外伝・今日のシシルシさん10
「なんかごめんねメルちゃん」
ラジーは意味が分からず呆然としていた。
目の前ではやって来た魔族の少女をエスコートするメルと、それに従うように付いて行く彼女の取り巻き。
シシルシと名乗った魔族の部屋を聞き、彼女自ら案内すると言いだしたのだ。
本来下級生の部屋に案内までしてくれる上級生など皆無。否、一部白百合系のお姉様連中は気に入った下級生を取り巻きにするために優しくすることはあるが、相手は魔族の娘なのである。人族の貴族令嬢とは訳が違う。
「構いませんわ。丁度暇しておりましたもの。どうせラジーとティータイムをするくらいしかないのですもの、でしたらシシルシ様のエスコートをさせていただきますわ。魔族領からわざわざ御観覧にいらしたのでしょう?」
「メルちゃん良い人だね。ありがとー」
能面のように表情を消すように努力しているらしいメルだったが、シシルシからの視線が途絶えると途端に表情筋が崩れる。
自分は夢を見ているんだろうか? 思わずラジーは頬を抓る。
取り巻きに尋ねてもみるが、どうやら見ていた光景は現実らしい。
「そんな……メルがあのようなご趣味があったなんて……」
「ラジアータ様、メルクリウ様が可愛いモノ好きなのは結構有名でございますよ?」
「知ってますわよ。でも、でも相手は魔族の小娘なのよ!? あそこまでデレッデレになるなど見たくなかったですわ」
でも……とラジーは顎に手をやる。
「メルをからかうネタは手に入りましたわね」
ニヤリと小さく呟くラジーの声を、取り巻きだけが聞いていた。
「まぁ、こちらですのね!?」
シシルシの部屋番号を聞きだしたメルは部屋へ一緒に向い、率先してドアを開くとシシルシに入るように促す。
まるで彼女がシシルシの従者になったかのようだ。
なぜだろう。ソレを見たラジーは思わず哀れな。と思ってしまった。
扉が開かれた内部には、三人の少女が居た。
いずれも学院一年目の女学生らしく、今はカードゲームで遊んでいる最中だったらしい。
突然開かれたドアを六つの眼が集中して見開かれている。
「あら、部屋の中に先客がいらしたのですね。シシルシ様、四人部屋のようですが、よろしかったのかしら?」
「うん。折角貴族院に来るんだからって友達一杯作れるように部屋も一緒にして貰う事にしたの」
魔族のくせに友達一杯とか。思わずラジーは口から出そうになった言葉を飲み込む。
そもそもな話し、人族の中に一人魔族が入り込むなど無謀という他ないのだ。
シシルシはその辺全く分かっていないのだろう。あまりにも無知。
無邪気さは時として周囲への癒しになるが、気に入らない存在が無邪気に振る舞う時、周囲からは邪剣にされるしかないだろう。
それをメルも分かっているのだろう。
わざわざルームメイトに見えるように自分の姿を見せ、シシルシと親しげに振る舞っている。
つまり、遠回しながら彼女等三人のルームメイトにこう言っているのだ。シシルシに何かしやがったら伯爵家が黙ってねーぞコラ。という事らしい。
突然やって来てそんな感じに上級生の伯爵令嬢様が出現したモノだから、三人のルームメイトは何がどうなっているのか理解できずに口を開けたまま固まっていた。
ラジーは思わず可哀想に。と口から漏らす。
取り巻きたちも同じ気持ちだった。
「では、シシルシ様、私はこれで」
「うん。ありがとねメルちゃん。あ、そうだメルちゃん」
「はい? 何でしょう?」
「よかったらシシーって呼んでほしいかな……って、ダメ?」
手を後ろで組んで前かがみに、覗き込むような態度で恐る恐る聞いて来るシシルシ。
もしも二人きりの場であったなら、きっとメルは鼻血を噴き出して錐揉み回転しながら卒倒していただろう。
それ程に、破壊力抜群の可愛さがあった。
「よ、よろこんで」
必死ににやけそうになる顔を能面で隠し、メルはなんとか暇を告げる。
今ここでシシーと名を呼ぶなど出来なかった。
ソレをしてしまえばおそらく、メルは公共の場であろうとも鼻血を噴き出しモエーっと叫びながら意識を手放していただろう。
部屋にシシルシを残し、ラジーたちのもとへと戻って来たメル。
必死に表情を取り繕っているが、ラジーにすら声を掛けずに足早に自室へと向かって行ってしまった。
後を追おうとしていたメルの取り巻き連中をラジーがぎりぎりで引き止める。
さすがにこれ以降を取り巻きたちに見せる訳にはいかないだろう。
貸し一ですわよメル。と心の中で告げるラジーであった。
自室に戻ったメルは部屋に鍵を掛けると天蓋付きベッドにぼっふと飛び込む。
そのまま両足をばたばたと激しく悶えながら漏れ出そうになる悲鳴にも似た歓喜を枕を咥えることで周囲に漏れないようにした。
「くーっ。なんですのあの可愛い生物はっ! あんな覗き込むようなお願いでシシーと呼んで。ですって!? ふざけてますの! あざといですわっ、あざと過ぎですわっ。あぁんかぁいぃ~~~~っ。可愛いですわ可愛いですわくわぁわいいですのよぉ――――っ! 萌えですの!? 萌えですのねっ。私を萌え殺す気ですのよぉ――――っ」
折角押し殺した声は、しかし耐えきれなかったようで周囲に大声で叫んでいた。
壁が薄かったようで聞こえてしまった周囲の令嬢たちは、揃って聞かなかったことにしたという。




