女神の逃走
「ロシータは、死んだ……のか?」
「あ、アイテム、これ……」
恐る恐る矢鵺歌が持ち上げたのは、ロシータの服やら装飾品。
成る程、彼女の持ちモノは全てドロップアイテムとして回収するつもりだったか。
俺はその全てを矢鵺歌から取り上げ回収し、ディアに渡す。
「ディア、どう思う? ロシータは本当に、死んだか?」
「おそらく、彼女の目の前で起こったのだとすれば確実に死亡してしまっているでしょうな」
「そんな……」
「ウェンカムイ……」
稀良螺が口元を手で隠し嘆きを口にすれば、チキサニが俺にしか聞こえない小さな声で呟く。
成る程、確かに悪神だ。こいつは絶対に許しちゃいけない。
俺の正義も女神は悪だと告げている。
だけど、今は、血の涙を飲み込もう。若萌も、そして黒の聖女とか言う奴の預言書も告げている。
今、この女神を解き放ったところでこちらの不利にしかならない。
オキキムルイだったか? そいつがやって来るまでコイツを自由に泳がせる。
きっとそれが一番いい方法なんだろう。
俺自身の手で決着がつけられないのは単に俺の力不足のせいだろうが、悔しいな。巨悪を前に今は見逃すしかないなんて。
「矢鵺歌。お前は部屋に戻れ」
「え? でも……」
「……目の前で、友人が死んだのだろう。今は、一人で休め」
「え、ええ……」
やや戸惑い気味に、彼女が去っていく。
親友とも呼べる存在が死んだにしては殆ど取り乱していない。
演技をし忘れているのだろう。俺の言葉が意外だったようだ。
矢鵺歌が見えなくなったのをディアに気配察知で確認して貰い、俺達は部屋を調べる。
「セイバー。これ」
若萌が見つけたのは血痕だ。
丁度ロシータが倒れたと思しき場所に、まだ新しい血痕がある。
「ねぇ、もしかして、これが凶器なんじゃ……」
床に無造作に転がっていた矢に気付いたのは稀良螺。
あの女神、こんな証拠をなぜ残したままにしてるんだ? 俺達の登場タイミングが速すぎたのだろうか? 隠す前にバレたと見て良さそうだな。そうか、だからネンフィアスに逃走するのか。
あの予言ノート、かなり正確みたいだな。
「触るなッ!」
稀良螺が矢を取ろうとした瞬間だった。険しい顔でチキサニが叫ぶ。
余りに険しい声に、思わずびくりと身体を硬直させる稀良螺。
「い。いきなり何よ!?」
「なぜ、これがここにある? クアニのアイだ。鏃にトリカブトの毒とフグ毒、アンボイナの毒を混ぜたものを塗ってある。人間など一撃死だ」
「なんつーもん塗ってやがる!? というか、これはお前の矢なのか?」
「レシパチコタンから出る時持って来たクアニのモノだ。我が家秘伝の毒を使ってる。間違いない。矢の形もクアニの物」
「ということは……おそらく彼女はロシータを暗殺し、チキサニを犯人に仕立てようとしていたのね」
「アヤポー!? クアニ!?」
「それでチキサニの立場を悪くし、孤立したところで第二の犠牲者にするわけか」
「多分殺しに来たから逆に殺したとか、正当防衛に見立てて暗殺でしょうね。彼女の事だし、チキサニが完全に絶望するように追い詰めてから実行するつもりだったはずよ」
といっても、なすりつける前に自分の犯行が露呈したせいで、ロシータと真名交換などという言い訳を言いだしたってことか。でもこの証拠品がある以上言い逃れは難しい。
「明日。弾劾せねばなりますまい?」
「だろうな。だが矢鵺歌もそれは察しているはずだ。ネンフィアスに逃げるぞあいつ」
「女神に戻らないならネンフィアス側でも問題はないはずよ。部屋に戻って預言書の続きを見ましょ。この先の事を出来るだけ知っておいた方が良いわ」
ヤバいヤバいヤバいヤバいッ。
ロシータの部屋を後にした矢鵺歌は額に脂汗を浮かべながら早足で歩いていた。
思わず爪を噛みながら必死に頭を働かせる。
チキサニに罪を被せるために血付きの矢を置きっぱなしにしてしまった。チキサニ自身が魔王と来ていた以上、アレが見つかれば自分の矢だと主張するだろう。
それはマズい。誰の血が付いてるのか、何故付いているのか、誰が何の意味で付けたのか。推理する必要すらないだろう。ほぼ確実に、ロシータを殺したことがバレる。
「こんなはずじゃなかったのに。なぜあいつら途中で乱入して来た? 何を察して来たというの。私が女神だとバレた? いえ、それはまだないはず。むしろバレていたなら問答無用で襲ってくるわ。ならなぜ? まさか、チキサニが予言したとでも? そんなバカな。私が神よ。私以外の神があいつに予言しているとでもいうの? ありえない。この世界は私の箱庭よ。他の神は知らないはず。どうして、どうしてどうしてどうしてっ。こんな不幸ありえなっ……不、幸?」
「ん? そなたは確か、矢鵺歌といったか?」
はっと、掛けられた声に矢鵺歌は顔を上げた。向う先に丁度ギュンターの部屋に向う予定のネンフィアス王がいる。
「あ……そうだ♪」
それに気付いた瞬間、閃いた。
もう魔王領には居られないというのなら、ネンフィアスに向えばいいじゃない。
「ネンフィアス皇帝。丁度いいわ。少し話があるのだけど」
「ほう、我にか?」
「ええ。勇者の力、欲しくない?」
心で嗤い、女神は皇帝に話を持ちかける。
予言通りの行動を起こしている等と、女神は欠片も気付きはしなかった。




