外伝・疑惑の矢鵺歌
「矢鵺歌さん……私の思惑って、なんですか?」
ただただ消え去ったアルティメイトキマイラとアンゴルモアを見送っていた若萌達は、稀良螺の言葉で我に返った。
矢鵺歌も思わず出てしまった失言に気付いてマズいといった顔をする。
苦笑しながらそんなこと言ったかな? と言っているが、稀良螺の疑惑の視線は解除されない。
これが女神の不幸というべきなのだろうか?
疑惑を持たれて矢鵺歌は女神とバレ、ロールプレイが出来なくなる。
否、これは私達の不幸だ。若萌は気付く。
おそらく、ここで正体がばれれば女神はなりふり構わず世界に悲劇を振りまいて行くだろう。
これはむしろ危機であるとすら言える。
ここで女神の正体を暴いてはいけない。
ならば若萌の取れる行動は、彼女のフォローである。
変身を解いて矢鵺歌の隣へとやってくる。
矢鵺歌の姿を一瞥し、矢鵺歌と稀良螺が対立する中央辺りに歩を進めて、中立の立ち位置で止まる。
「思惑って、なんなんですか! 何が目的なんですか、さっきの闘い、矢鵺歌さんの攻撃が若萌さんにも向ってる気がしました」
「そ、それは、若萌の動きが早くて、巻き込まれたというか、巻き込まれに来てたというか……」
こちらをチラ見して来ないでほしい。若萌はフォローに困る言い回しに溜息を吐きたくなる。
こんな言い訳ではむしろ正体を暴けと言っているようなモノだ。
「そういや、よくよく考えたら俺が庇いに行った時、決まって危険地帯に居たのは嬢ちゃんだったよな」
ギーレンも何かに気付いたように顎をさすりながら告げる。
「確かに、まるでギーレンが助けに来る事を知った上であの位置にいたような気すらしてくるな」
「ぐ、偶然よ。あの魔物が私を襲うなんて分かる訳ないんだし……」
「いや、確かに俺ら側からならそうなんだが、魔物を操れたりするのならあるいは……」
「そういえば、そもそもあの魔物が1000レベル帯の場所に出てくること自体がおかしいですよね、もしかして……誰かが仕組んだ?」
ネンフィアスの兵士もエルダーマイアの勇者たちも矢鵺歌に疑惑の視線を向けて来る。
「矢鵺歌さん、あなた……本当は何者、なの?」
「何者って、ただの勇者で……」
しかし、稀良螺からの疑惑は深まる一方。きっと第六感とかその辺が告げているのだろう。こいつは何かを隠していると。
これがきっと女神の不幸。言い訳すればするほど疑惑を持たれ、ロールプレイが出来なくなる。
そういうことだろう。
でも、それでは困るのだ。若萌にとっても不幸に繋がる女神の身バレは困るのだ。
だから、能面になった矢鵺歌がいよいよ正体を明かそうとする直前。言った。
「……はぁ、ここまでね。そうよ私は……」
「ただの思わせぶりなゲーマーの話はどうでもいいわ。それより、皆衝撃に備えて、来るわ!」
「は?」
矢鵺歌の言葉を遮り被せた若萌にギーレンが間抜けな声を出した瞬間だった。
爆音が轟いた。
嘆きの洞窟全体を揺らす凶悪な爆裂。
衝撃でパラパラと天井が崩れる。
「全員、転移装置に駆けこんで! 崩れるわ!」
「嘘だろ!?」
「アルティメイトキマイラが自爆したのよ! あいつ、倒すと自爆するとステータスに書かれてたわ」
「ちっ、話は後だ、さっさとずらかるぞ!」
ギーレンの言葉と共に若萌達は一目散に転移装置へ。十階層ごとに置かれた装置を起動させ、洞窟入り口まで舞い戻る。
一息付いていると、他の兵士達も次々と戻ってくる。
「おお、ロイド隊長達もご無事で!」
「うむ。ネンフィアスは全員無事か?」
「魔物との戦いで負傷者は出ておりますが、皆生還致しました!」
そんな報告が行われた直後だった。
音を立てて嘆きの洞窟が崩れ去った。
あまりにも突然過ぎて皆が呆然とする。
さすがに戻ってきていない兵士は……ああ、エルダーマイアの軍だけは戻ってきてないらしい。 勇者二人が戸惑っている。
未来は変わってギーレン達を生かす事には成功したのだが、エルダーマイア軍を救うことはできなかったようだ。
まぁ、結局未来の話でも彼らは洞窟に埋もれたようなので仕方無い犠牲とするしかなさそうだ。
ギーレン達を救出できただけでもよしとすべきだろう。
若萌は今回の成果に満足感を覚えつつ、湧いた疑念をどうすべきかを考える。
彼らを生かしたことで、矢鵺歌が不自然に身を晒してギーレンを殺させようとしていたように見えるという疑念が彼らに湧いてしまっている。
ネンフィアス軍とギーレンについてはまず会わないので放置でいいのだが、稀良螺は暴走されると若萌の方が困る。
どの程度の釘刺しをすべきかが問題だ。
矢鵺歌に怪しまれずに納得させることが出来るのか、そこが問題だろう。
落ち着きを取り戻した嘆きの洞窟前では、兵士達の点呼が始まっており、ギーレンも一度自国へと戻ることになったようだ。
ネンフィアス帝国軍が駐留する場所の近くに、若萌と矢鵺歌、稀良螺、そしてエルダーマイア軍が消え去ったせいで居場所を無くした勇者二人が残った。




