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外伝・昔話ディアリッチオ編

 むかしむかしのそのまたむかし、魔王領に凶悪な魔族が生まれた。

 そいつはあまりに隔絶した力を持っており、当時の実力者を軒並み殺し、女神が遣わした勇者すらもみなごろしにしてしまった。

 調子に乗った魔族は自らを魔神と名乗り、神になり変わろうとした。


 怒った女神は考えた。

 アレはもう、殺してしまっていいだろうと。

 しかし、自分が直接手を下すといろいろ問題がある。

 特に他の神々からの監視が恐い。


 アバターを使い、直接闘うこともできるが、アバターの場合レベル上げが面倒だ。

 ならばどうするか、女神は考え、決断した。

 新たな生物を作ればいいのだ。

 女神に従順で、凶悪な力を持つ人形を。


 作り上げられた存在に、女神はディアリッチオという真名を与えた。

 彼に下された命令は一つ。

 魔神の誅殺だ。

 ディアリッチオは迷うことなく、言われた命令を行った。

 すなわち魔神に挑み、圧倒的力量で魔神を消し去った。神殺しディアリッチオの誕生である。


 だが、魔神を殺した女神は勇者と魔王を作り、各々の絶望を見ることを楽しみだし、ディアリッチオは放置された。

 役目を果たした人形は、新たな命令が来るのをひたすらに待ち続ける。


 やがて、一人の魔族が彼を発見した。

 そいつはただただ起ちつくすだけのディアリッチオにこんな場所で何をしているのかと疑問を投げかけ、命令を待っている。という言葉を受け取る。

 人形だった男に彼は言った。なら命令を聞きに行けばいいと。

 人形は言った。聞きに行く方法を知らないと。


 彼は困った顔をして、しかしすぐに名案を思いつく。

 懐から一冊の本を取りだした。

 これは、本という他人の知識を書き出したものだ。街に行けば沢山ある。これを読んで知識を付ければいい。いつかは命令を聞く術を見つけられるかもしれない、と。


 何もすることのなかったディアリッチオは素直にソレを実行した。

 初めて手にする知識。知らなかったことを知るという喜びを知った。

 人形は初めて夢中になった。読み終えると、もっと本を読みたいと思った。

 それは手段でもあったし、貪欲と呼ばれる感情でもあった。


 街へと向かう。本屋を訪ね、目に入った本を片っ端から選び、立ち去る。

 店主と思しき男が怒鳴りながら追って来た。

 本を買うという知識すらなかったディアリッチオは己の行動を邪魔する敵を排除した。


 女神の言葉を待っていた森に戻り、本を読む。

 すると冒険者を名乗る邪魔者がやって来た。排除した。

 騎士団を名乗る邪魔者がやって来た。本を焼かれたので抹消した。

 領主を名乗る一団がやって来た。当然抹殺した。

 しばらくすると、もう誰もやって来なくなり、ディアリッチオは静かな森の奥でひたすらに知識を身に付けた。


 やがて最後の本を読み終えた彼は、新たな知識を求めて本屋に向う。

 しかし、既に近くにあったはずの街は滅びていた。

 数百年前に領主が森の悪魔を討伐に向ったまま行方知れずとなり、治安を無くした街が荒廃し、人が消え、そして無人となった。

 荒れ果てた街から出たディアリッチオは足を延ばして世界を回った。あらゆる国に向い、本だけを持っていく。


 店主が怒ってくれば排除して、冒険者が来れば排除して、王国軍が来れば滅ぼした。

 やがて、魔族領の北で同じように本を手に入れようとした時だ。

 今回も店主が襲って来たので排除しようと動いたディアリッチオ。そこに、一人の女がしゃしゃり出た。


 女は言った。この方の本代、立て替えます。と。

 ディアリッチオはよく分かっていなかったが、店主は怒りを鎮めて金額を告げる。莫大な金を要求された女は、しかし眉一つ動かすことなく金を払った。

 そこで、ディアリッチオはようやく本を手に入れるのに金との交換が必要だという知識を得た。


 立て替えを行った女に礼をいうディアリッチオに、女は一目惚れだから。と照れた顔で告げた。

 一目惚れという意味も感情も分からないディアリッチオは分からないながらも女に誘われるまま彼女の屋敷へと連れて来られた。


 部屋の一室を借りうけ、書庫にした彼は、そこで今まで手に入れた書物を読み始める。

 女は何度も、何度も彼の元を訪れた。時折何かヒステリックに叫んだりしていたが、ディアリッチオは気にせず本を読む。

 やがて、最後の一冊を読み終えた時。顔を上げたディアリッチオは、驚いた。

 目の前に女がいた。彼女だ。ディアリッチオを己の屋敷に呼んだ年若かった筈の女。

 既に皺くちゃの顔を困ったように歪ませ、ディアリッチオに呼びかける。


 ああ、やっと気付いてくれた。

 好きだったんです。本当に好きだったのに……

 結婚して、子を産んで、それでもあなたは私を見て下さらなくて……

 私はもう、ここまでですが、お願いです。私の子孫を、見守ってください。


 女はディアリッチオに縋り寄ると、そのまま眠るように息を引き取った。

 老死、だった。

 女はディアリッチオに一目惚れし、彼を家に囲い、本を読ませる自由を与えた。

 だが、ディアリッチオは本を読む事だけしか興味無く。彼女の想いに気付かなかった。


 消えてしまった命を見つめ、彼女に与えられるばかりだった事を知る。

 初めて芽生え自覚した感情は、後悔。ディアリッチオは彼女の残した子孫を見守ることを誓う。

 しかし、子孫たちはディアリッチオを不気味に思い、数年後、屋敷をそのままにディアリッチオの知らぬままに蒸発した。


 それからしばらく、屋敷の中で彼は一人、知識を蓄える。

 感情に付いて学ぶため、恋愛物にも手をだした。それでも感情は理解しきれない。

 そんな折、彼は来た。

 一目でわかった。彼女の面影を残した少年は、時の魔王を殺すため、自分を魔王にしてくれとディアリッチオを頼って来たのだ。

 名を、ルトラと言った。


 彼とは知識を得る読書を犠牲にしてでも話に付き合った。それは尽くして死んでいった女への罪滅ぼしだったのか、それとも彼を通して感情を知るためだったのか、ディアリッチオには分からない。だが、ルトラと暮らすことでディアリッチオはついに感情を知った。


 やがて、ルトラは去って行った。

 次に来た時は魔王になっており、自分の覇道を手伝ってほしいと言われた。

 この本を読んだら手伝おう。そう告げたディアリッチオが本を読み終えた時、新たな来訪者が来た。なんでも新たに魔王になった者らしい。


 聞けばルトラは既に封印され、魔神の一つと呼ばれているそうだ。

 ディアリッチオは間に合わなかったのだ。ルトラの覇道を手伝うことはできず、後悔だけが残った。

 それでもディアリッチオは本を読む。知識を得ることが彼の使命とでも言うように。


 女神の人形だった彼はもういない。知識を手に入れ、感情を知った彼は人形から魔族になり、魔神と呼ばれる存在になった。

 もう、当初の目的など思考の彼方に消え去っており、彼は彼の赴くままに知識を得る事だけを生きがいとする。美しいモノをこよなく愛し、ガーデニングに生涯を掛ける。

 やがて赤き魔王が来る、その時まで……

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