外伝・今日のシシルシさん8
「ほえ? 学校?」
ガンキュからの情報から作りだした本を読んでいたシシルシは、突然呼び出され、謁見の間にやってきた。
歩き読みしながら話を聞いていると、王様の方から学校に行ってみないか? という話が来たのだ。
聞き逃す事の出来ない話題だったので仕方無く顔を上げる。
「うむ。大悟の方からそなたには人族の知識などを知って貰った方がいいと、是非にと言われてな。この国にあるのは貴族院という学校であり、貴族の子供たちが貴族とは何かを学び、自分が仕える上位貴族を見定めたりする場所であるともいえるのだが、人族の常識を学ぶには良い場所ではないかとソルティアラも勧めて来てな」
ふむ。っとシシルシは考える。
おそらく城をふらつかれることでこれ以上機密が漏れるよりは貴族院に向わせて被害を最小限にとどめようと言う事だろう。
今更な感じはするが、貴族院というものは未知の場所だ。
早速念話でディアに説明し、魔王領の方針を尋ねる。
魔王陛下からの返答は、シシルシが学校デビューか。なんか面白そうだから遊んで来ればいいんじゃね? だった。ならば遠慮はしなくていいだろう。そもそもこれ以上この城から出てくる重要機密は無いに等しいのだから。
あとは現在進行形で変化する最新情報なのだが、それはシシルシが居なくても収集できる。
暇を持て余すよりは人族の子供の生活とやらを見てみるのも一興だろう。
方針が決まったのでシシルシは可愛らしく微笑みながら了承の意を唱える。
「そうか。では書類など必要なモノはこちらで揃えよう。明日にでも貴族院の寮に向かってくれ」
寮に住み込みになるらしい。
完全に厄介払いである。
少し考えたが、まぁ、いいか。とシシルシは納得する。
「ところでシシルシ殿」
「なぁに王のおぢちゃん」
「その手に持っているモノは、我が国の禁書として王族しか入れない図書室に存在する書物では……?」
「ん? この本? これはガンキュちゃんが見て来た情報を本に纏めた私の私物だよぉ。見る?」
王の元へ向って本を見せ、ぱらぱらと本をめくってみる。
おそらくその本を読んだ事があるのだろう。見る間に顔を青くしていく王様。
「この本はね、本物じゃなくガンキュちゃんが見た記憶を元に一から創造した写しだから、いくらでも作れるよ。ほら、ほら、ほら」
持ち出し禁止の書物、その同じ冊子が1、2、3、4……それとたくさん。
ついでに他の書物も1、2、3、4……それとたくさん。
見ちゃいけない魔術書も、自立歩行の魔術書も、等しくガンキュにより内容が復元されている。
「どうしたの? 持ち出し禁止の書物は一つも持ちだしてないよ? これはシシーが作りだしたものだし。ほら、こうやって魔力に形を持たせて、創造っ」
チャキーンと言いながらシシルシが作りだしたのは今、王が読んでいる本と同じ物だった。
持ち出し禁止の最重要機密情報がコピーされ放題である。
王は謎の頭痛に襲われた。魔族の情報収集能力はあまりにも高過ぎる。
自分の国の自分が知らない情報すらも根こそぎ集められたような気さえしてしまう。
「も、もういい。戻ってよい」
はーい。と元気よく答えてシシルシは部屋へと戻る。
そんなシシルシの背中を見送り、王の元へと歩み寄る宰相。
「大丈夫ですか国王陛下?」
「覚悟は出来ていた分衝撃は軽い。それよりも、王族しか入れん筈の図書室の情報が全て抜かれたと見ていいだろう。大問題だぞこれは……」
交換留学などという小細工で魔王領の情報を手に入れようと言うソルティアラの提案だったが、今はそれすら憎く思える王だった。
情報を得るつもりがこちらの情報を根こそぎ与えてしまっている。
「未だにわからんか?」
「魔族に情報が渡る理由ですな。多少ですが分かりました。魔族の中にいる淫魔の男、スライムの女が貴族から情報を手に入れているようです。シシルシ殿から聞いたのですが、あの老婆は心の声が聞けるとか、ガンキュと呼ばれる魔物は見たモノを投影する事が出来るそうです。隠すつもりもないようですな」
「その辺りは分かる。だが図書室から情報を抜いた方法や、あり得ない程の機密情報が抜かれている理由は?」
「それなのですが、ムーラン国の姫が前に王の寝室から出てきた騒動がございましたでしょう」
「あ、ああ。アレか。全くありえん噂がなぜ広まったのか、不思議でならん」
「国王の部屋を拝見させていただきましたところ。一つ、可能性を見付けました」
「何?」
驚く王に宰相はあまり言いたくなさそうに、難しい顔をした。
「おそらくですが、王族用の脱出路が使われているようです」
「王族の、脱出路? そう言えば父からそういうものがあると聞いたが、アレはこの玉座の間のみだったはず」
「どうやら内部で幾つかの部屋に繋がっておるようで。王族専用の部屋には大体繋がっているようですな。信頼できる部下に探索させましたところ、玉座の間、王の部屋、王族専用図書室、妃の部屋、王女の部屋、王子の部屋など、使われていない部屋も含めてかなりの数の部屋に隠し通路が繋がっておりました。ここがシシルシにバレていたとすれば……」
「なんと、いうことか……」
王は思わず天を仰ぐ。すぅっと意識が遠のくような気がした。遠くで宰相が陛下、国王陛下――――っと叫ぶような小さな耳鳴りがしたが、王は考えるのも面倒になって思考を彼方へと飛ばすのだった。




