外伝・今日のシシルシさん11
「えーっと、それじゃぁ。自己紹介、始めます」
シシルシとフェレが現れたことで三人でのゲームを片付けた令嬢三人は、互いに顔を見まわしながらも、なんとかソレを言葉にする。
代表として声を出したのは赤髪の少女。狐目で勝気な顔立ちではあるが、人の良さそうなボーイッシュ少女である。
さすがに貴族院なためだろう、制服の女学生服がちょっと似合っていない。
なぜか女装している男性に見えなくもない。
「男爵家令嬢ミンファ・ロロイデスよ。これからよろしく」
赤髪のミンファが口火を切ると、魔族であるシシルシとフェレを恐れていた山吹色の髪の少女が怖々口を開く。
「子爵家令嬢ハルツェ・メーニクスです、の。よ、よろしく、ですの」
彼女の髪は内巻カール気味だ。肩にかかりそうな後ろ髪が彼女自身に向うようにカールしている。内部に熱が籠って熱そうな髪型。簡単に言うなればマッシュルームカットだろうか? 前髪はぱっつんと全て切りそろえられている。
「……ドーラ・レカントラング。よろ」
最後に眠たげな半目をしたスカイブルーの髪を持つ少女。左右にお団子を作り、そこからツインテールを作った長い髪の氷のような少女である。色がとても白い。まるで人族ではないような真っ白さだった。
「よろしくー、今日からこの部屋に来ることになったシシーだよ。あのね、シシルシっていうの。こっちはお付きのフェレ。いっつも私のベッドで寝てるんだよ」
それ、お付きがやることじゃないよね? 三人ともが思ったが、誰も指摘はしなかった。
シシルシの自己紹介が終わったのを見計らい、フェレが立ち上がる。
何をする気だ!? と思わず身構え警戒した三人を放置して、フェレは二段ベッドが左右にある場所まで向う。
「あの、シシルシ様のベッドはどれです?」
「えっと、左の下、かな」
「ありがとうございます」
と、言いながらフェレは左の下方にあるベッドに入り込んだ。
そのまま即行寝息を立て始める。
「ええっ!?」
「シシルシさん、あれ、いいの!?」
「んー。まぁフェレらしいかな?」
それでいいんだ。
思わず呆れた声が出そうになるミンファ。
フェレの行動のせいだろうか? 相手が魔族と分かっていてもそこまでの危険を感じなくなっていた。
「シシルシ、何しに来た?」
言葉少なめにドーラが告げる。
「あのね、こっちの王族の人たちにね、シシーは邪魔だから貴族院に閉じ込めて情報遮断しようって厄介払いされたの」
えへ。と笑うシシルシから微かな毒を感じたハルツェがひっと息を呑む。
怯えるハルツェは未だにシシルシが恐いようだ。やはり人族の魔族に対する恐怖はシシルシといえども払拭出来るモノではないらしい。
他の二人は持ち前の胆力というべきか、魔族のシシルシ相手でも普通に話そうとしてくれているのを感じながら、シシルシは懐から紙とペンを取り出す。
魔力ペンに魔力を流して羊皮紙の裏面に三人と、ついでに先程出会った二人の伯爵の名前、家柄似顔絵などを書き連ねて行く。
突然書き物を始めたシシルシをきょとんとした顔で見つめる三人。
しばらくして、ようやく書き終わったのだろう。シシルシが満面の笑顔でできたーっと両手で羊皮紙を持ち上げる。
その瞬間、ハルツェは見てしまった。
羊皮紙の裏面の裏。つまり表に書かれていた文字を。その意味を。
思わずばっと顔を逸らして見なかったことにするが、どう見てもそこに書いてあったのは王城の王しか知らない脱出路の入り口に関してのモノだった。
国家機密が書かれた羊皮紙の裏面に自分たちの名前が書かれているのだ。意味が分からない。
「えっとー、ミンファにハルツェにドーラだからぁミンちゃんハルちゃんドラちゃ……ドーラちゃんかな」
「私だけ略されない……」
ドーラが少し泣きそうな顔をしていた。
「それで、何で名前を?」
「だって覚えるのに必要でしょ? たぁっくさんのお友達できるといいなぁ」
えへへと無邪気に笑うシシルシ。その表情に、彼女の性格に、ミンファとドーラは優しい気持ちになった。
「じゃあ、私達が最初の友達になるのかな? まだお嬢様言葉とか覚えきれてないけど、いいのかな?」
「私も言葉は苦手」
しかし、ハルツェだけはシシルシと仲良くできるとは思えなかった。
彼女は知ってしまったのだ。シシルシがなぜ王族から煙たがられ、ここに送り込まれたか。
彼女は魔族領から来た公認スパイ。国家機密を抜きとりまくって恐れられたからここで同年代の子供たちとの交流という名目で連れて来られたのだ。
そんな危険なスパイが、友達作りなどという甘っちょろいことを考えてここに来ている訳が無い。
子供といえども貴族の家柄、ここの友人を作るということは、魔族との和平を望む派を量産する事。それはつまり、未来の王国の内部分裂を招きかねない魔族からの静かな侵略だ。
ハルツェはそこに思い至り、一人恐怖に震えるのだった。
ふと見たシシルシの三つの瞳が、まるで深淵への入り口のように見えたのは、彼女の思い込みのせいだったのかもしれない。




