魔王軍南方防衛線2
「チィッ、飛び槍が効かんか!?」
「ど、どうするのカルヴァドゥス!?」
「将軍、言われた通り敵兵を一体、四肢を切り落として連れてきました!」
青い失敗面に連弩を放つが、全て槍を縦回転させて弾く失敗面。名偉斗にとってはこの程度の連続攻撃など全く意味の無い豆鉄砲である。
カルヴァドゥスが悔しげに歯噛みしていると、兵士の一人が男を一人連れて来る。
四肢を切り落とされ痛々しい男を連れてきた彼に、カルヴァドゥスは礼を言う。
ルーフェンの残した道具の一つ、謎の瓶を取り出し、中身の紫の液体を男の口に一滴垂らした。
途端、男は狂ったように仰け反りだし、敵である魔族兵士に噛みつこうとした、即座に動いたカルヴァドゥスが首を切り裂きトドメを刺す。
そして、彼は迫り来る青い失敗面を見た。
「どうやら、これは狂戦士化する薬らしいな」
「今はそんなのどうでもいいでしょ。あれどうしようもないわよ! どうすんの!?」
ムイムイの指差す先にはミクラトルァを切り伏せる名偉斗の姿。魔将が一撃で殺されてしまっている。
「レレア!」
「は、はい!」
「この遠距離に槍を飛ばす道具はお前に任せる。敵兵をできるだけ削れ。ムイムイ殿、指揮を任せる。あの失敗面は、私が止める」
手にした剣を振り、血糊を飛ばしたカルヴァドゥスが迫る名偉斗へと向かう。双方戦場の中央で対峙する。強敵の出現を知った名偉斗もこれは楽しみ。とでもいうようにカルヴァドゥスを待っていた。
「よぉ、何か用かぁ?」
「一騎打ちを所望する。我が名は魔王軍南将軍長カルヴァドゥス」
「名乗りかよ。つか総大将じゃねぇか! はは。いいぜいいぜ。俺は中原名偉斗! テメェの心臓を貫く者だ。ひゃははっ!」
赤い槍を構えた青い失敗面に、カルヴァドゥスは静かに剣を構える。
「行くぜェ!」
「まともに相手するとは言ってないがな」
と、カルヴァドゥスは地面に何かを撒き散らす。
三つ角の鉄塊たちである。
地面に転がったそれを、名偉斗は気にせず踏んづけた。
「ぎゃあああああっ、痛ぇ!?」
「成る程、あの箱で遠距離部隊を撃破し、近づかれたらこれを撒きながら撤退。そして、これで足止め」
導火線に火を付けた爆弾を名偉斗に投げつける。
「ちょ、おま、卑怯……ぎゃあぁっ!?」
どうやら爆弾ではなく煙玉のようだ。
しかもただの煙玉ではなく目鼻に多大なダメージを与える煙らしい。
名偉斗が涙と鼻水でグシャグシャな顔になりのたうち回っている。
煙が晴れるまでしばし時間を稼ぎ、転げ回る名偉斗を容赦なく切り裂く。
が、彼に当ったところで剣が止まってしまい、彼にダメージを与えられない。
「くそ。効果は絶大だが物理ダメージが通らんか」
「ご、ごろず……でめぇ、ぐずっよぐもぉぉぉ」
涙目で鼻水を撒き散らしながら、名偉斗が立ち上がる。
手にした槍を一撃。カルヴァドゥスの剣を破壊する。
歯噛みするカルヴァドゥスは慌てて飛びのいた。
「これは、想定以上に厄介だ。陛下が女神の勇者とは闘うなと言われた意味がよく分かる」
女神の勇者には太刀打ちできない。それが確認できただけでも充分だ。だが、この戦場では長くこの男を縛りつけておく必要がある。
武器を無くした状態ではそれも難しい。
カルヴァドゥスは覚悟を決めた。
幸いにもムイムイがいるので指揮は任せればいい。ミクラトルァが消えたが琢磨と十三をホルステンとメイクラブが止めてくれている。
今の状況ならば充分闘えているのだ。こいつさえ、留めておければ。
「べー、全軍に通達。私の死と共に撤退せよ」
「ギ!?」
フォローしようと近づいて来ていたべーに視線すら向けずに指示を出す。
べーが動き出すのを背中越しに確認し、カルヴァドゥスは狂戦士化薬を一気に飲み干す。
「さて、武器も無く闘う事が出来るかどうか……ぐぅっ」
どくん。全身を苛む痛みにカルヴァドゥスは呻きを発する。しかし、ぎりぎりで気力を保ち、自分の力を確認した。
「なるほど……精神的負担は大きいが、肉体にはブーストが掛かったようだ」
「つべこべ言ってんじゃねぇ! これが収まったらテメェ本気で殺すっ」
未だに鼻水を裾で拭き取り、涙を手で拭き、名偉斗が咆える。
しかし、彼の状態異常が収まるのを待つカルヴァドゥスではなかった。
猛獣のように飛びかかり、鼻水塗れの顔を蹴りつける。
土跡を付けた名偉斗が蹴り倒され、その隙に近くにいた人族兵を殺して剣を奪い取る。
「っ!!」
もはや声すら出なかった。激情に支配されるままに名偉斗に襲いかかる。未だに敵味方の区別は付くものの、ソレ以上を考える思考は麻痺したように動かず、ただ只管、目の前の敵を駆逐せんと突撃する。
「ぎゃっ、てめぇ、やめ……」
剣で切りつけるだけ、には留まらない。名偉斗を蹴り倒し、馬乗りになると狂気のままに殴る、殴る、殴る。ひたすらに殴りつける。
もはや狂戦士と化したカルヴァドゥスを止める術はない、それくらいに凄まじい連撃だった。




