外伝・嘆きの洞窟1
「じゃ、俺らはここまでだ。がんばれよー」
セイバーの気の無い声援に送り出され、若萌、矢鵺歌、稀良螺はネンフィアス兵に紛れこんで歩き出す。
装備品はアイテムボックスに詰め込み、ネンフィアスの兵装を着込んで共に行軍であった。
正直、軍の中の一兵卒として紛れこむよりは将軍などのように馬に跨っておきたかったのだが、目立つので仕方無く歩くことにした。
若萌としてはあまり乗り気のしない行軍である。
なにしろ、この先に待っているのは……
「はぁ……」
「先程から溜息ばっかりですね、若萌さん」
「交渉、上手くいかなかったんですか?」
矢鵺歌と稀良螺が心配そうに尋ねて来る。しかし、稀良螺の質問は見当違いだったので首を左右に振っておく。
「交渉自体は順調。魔族の常識等はラオがいた御蔭で詳しく向こうに伝えられたし、相手の無理な要求は全て跳ね退けた。西で船を使った外交を行うかどうかは海の魔物次第だけどね。それよりも問題は……」
嘆きの洞窟だ。若萌だけは、その結末を知っている。
正直気が重い。否。それだけではない。すぐ側に自分にとっては宿敵とも思える存在がいて、セイバー達の守りが無いと言うのが一番の溜息事案である。
この世界の創造神の仮初の身体。演技力で自分が悲劇のヒロインのように振る舞ったりしているが、その悲劇を楽しんでいる最悪な女神。
こいつに眼を付けられた自分たち勇者がどんな道を辿るのか、結果を知っているだけにコイツだけには気を許せない。それでも気取られればどうなるか分からないのでできるだけ普通に話そうとしているのだが、やはり苦手意識が前に出てそっけない態度になってしまう。
「そういえば、稀良螺殿はエルダーマイアの勇者だそうで」
不意に、兵士の一人が話しかけてきた。右目に刀傷を持つ兵士だ。確かゲドとかいう名前だったかと思う。
人懐っこく笑う様子は誰にでもフレンドリーな奴。と思えなくもないが、ついさっき近くの兵と女性の胸について熱く語っていただけに、若萌の印象は最悪だった。
何しろコイツが好きなのが稀良螺のような胸の大きな女性なのだから。
「ええ。そうですけど?」
「では向こうに将来を約束された方などが待っていたりするのでは?」
「同じ勇者に二人男性いましたよね稀良螺さん」
「え? いえ。そこまで親しい人はいない……ですね。琢磨君も伊丹君もそこまで親しいわけじゃないですから。ただのクラスメイトです」
嘘だ。実は斎藤琢磨は幼馴染で結構親しい友人以上恋人未満の関係だ。
若萌は思わず伝えたくなるが、それを知っているのは自分だけなので押し黙る。
セイバーには気付かれているが、他のメンバーに今、自分が未来を知っていることを知られるのはマズい。
これは唯一のアドヴァンテージなのだ。絶対に、女神に知られるわけにはいかない。
特にこの後に起こる特大の悲劇を乗り切るためには必要なのだ。
今までひた隠しにして、女神から隠蔽している能力が。
そして、知識が、この後必要になってくる。
「へぇ、ってこたぁ男はいないのか」
「あら、だからって貴方に靡くとはいってませんよ」
「ありゃ? っかぁ、こりゃまいった。先手を打たれたぞ」
「はは。ゲドの厳つい顔じゃどうにもならんわ」
「オーガン、テメェなっ」
「嬢ちゃん、こいつはただの女好きだから用心しろよー」
楽しそうな笑いが起こる。魔族領南門までやってきた若萌たちは、事情を聞いていたカルヴァドゥスに見送られながらエルダーマイアへの軍事境界線を越えて行く。
「ひゃー、魔族に見送られながら行軍ってのぁなんつーか変な感じだな」
「お、あの子可愛い。じょーちゃーん。今度俺とデートしねー?」
「おとといきやがれーっ」
ゲドが大声で叫ぶと、見送りの魔族から返答があった。
小柄な一角少女がファッキンポーズで叫び返している。胸がでかかったのでゲドの琴線にふれたようだが、やはり速攻で断られていた。おそらく人族と魔族だからっていう理由が一番だろう。
「俺、無事に帰ってきたらあの子に言い寄っていいかな?」
「……好きにしたら、良いと思う」
ゲドがなぜか若萌に聞いて来たので、どうでもいいと返しておく。
「よぉし、魔族の上司様から許可貰ったし、俺、口説くわ」
「撃沈しろ撃沈」
「ゲドじゃ無理だろ。俺10口賭けるわ」
「賭けにならねぇだろ。100口だって賭けてやるっつの」
「誰が払うんだよ」
「ゲドだろ?」
「じゃあ俺200口!」
俺も俺もと兵士達が叫び出す。意味が分からない。
ゲドがお前らふざけんな。ぜってぇモノにしてやるからなっ。とか叫んでいたが、それのせいで賭けが成立したらしい。合計8000口以上の大差が付けられていた。
ちなみに、一口100円くらいになるそうだ。円ではなくネンフィアスで流通しているネンフィアス硬貨ではあるが。




