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外伝・英雄の結末

「では、若萌様は今回の作戦に参加されないと?」


「ええ。私は基本ムレーミアが暴走しないか見るだけらしいわ。作戦はあなた達に全て任せる。私は離れているから、後はよろしく」


 村を魔物達で囲み終えたルーフェンに、若萌はそれだけ告げて去って行った。

 森の中に入った若萌は、木の木蔭に潜み一息付く。

 誠にアンゴルモアの特技については聞いているが、実際体験するのは初めてだ。

 一応、木を背にして相手の視界に入らないようにはしているが、効果あるかどうかは分からない。

 最悪、心の底から願わなければならないだろう。死んだ方がマシだ。と。




「ムレーミア、少しいいですか?」


 若萌が居なくなったのを確認し、ルーフェンはムレーミアへと歩み寄る。

 ムレーミアは副将という立場であるため何もする必要が無い今回の従軍ではただただ虚空を見つめているしかしていなかった。

 そんなガラス玉のような瞳をルーフェンに向ける。


「はい。なんでしょう? 医療に関してはあまり話したくないので避けていただけるとありがたいですが?」


「魔王軍に、不満はありませんか?」


「そりゃああるわ。もう医療に携わるのは勘弁してほしいところよ。今の魔王はちゃんと分かってくれてるのかしらね。私は……」


「魔王陛下を伝説にする気はありませんか?」


「は?」


「今の魔王陛下を支持しながら勇者達に討たれるよう内側から魔王軍を操作するのです。魔王軍のほとんどを勇者に討たせ、絶望に沈む魔王に女神様が手を差し伸べる。そして女神の愛を一身に受けた魔王陛下は強力な存在と化し勇者達を蹂躙し、この世界最強の名を冠する存在としてこの世界に名を残すのです。ああ、なんと素敵なシナリオでしょう。ムレーミア。あなたの命を使い、魔王陛下を最強にしませんか。私と共に女神に帰依致しましょう。そうすれば、医療などに携わる必要などありませんよ。何しろ、魔王軍は陛下のために滅びるのですから」


「あなた……そう。女神のスパイは、あなただったのねルーフェン」


「ええ。女神が接触してきた時。私は二つ返事で了承しました。だってそうでしょう。魔王陛下が絶望に沈んだ時、その真価が発揮され人族全てを蹂躙すると女神自身が言うのですから。ああ、楽しみです。私の命が魔王陛下の覚醒に捧げられる。素晴らしいと思いませんか?」


「ええ。そうね。死ねるなら最高だと思うわ。でもルーフェン。そんなあなたに伝言があるの」


「伝言? どなたから?」


 不意に、村の屋根に半身機械の男が見えた気がした。そいつは何かを口にしながら村を囲む魔物達を見回している。


「裏切り者に死を。不幸に塗れて地獄に行きな」


「は? あ、まさか。まさか魔王陛下は私がスパイだと気付いて……」


 刹那、不気味な音と共に破滅は空からやって来た。




 花摘みの少女と数日暮らしていたアンゴルモアは、村から聞こえた嘆きの声で目を覚ました。

 起き上がると花摘みの少女と母親が朝食を作っている。


「あ、おきましたお兄ちゃん?」


「ああ。何かあったのか?」


「あ、はい。この村、滅びちゃうかもしれません」


 あはは。と諦めたような笑みを見せる少女。アンゴルモアは背伸びをして動き出す。


「矢鵺歌が言ってた日だからな。ちょっと見て来る」


 少女が何かを言うより早く。欠伸をしながらアンゴルモアは家を出る。

 一番高い村長の家へとたどり着くと、右往左往しながらこの世の終わりだ。もうダメだと告げるエルダーマイアからの亡命者と村長が叫び合っていた。

 彼らを無視して家の屋根にブースター吹かせて飛び乗ると、村の外を見回してみた。

 円で囲むように存在しているのはゴブリンにオークにオーガなどなど。醜悪な魔物達が村を囲んでいる。


「ったく、なんだこの不幸。だが、まぁ。なんだ。この時期不幸にも囲まれちまったこの村は、幸運だったな。俺がいたから、な」


 しっかと魔物達を見つめ、アンゴルモアは力ある言葉を口にする。


「責任転嫁っ」


 360°視界に収め、特殊能力、不幸の丸投げを開始した。

 視界に収めた生物に、自分の不幸を責任転嫁して押し付ける。そういう能力だ。

 だから。離れた場所で見つめられただけで、不幸を押しつけられた魔物達に、不幸は突然やってきた。


 地割れが起こり、大多数の魔物が飲み込まれ、閉じた地面に潰される。

 隕石が振り注ぎ、無数の魔物が頭を穿たれ息絶える。

 突如地面から噴き出した毒霧にゴブリン達が泣き叫びながら倒れ、空からやって来た肉食蝗の大群が魔王軍に襲いかかった。


 逃げまどう魔物達に木々が倒れて道を塞ぎ。夜光虫が彼らをめがけて突撃。

 光もないのに突撃して来る甲虫に、ゴブリン達はなすすべなく死んでいく。

 間欠泉が噴き上がり、熱湯を浴びたオークが丸焼きになった。

 そんな戦場を、アンゴルモアは歩いて花畑へと向かって行く。そちらに、総大将と思しき存在を見つけたのだ。


「おい、お前ら、軍を退……」


「ああ。あああっ。何だこれは? なんなんだこの不幸は!?」


「あはははははははっ。凄い、これは凄いわ魔王陛下。私を殺すための最高の死に場よ!!」


 慌てるルーフェンと狂ったように嗤い喜ぶムレーミア。


「く、あ、はは。私は死ぬのですか。ああ、素晴らしい。素晴らしいです魔王陛下。裏切り者を暴きだすその手腕。ベネーラコーストっ。ああ、悔しい。あなたの覇道が見られないのがとても悔しい。なんという不幸。ああ、ですが、ですが魔王陛下。あなた様は本当に素敵な……」


 蝗の群れに飲まれ、二人の魔族もまた、その姿を消していった。




「おにーちゃーん」


 花畑の一角に、アンゴルモアが立っていた。

 ようやく見つけた花摘みの少女は彼に駆け寄る。


「お兄ちゃんだよね。魔物を退治してくれたの。あのね、ありがとうっ。皆を救ってくれて、ありがとうっ。私ね、お……にぃ……ちゃん?」


 少女は高揚していた気分を引っ込め、ゆっくりとアンゴルモアへと近づく。

 反応の無い彼に一抹の不安がよぎった。

 触るな。不幸になる。そう、言われていたけれど……恐る恐る。触れる。


 ―― アイテムを入手しますか? Y \ N ――


「……え?」


 アンゴルモアは、死んでいた。

 己が救った誰かの幸福を見ることすらできず、村で生還を喜ぶ者たちの声すら聞かず。愛しき者の元へ戻ることすらできもせず。

 半身の機械が、身体に付着していた毒という名の液体が細部に入り込み誤作動を起こし、彼の意識する間もなく、実にあっけなく死を迎えていた。

 死ぬ事を不幸とも、幸運とも思う暇も無く、彼の生涯は、まさにその不幸を一身に受け、ただ一人の人柱のように、ただただひっそりと、その生を終えたのだった。

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