙れ失敗面。俺の愛の為に死んでくれや」
決して、そこまで強い訳ではない。
むしろ先程までこの男を止めていたカルヴァドゥスよりも弱いだろう。
ゲド自身自分と相手の実力差くらいは理解しているつもりである。
だから、返答は聞かなかった。振られて沈んだ気持ちで死ぬよりは、自分が愛した女を守って死んだ。その誇りだけでもあればいい。例え四肢をもがれようとも、この女だけは死ぬまで守り切る。
覚悟を決めた男の闘いが、今、始まった。
赤い槍が迫る。
ゲドはこれを躱し、時にいなし、無理に攻め込まず防御に徹する。
呆然と見守っていたレレアは、しかしすぐにはっと我に返った。
戦場を手早く確認する。
既にカルヴァドゥスの遺体が見当たらない。
歯噛みして押され始めた戦場に指示を出して行く。
「ホルステンさんメイクラブさん、二人で勇者二人を相手取ってください。交互に一度引いて回復を!」
「チッ、しゃぁねぇ、メイクラブ、さっさと回復して来いッ!」
ホルステンが勇者二人を相手取る間にメイクラブが戦線離脱。
少々辛くなるが回復を終えたメイクラブがホルステンと交代し、二人の回復が終わると再び戦場が盛り返して行く。
兵士達も回復を始め、徐々にだが押し返し始めた。
レシパチコタン軍がほぼ壊滅しているのと、猊下たちが撤退したことでかなりこちらに有利に傾いているのだ。
「行ける、まだ押し返せる。あとは……」
ゲドと闘う名偉斗と未だ動きを見せないルトラ。この二人が一番の問題だ。
「……? レシパチコタン軍が少ない? リーダーのウェプチとかいう奴が居ない?」
「があぁっ!?」
ゲドの声にびくりと肩を震わせレレアは彼らの闘いに目を戻す。
ゲドの左腕が、飛んでいた。
「ゲドっ!?」
「クソッ」
「はっはー。なんだなんだ。俺に挑んで来るからどんだけ強ぇーのかと思えば、さっきのカルなんとかっつーのより全然弱えーじゃん」
流石に左腕が消えるとバランスが悪くなり、ゲドが避け損ねる攻撃が増えて行く。
「オラッ、死んじまえっ!」
バランスを崩したゲドに、致死の一撃が放たれる。
心臓向けて放たれた一撃に、ゲドもまた、死を覚悟していた。
「ギギッ」
「ほぐぅっ!?」
しかし、その槍がゲドに届くことはなかった。
名偉斗の背後に現れたそいつの渾身の前蹴りが、名偉斗の股間に襲いかかったのである。
一瞬にして戦闘不能になった名偉斗が股を押さえて転がり回る。
「ぐぅっ、スマン助かった」
「ギギ、問題無い。それより回復を受けて。その間くらいは持たせる」
ベーが神官魔族を引き連れ現れた。手早くゲドに駆けよった神官魔族が回復を行う。
「すげぇ、腕くっついた……やるなあんた」
「ギギ、彼女は回復魔法を覚える為に尋問後の捕虜を使ってスキルを上げた。回復は彼女に任す、闘いは私とお前だ」
「へっ。そりゃ頼もしい。武闘大会の続きみてぇだな」
「ギ、協力戦だがな」
右にゲド、左にベー。レレアと神官を守るように、構える。
起き上がった名偉斗が怒りの表情で二人を睨む。
「テメェ、俺様の大事なタマタマに蹴りくれやがったなァ。ぶっ殺す!!」
「ギ、「つべこべ言わずに掛かって来い!!」」
ゲドとべー、同時に同じ言葉を吐いていた。




