懐柔作戦2
「ほ、本当なの? フルネーム言って、命じるだけで?」
「桜井稀良螺に命じる。手を上げろ」
ばっと上がった右手を見て稀良螺はごくりと喉を鳴らす。
「今言った命令を撤回する。下げていい」
命令が解除され、稀良螺の身体が自由に動くようになる。
右手を下げた稀良螺は伺うように俺に視線を向けた。
ようやく話を聞く気になったらしい。
「何が……目的? れ、レイプ?」
「するかっ」
お前さんが俺をどういう眼で見ているかよぉく解った。
「誤解しているようだから言っておく。俺がお前の真名を奪ったのは攻撃を封じるのと君を守るためだ」
「守る? 真名を奪っておいて守るというの?」
「ああ。他の奴に真名を奪われることを防いだ。魔王の地位にある俺が真名を奪った事で魔族がお前に攻撃を加えることもない。人族から裏切り者と言われることも無くここに連れて来れる」
ほら、一応ちゃんと守ってるよな? ……よな?
俺は不安になって矢鵺歌に視線を向ける。
確認のためだったのだが、どうやら会話をバトンタッチするつもりだと誤解したらしい。
矢鵺歌が一歩歩みでる。
「まずは落ち着いて話をしましょう。私はルトバニア国でこのセイバーさんと一緒に召喚された勇者です。矢鵺歌といいます」
「あ、はい。えっと。桜井稀良螺で……あ、フルネームはダメなんだっけ、稀良螺です」
無駄に丁寧に初対面の挨拶を始める二人。あれ? おかしいな。稀良螺の警戒度が全く無い気がするんだけど。何で俺にだけ警戒してるのかな?
「私達もルトバニアでは酷い目に会いました。宮廷魔術師により真名を奪われ私はセイバーさんを殺そうとしたのです」
「まぁ、スキルの御蔭で無事だったけどな。もう気にしなくていいんだぞ矢鵺歌」
「そう言う訳にはいきません。私は若萌さんと貴方への大き過ぎる借りができたんです。絶対に二人の命を救います。今度こそ、絶対に」
自分に言い聞かせるように告げる矢鵺歌に決意を感じたのだろう。稀良螺がゴクリを息を呑む。
「宮廷魔術師を恋人と思うように真名で命令されましたが、幸い身体を汚される前にセイバーが宮廷魔術師を殺したことで解放されました」
「真名を奪った相手を殺す事が出来れば解放されるのね」
「真名で自分が死んだ時に一緒に死ぬとか命令されてなければだな」
「実際、奴隷として貴族に真名を奪われていた女性は貴族の死と共に弾けたわ」
矢鵺歌の言葉に顔を青くした稀良螺は思わず俺を見た。
「安心しろ。俺が死んだら死ねとかは言わないさ」
肩をすくめてみせると、少しは安心してくれたのだろうか、稀良螺の俺に対する警戒度が少し下がった気がする。
よし、このまま矢鵺歌に任せてしまおう。
「そう。真名については理解したわ。私達が無知すぎたのね」
「良い国に召喚されただけかもしれないけど。私達を召喚するような国が良い国とも思えないわ。おそらく真名で縛られる前に私たちに捕まったのね。その点ではむしろ不幸中の幸いと言えるかも。私も真名をセイバーに預けてるけど、今のところ無理矢理襲われることは無いわね」
「おいコラ。俺は悪になるようなことをする気は無いぞ。一応これでも戦隊ヒーロー。正義の味方だからな」
俺の言葉になぜか稀良螺の警戒度が上がってしまった。何故だ?
「それで、いろいろとこれから質問させて貰うけど、気を悪くしないでね。貴方達の事を何も知らないから。こちらとしても手の打ちようが無くて。和平を結ぶにも、現状を教えてほしいのよ」
「そう言われても、私たちは勇者として魔王討伐のために闘いづくめだったから、国の内情とかは知らないわよ?」
そうなのか。となるとダメ元で勇者たちを自由にさせて魔王討てればラッキーという扱いだった可能性があるな。隠し玉があって、ソレを使うための時間稼ぎという可能性も出てくる。
俺が思考の海に没入しかけたのを見てディアが口を出す。
「失礼。稀良螺殿」
「はい?」
「貴女のレベルの高さをお聞きしても?」
「ええ。国の近くにある嘆きの洞窟でレベルを上げたわ。100レベルからだけど1000レベルまでの魔物が各階層にレベル順に生息してるの。理由は分からないけど100レベル越えの兵士にレベリングして貰ってそこからは自分たちが兵士達をレベリングだったわね。この前1000レベルの敵を倒して800を越えたわ」
「嘆きの洞窟……ふむ。神話戦争時の効率的なレベル上げ用ダンジョンですね」
なんだそりゃ? 神様が用意した簡単にレベル上げられる場所か?
とある異世界の伝説の島的な役割なんだろうな。あそこ行ったことは無いけど。知り合いの勇者がアホみたいにレベルが上がるとか言ってたぞ。
つまり、近くにそんなダンジョンがあったせいであのレベル帯の人族が多数出現したわけか。




