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外伝・不幸はまだ、始まってすらいない

「またあんたかよ。確か矢鵺歌だっけ?」


「それはこっちの台詞よ! なぜお前はまた私の前に現れる! どれだけ不幸を振りまけば気が済むのよ!」


 いや、俺だって不幸を振りまきたくて振りまいてる訳じゃないんだが。アンゴルモアはそう思ったが声には出さなかった。どうせそんな言い訳したところで火に油を注ぐだけになるのだから。

 なのでいつでも逃げれるように体勢を沈めて足に力を入れる。


「ふふ。でも丁度良いわ。これね、レシパチコタン特製の毒を塗った矢なのよ。当れば即死。ふふ、楽しみだわ。貴方を殺せるんだから! 誰の邪魔も入らない。不幸の神アンゴルモア! お前は私が殺してやるッ!!」


「はは、猛毒かよ。そりゃ最高だ。殺せるなら殺してくれや。俺にとっちゃ死ぬことこそが幸運だっつの!」


 アンゴルモアの言葉を無視し、矢鵺歌は弓を引き絞る。矢が一、二、三連射。

 普通ならば避けられない連撃だったのだが、なぜかアンゴルモアの身体がガクリと崩折れる。


「ありゃ、機械不良が……」


 運悪く起こった機能不全で身体が傾いだ。その御蔭で三つの矢は二つが外れ、一つが機械部分に当ってカンッと音を立てて弾かれた。


「な、なんであの間合いで避けれるのよっまさか、これがあんたの言ってた不幸ってやつ!?」


「はぁ?」


 激昂する矢鵺歌に、アンゴルモアは彼女を見て首をひねる。


「んー。お前さ、不幸不幸言ってるけど、俺に触った時の不幸、まだ終わってないみたいだぞ」


「……は?」


「つか、まだ始まってもいねぇみてぇだな。驚いた。不幸に対して耐性でもあんのか? でもそのせいで随分溜まってんな」


「溜まっ……てる?」


「そりゃそうだろう。不幸ってなぁ回避しようとすればするほどその揺り返しでより巨大になってくんだ。素直に初っ端の不幸受け止めてりゃよかったのによ。変に抵抗したせいですげぇの来るぞ?」


「な、何言ってるの? お、脅しには屈しないわ。そんなの……」


「脅しじゃねぇ。事実だよ。まぁ、死なないように気を付けな。むしろ死んだ方がマシかもしれねぇけどな」


「黙れっ、テメェが死ねよアンゴルモアッ!!」


 アンゴルモアにとってはただの忠告だった。しかし矢鵺歌にとっては挑発にしか思えなかった。

 叫びながら無数の矢を打ち放つ。

 狙ってすらいない矢は、運が良いのか悪いのか、アンゴルモアの生身を全て避けて機械部分に当っては弾かれる。


「いやー、不幸だわ。不幸なのに死ねないってなんだろうな」


 ふと、気付けば花摘みの少女がゆっくりとだが尻持ち付いた状態で後ろに下がっているのが見えた。腰を抜かしたみたいだが両手でなんとか這っているようだ。

 悪いことしたな。そう思ったアンゴルモアだが、現状矢鵺歌をどうにかするには攻撃して倒すしかないだろう。


『女神様。そろそろよいですか。重要な案件です』


「煩いっ、今は……」


「いきなりどうした? ああもしかして念話とかって奴か? 出た方がいいんじゃね?」


「黙れッ! 貴様を殺してから……」


『既に出発しました。エルダーマイア近くにあった小さな村には近づかないようにお願いします』


「え?」


 不意に、矢鵺歌の連撃が止まった。

 既に数十の矢を放ったモノの、その全てがアンゴルモアの生身に当ることは無く、彼を殺す事が出来ないでいた。


「どういう、こと?」


『魔王が軍を組織し、エルダーマイア近くにある、エルダーマイアの住民が避難していると思しき村を襲撃する事が決定しました。あと二日もあれば確実に村に辿りつき、村ごとエルダーマイアの住民を蹂躙する事でしょう。ああ、全く流石は魔王陛下です。ベネーラコースト!』


 エルダーマイアの近くにある、小さな村。

 あと二日後、魔王軍が攻め寄せ、この地を蹂躙する?

 ああ、それはなんという不幸。既にこの村は滅びることが確定しているのだ。


「くく、あはは。あはははははっ」


 自分の不幸。それはアンゴルモアと闘い、おそらく倒した後に魔王軍の包囲に巻き込まれ、自分も殺される。そういうシナリオなのだろう。

 冗談ではない。魔王の軍に殺される? ふざけるな。


「いいわ。アンゴルモア。今回は見逃してあげる。ふふ。私が手を下すまでもない」


「なんだ? 心変わりか?」


「黙れ下種が。お前はせいぜいこの村を守るがいいわ。二日後、この村は滅びる。その時あなたが何をするのか。ああ楽しみよ。尻尾巻いて逃げるなら、遠くで笑っておいてあげるわ」


「二日後?」


 アンゴルモアに答えず、矢鵺歌は踵を返す。

 離れた場所にある高台で、彼女はこの村が滅びるのを見守るつもりだろう。

 そしてそこでアンゴルモアが何をするのか、しっかりと見ながら悦に入るつもりなのだ。


 アンゴルモアの不幸で村が滅びる。

 なんという不幸。だが、アンゴルモアがその不幸を悔しげに見送るのを想像することのなんと甘美なことか。

 矢鵺歌が見悶えながら去って行くのを見届け、アンゴルモアは身体のメンテナンスを開始する。


「よかった。一応稼働はできるらしい」


「お、お兄ちゃん、大丈夫だった? こ、恐いお姉ちゃんに酷いこと、されなかった?」


「ああ。お前も大丈夫だったか?」


 花摘みの少女はこくこくと頷く。

 できるならば御姫様抱っこでもしてやりたいところだが、自分が触ると少女に不幸が降りかかるので、アンゴルモアはどうしたものかと頭を掻くしかなかった。

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