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北方攻防戦1

「クソがァァァァッ!」


「ははは。どうしたどうした?」


 ブルータースの剛腕が勇者信也の目の前を通過する。

 ブオンと風が彼の髪を揺らすが、信也は気にしたふうも無く、赤子を相手するように手を叩きながらブルータースを誘導して来る。


「俺はここだぞ? ほらもっと攻撃して来い。あまりに弱いと叩っ切るぞ魔将ちゃんよぉっ」


 必死に追い縋りながら剛腕を振るうブルータース。斧が信也の真上を薙いで行く。

 あり得ない。そう思いながらもこれが女神の勇者かと納得してしまう自分も居た。

 ブルータースにとって、今回の闘いは自分が死ぬ事を前提とした戦いだ。とにかく自分がどれだけこの男を相手していられるかで戦況が変わる。

 サイモンにそう言われているのだ。例え無様であろうとも、必死にこいつの気を引いて、長い間拘束しておくしか出来ない、それが彼の役目なのである。


 少し離れた場所ではギーエンが闘っていた。

 戦闘相手はメロニカ。空中を自由に飛び交う魔将を相手に、ギーエンは手も足も出ない状況だった。

 彼としてはこの闘い、あまり闘いたくはないのだが、軍属である以上、戦わざるを得ない。

 魔王軍と和平を結んだ筈なのに、なぜ殺しあわねばならないのか、彼もまた、この闘いの意義を見いだせず迷いを産んでいた。


「あーもう、くっそ。ちょこまか動くんじゃねェよ!」


「動かなきゃあんたに切られるじゃない。ホント勘弁だわ。屋敷に籠って昼寝してたいわよ」


「同感だ。城に返って筋トレしてる方がいいぜまったく」


 軽口を叩き合いながら、急降下してきたメロニカの足撃を剣で受け止める。

 そして、そんなメロニカの近くでは、ペリカが人族兵を蹂躙していた。

 風魔法でなぎ払い、蹴りで蹴散らし、翼で切り裂く。


 これがサイモンの作戦の一つである。

 人族内で強力な勇者とギーエンを二人が引きとめ、その隙にペリカという最大戦力で並み居る敵を撃破しておく。

 最初のうちに出来る限りの被害を叩きだしておくのだ。


 こちらに居る勇者MEYはレベルが低いので大したことはできない。なのでエルフたちに混じって弓を射って貰うことにしていた。

 そして、ディアの森から魔物の誘導も継続中である。

 乱戦の中でも魔将達は目立ち、そして勇者達も目立った。

 それでも今は拮抗しており、ペリカの御蔭で敵はかなり減っている。


「さて……ブルータースがヤバそうですし、そろそろ次の作戦を発動させますか」


「ふむ。サイモンは高みの見物か」


 隣から声がしたので慌てて見れば、ディアリッチオがそこにいた。


「焦りました。ディアリッチオ様でございましたか」


「逃げないのか? 私に殺されるとは思わなかったのかね?」


「勇者の命令が無ければ動く気はないでしょう? あなたが動けば速攻で終わる。魔族との戦いを楽しみたい勇者にとってそれは面白くない。あなたはただの保険であるはずです」


「なるほど。確かにその通り」


「理想は勇者が気付く前に勇者以外を倒しておく、と言ったところですね」


 にやり。暗い笑みを浮かべたサイモンに納得顔のディアリッチオ。

 サイモンの指示の元、投石機が用意され始める。

 小型投石機にコボルトたちが石を設置して発射していく。戦場へと飛び交う石の嵐。事前に来ると知っていた魔族軍にも多少の被害はでるものの、人族への被害は甚大だった。


「あいてっ!?」


 信也の後頭部にぶつかった石もあったが、ダメージにはならず、ブルータースの拳が当るも、これもまたダメージになっていないようだった。


「ああくそっ。ディアリッチオ、あれが邪魔だ! 黙らせろ!」


「御意に」


 一礼して、ディアリッチオが小型投石機を一息で破壊する。

 流石に一瞬で片付けられると思っていなかったサイモンは動揺を隠せなかった。

 自分の小細工程度ではディアリッチオを止めるのは不可能。それが理解できただけでも良しとすべきだろう。


「くっ。Bプラン発動」


 重装歩兵隊であるリビングアーマーやデュラハン、鎧幽霊など重装備の魔族が槍を携え吶喊していく。

 動く槍衾に、人族の被害が一気に広がった。

 勇者たちだけを避けるようにして広がる槍衾に、流石にマズいと思った信也は告げる。


「ディアリッチオ、重装歩兵を駆逐しろ!」


「御意に」


「これも一瞬ですか……」


 蹴散らされる槍兵たちを見ながら引き攣った顔のサイモン。

 その横で、悲鳴が上がった。

 なんだ? と彼が横を向けば、MEYが何か叫んでいる。


 その視線の先。エルフたちの弓部隊が、消えていた。

 否、今、身体が透き通って行き消え去ったと言った方が良いだろう。

 エルフの娘ラオラは、自身の異常に気付いて身体を見た後、困った顔でMEYを見る。


「MEY、今まで楽しかったわ。……バイバイ」


「ま、待ってラオラ。なんで? 何が? どうして……っ」


「……エルフが消える。まさか聖樹が倒れたのか!?」


 サイモンはディアの森に視線を向ける。

 あれだけ自己主張していた一本の木が、いつの間にか消えていた。ずぅん、遅れて地響きが聞こえる。


「あ、ああ……あああああああああああああああっ!? 誰? 誰だっ。ラオラを、エルフを殺したのはっ、誰だァァァァ――――ッ!!」


 力無く崩れ落ち、泣き叫び頭を掻きむしり、MEYは再び立ち上がる。

 怒り狂った彼女の視線は、ディアの森へと向いていた。

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