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各国の同盟事情8

「レシパチコタンか……」


「ふむ。今まで来た国々と比べると、城が見当たらんな」


 俺達は最後に同盟を結ぶ予定のレシパチコタンへとやってきていた。

 長閑な田舎町に見える家々が立ち並ぶ国、否、広い土地を持っているが、家は疎らに建っていて、アイヌ民族衣装を身に付けた男女が時折行き交っている。

 これは村だ。国ではない。


「となると、一番立派に見えるあの建物がチキサニたちがいる場所か?」


「ふむ。変わった国だな。我は初めて世界を回ったが人族領は様々な種族がいるのだな」


 長老宅と思しき家に向っていた時だった。

 うぼろぅえぅあ゛ぁぁぁぁっ。という地獄の底から響いて来そうな声と共に子供の泣きだす声が聞こえた。

 なんだ? と思って思わず戦闘体勢を取る。

 しかし、周囲のレシパチコタン人は全く気にしている様子はなく、日々の営みを行っていた。


「な、なぁセイバー。この国はバケモノでも飼っておるのか?」


「知るか。でも、今のが何かはちょっと見に行った方が……」


「問題ありません魔王殿」


 不意に、声が掛けられた。声の来た方向を見れば、ウェプチと呼ばれていた男がいた。

 どうやら向こうから迎えに来たようだ。


「アレはキサラリで子供を驚かしているだけのこと。昔は子供の躾に使っていたモノですが今は子供の遊びの一つです」


「遊びか、あの声が……」


 ユクリが驚いた顔をしているが、この国特有のモノなのだろう。俺はそうか。と納得だけしてチキサニの元へと案内して貰うことにする。

 やはり一際大きな家が目的地だったようだ。

 室内には既にチキサニが待っており、食事の用意を整え、正座で三つ指付いてこちらに礼を行う。


「本日は、ようこそお越しくださいました。ウエネウサル」


「そちらこそ、わざわざ持て成して貰ってスマンな」


 座敷に座る形式らしい。とても庶民的な囲炉裏を囲っての団欒で話を始めるようだ。

 普通の家にやってきた客人扱い。王族に対する接待ではないと思えるが、レシパチコタンではこれが普通なのだろう。


「本来王族相手であればそれなりに華美な装飾の別宅に案内するのだが、魔王殿は異世界の勇者だというからな。チキサニがぜひ自宅でもてなしたいと」


「それは有難い。俺としても肩肘の張る会食は飽きてきたところだ。しかし……俺は食べることが出来なくてな。非情に残念だよ、代わりにユクリたちが食べるとはいえ……変わった料理だな」


「これは加速リスとイソポをチタタプして丸めてオハウに入れたモノだ。我々の食事は合わないという外国人が多くてな。あとスマッシュクラッシャーという魔物をぶつ切りにして入れてある。どの肉も美味いし野菜も美味い」


「こちらは今朝イオマンテで送ったキムンカムイのチノイペコタタプです。それとこちらが珍味で、ぜひ食べていただきたいウレハルです」


「う、うわぁ。おいしそう……」


 ユクリの感情が籠らない声が漏れた。


「スマッシュクラッシャーの頭の丸ごと煮は人数分用意しました。とてもケラアンです」


 気持ち悪っ。スマッシュクラッシャーっていう魔物はハンマーを持ったカワウソの魔物らしい。つまり、カワウソの皮を剥いだ頭の丸ごと煮だ。正直喰いたくない姿だった。

 ユクリもマイツミーアもあまりにも違う食文化にうっと唸る。

 唯一その容姿を見ることのないラオルゥは迷いなくいった。


「ほぅ、これはなかなか美味いじゃないか。プルンプルンだぞセイバー」


「感想を言うな感想を。まぁいい。それよりチキサニ、こちらが和平交渉用の書類だ」


 俺が直接チキサニに渡した次の瞬間、チキサニが見ることもなくウェプチが書類を取り上げる。


「ふむ。随分とそちらに利があるように思えますな。魔族の奴隷云々は無条件に受け入れましょう。我が国にそのような者はおりませんからな」


 チキサニが少し寂しそうな顔をしていた。しかし、チキサニが代表だと思っていたのだが、ウェプチの方がこの国では実力を持っているような気がするな。


「国の者たちと相談してきます。少々お待ち下さい。チキサニ、魔王陛下を怒らせるなよ」


「……はい」


 ウェプチが去っていく。

 その後ろ姿が見えなくなるのを待って、俺はチキサニへと視線を向けた。彼女も話したい事があったようで、こちらに向き直り居住まいを正す。


「頼み、ある」


「いきなりだな。まぁ、聞こう」


 カワウソの頭とにらめっこしているユクリとマイツミーアを放置して、俺とラオルゥはチキサニの話を聞く体勢に入る。

 しかし、彼女から聞かされた言葉はたった一言だけだった。


「クアニ……私を、攫ってほしい」


 俺もラオルゥも、口から出た言葉は一緒だった。

 「は?」と意味が分からず聞き返す。

 チキサニは一息つくと、丁寧にゆっくりと話しだす。


「ここに居れば、近いうち私は殺されます。私が生き残る唯一の方法は、魔王の元へ身を寄せること。カムイモシリから来るカムイたちに愛されしラマッが降りるまで、魔国にいなければ、私は死ぬ未来しかありません。クアニ カムイオロンベは近い、です」


 衝撃的な告白。彼女は巫女であるが故に、未来を見ることができるらしい。

 そこで、見てしまったそうだ。自分の死に様を、死ぬ時期はまちまちで、どのような選択を取るかによっていつどこで死ぬかは変わっていくが、異世界から来るらしい神々に愛されし者が来るまで生き残れば、生存の目があるらしい。それ以外は絶対に生き残れないそうだ。

 そしてそこまで生き残れる可能性があるのが、魔国に逃げること。このレシパチコタンにいれば遠からず殺される未来しかないのだそうだ。

 本日のアイヌ語

キサラリ=耳長お化けという名前の道具。窓からこれをチラつかせてこの世のものとは思えない声で叫び子供たちを驚かす。夜泣きする子供を泣きやませる道具らしい。

ウエネウサル=一緒に話して楽しむ

チタタプ=「チ・タタ・プ」(我々が・たくさん叩いた・もの)という意味で肉や魚をマキリなどで骨など纏めて叩いたモノ。食べきれない場合は団子状に纏めてオハウに入れたりする。

オハウ=汁モノ

ヒンナ=ごちそう様・食事に感謝する言葉

イオマンテ=熊神の魂送りの儀(イヨマンテとも言う)

キムンカムイ=クマ

チノイペコタタプ=材料は熊のほほ肉、脳味噌、葱、塩。儀式で飾り付けた熊の頭から脳味噌を取り出し、あらかじめゆでて刻んだ熊の頬肉と混ぜる。薬味として葱を効かせ、塩で味付けする。熊送りの際しか作られない貴重な料理なので、量も少ない。

ウレハル=足裏の肉

ケラアン=おいしい

クアニ=わたし

カムイモシリ=ラマッたちが住んでいる世界。逆に自分たちのいる現世をアイヌモシリと呼んでいる。

カムイ=神様

ラマッ=疫病などがそれぞれ霊性を備えていると考えており、これらの事物に宿る霊

カムイオロンベ=不幸な事故で人が死んだときに行う儀式

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