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激怒の魔王

「セイバー、無事だったか!」


 謁見の間に辿りつくと、玉座に座っていたギュンターが思わず立ち上がる。

 ここに辿りつくとようやく帰って来れたという実感が湧くな。


「ギュンター。すまないロロンたちを救えなかった」


「お前達が帰ってきただけでも我々にとっては救いだ。疲れただろうユクリ、ラオルゥ様も、会議室に椅子と茶菓子を用意してある。少し休むと良い」


「そうだな。父のお言葉に甘えるか」


「我はいい。それよりも今はこれからのことだろう? どうするセイバー?」


「ああ、そうだな。疲れはしているが最初に把握しておくことはしておくべきか。ギュンター、若萌、報告を頼む。ソレとホルステン、テーラはどうなった?」


「はっ! 神官に引き渡し今蘇生を行っております。間もなくここに戻るかと」


 テーラはぎりぎり救えたか。


「ホルステン、そして他の者たちも。よくぞテーラを守り切り、そして自分達も生存して戻ってきてくれた。ありがとう」


 満身創痍の彼らは互いに恥ずかしそうに顔を見合い、控えめな笑みで笑い合う。

 お互い、生存できたことにようやく安堵したらしい。


「会議をするかセイバー?」


「そんな報告会をやってる暇は無い。事実確認だけでいい。手を打ってあることは?」


「全門の防備を固めておくように指示を出したわ。またガンキュ族や足の速い魔族、空を飛べる魔族の一部を偵察部隊として各地に送っておいたの。念話は出来なくなったけどこれで情報網は構築されてる。情報戦で後手に回ることは無いと思うわ」


 そうだな。スパイがいなければ後手に回ることは無いだろう。スパイがいなければ。

 まずは、スパイをはっきりさせよう。とりあえずは若萌の容疑だ。そろそろ隠し事の全てを吐いて貰うぞ若萌。


「各地の種族はほぼここに集結している。残りははぐれか、各地の防衛に向った兵士位だ」


「分かった。指示出しはギュンターにしばらく任せる。若萌。少し話がある」


「……わかったわ。私の部屋でいいかしら?」


 俺は頷き皆が見守る中、若萌に付いて歩き出す。

 若萌の表情。ついに来たかといった顔をしていた。

 何を考えた? 何を決意した? お前は何を聞かされている?


 部屋に付いた若萌は、俺を部屋へと促すと、先に部屋に通し、ぱたんとドアを閉める。

 そして……鍵を掛けた。

 なぜ、鍵を掛けたのか。意味は分からないが、何かしらの決意を瞳に湛えている。


「なんだ若萌、襲ってほしいのか?」


「貴方は私を襲ったりしないでしょ」


 そう言いながら大回りしてベッドに向うと、ぽふりと座る。

 ふぅっと息を吐くと、俺に視線を向けた。


「で? 話って何かしら?」


「どうせ未来で聞いてるんだろ。お前、何故今日の事を言わなかった?」


「……言ったところで未来は変わらないもの。いいえ。今回はこれが、ベストなのよ」


「ふざけるなっ。何がベストだ! ロロンもズオゥもゴルドンも死んだッ! バロネットは敵の手に落ちたから俺が殺した! お前が未来を教えていれば、救えた命はあったはずだ! ディアも、カードにならなかったかもしれないし、ルトラが殿に残ることもなかったっ!!」


 冷静に言い放った若萌に思わずカチンと来た。

 詰め寄りながら叫ぶように怒りをぶつける。

 本当に、救えたはずの命は沢山あったはずだ。もっといい未来もあったはずだ。なぜ、教えてくれなかった!?


「628309人、82914人。3287392人」


「ア゛?」


「今回ディアを救って、全員無事に逃げた場合に出る被害者。途中で結局ディアがテイムされて、エルダーマイアで628309人の死者。レシパチコタンで82914人の死者。魔王国で3287392人の死者。そしてその中にはギュンター以下魔将や先に戻っていたチキサニたち、そして私も、含まれているわ。さらに、シシルシも敵の手に落ちる」


 なんだよ……それ。


「今回、この時期にディアがテイムされたことでエルダーマイアとレシパチコタンが滅亡したけど。死傷者は0よ」


「は? 0? なんでだよっ!?」


「どっかの不幸な神様が、風で皆を攫っていたの。丁度戻ろうとしたところで国が消えた。それだけのことよ。時間をおけば戻って来た瞬間に皆が炎の中に消えたでしょうね。そして、私達と逃げずにルトバニアにシシルシが戻ったことで彼女もテイムを免れた。犠牲は出たけどディアにより魔国が滅ぼされなかったタイミングは他の勇者達が止められる状況にあったこのタイミングがベストだったの。一番被害が少ない未来」


「だ、だからって……」


「結果を知りもしない癖に怒鳴らないで」


 だったら……だったらそうだったと教えてくれよ! お前のこと、疑う余地が無いと信じさせてくれよっ。なんでこんな勿体ぶった事をするんだよ。


「用事が済んだなら、もう、出て行ってくれない?」


「ふざけんなっ。だったら、言えばいいだろう。なんで言ってくれない。俺はそんなに頼りないのか。信用できないのかっ! 正義のヒーローに、なれないのかよっ」


「今のあなたには何も出来ないわ。大人しく……セイバー? ちょっと、何その黒い靄。待ってセイバー。落ち着いてっ」


「俺には何も出来ないって? ふざけるなよ若萌。俺だって男だ。やろうと思えばやれるっ。『河上若萌、命令だ。動くな』」


「ちょ、落ち着いてセイバー。暴走しないでっ」


 もう、訳が分からない。こいつが俺を信頼してるのか、扱い易い存在と思っているのか。

 でも、だったら自分が扱いやすい訳じゃないんだって教えてやる。刻みつけてやる。俺の、女にしてやるよ若萌っ。そうすれば、ああ、そうすればお前は隠してること全て吐き出してくれるだろ?


 変身を解き、若萌に覆いかぶさる。

 俺は今、正義を捨ててでも、こいつを襲う。襲って、犯して従順な……


「やめっ、止めてセイバー。誠、ホントにダメ、お願いっ正気に戻って」


 逃げようとする若萌は真名を握られているため動けない。

 その唇を奪おうと顔を近づける。

 ああ、俺は今、どんな顔をしてるんだろう。きっと醜悪な顔だろうな。これじゃ俺の方が悪だ。でも、ずっと我慢してた。自分の彼女になりそうだった萌葱がガンナーの女になったと知って、その面影のある若萌がずっと側にいて。萌葱が手に入らないなら、もう、いっそ、無理にでも……


「お願いっ、止めてっ、やめてっ――――お父さんっ!!」


 全身が、硬直した。

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