外伝・今日のシシルシさん1
シシルシ・パルパティ・カーヤンは、三眼族唯一の生存者である。
天真爛漫な彼女は今、人族領のルトバニア王国王城前へとやって来ていた。
側近と共に立派な城を見上げ、ほえ~っと感心したような声を上げている。
「すごいね大悟ちゃん。ギュンターちゃんの城より見栄えがいいよ」
実質、黒が基調の魔王城よりも銀に光って見えるルトバニア王国の王城は遠くからでも輝いて見える荘厳な城であった。
シシルシの感嘆を受け、ソルティアラがふっと鼻で笑う。
城では勝った。と優越感に浸ったようだ。
「そうなのですか。魔王城はここまで綺麗ではないと?」
「威圧感は凄いけど優美さならこっちがシシーは好きだなぁ」
そんな感想を言いながら城内へと向かう。
案内係のメイドに付いて行き、割り振られた部屋へと向かうと、そこで一旦解散となった。
ロバート、モルガーナ、メデュパ、ガンキュ、ポェンティムがそれぞれ行動を開始する。
フェレはシシルシの部屋を整えるとのことで部屋に残り、暇を持て余したシシルシは城内探検を行う事にした。
シシルシの目的は人族領についた時点で達成している。後の事は側近たちがやってくれるのでシシルシは適当に遊んでいるだけでいいのだ。
無邪気を装い出会う人族全てにおっはよーっと元気に挨拶しながら走り回る。
偉そうな男どもが鼻を鳴らしていたりするが、気にしないようにして内心ブラックリストに載せて行く。
途中メイドに会話を求め、魔族だからと警戒するメイド達から大悟の居場所を聞いたシシルシは部屋に突撃した。
丁度姫様と二人ベッドに腰掛け胸元に手を出そうとしていた大悟が部屋にいた。
「う、うわっ、シシルシ!?」
「んー、何してるの? ねぇ、何してるの?」
「あ、こ、これはその……」
相手が無邪気な子供と認識している二人は慌てふためき距離を取る。
どことない気まずい雰囲気が漂う中。空気を読まないシシルシだけが頭を身体ごと左右に振りながら「ねー、ねー、なにしてるのーっ」と能天気に尋ねていた。
「そ、それよりシシルシ、何しに来たんだ?」
「んー? あのねー、お城の探険だよ。広いから探索し放題っ。メイドさんに大悟ちゃんの部屋聞いたんだよ。次はソルティちゃんの部屋だよー。ゴーッ!」
「あ、ちょ、ダメですシシルシ、私の部屋はっ」
拳を突き出し駆け出したシシルシを慌てて追いかけるソルティアラ。胸元がはだけているのは気付いていないようだ。
走るソルティアラは直ぐに力尽きた。
シシルシはもう少し遊んでやるつもりだったのだが、溜息を吐いて立ち止まる。
「ソルティちゃんおっそーい」
「お、追いかけっこしてるわけじゃ……ありま……せんからっ」
肩で息をするソルティアラ。おそらく久しぶりの全力疾走だろう。普段から城で安穏としている足腰は100メートルも行かない場所で悲鳴を上げている。
「ふっふん。シシーを捕まえられないなら諦めるがいーっ。そーれ突撃ぃーっ」
再び走り出したシシルシ。しかし、視界を流れるはずの光景が全く動いてない。
あれ? と思ったシシルシは、自分の足が浮き上がっていることに気付く。
上を見上げれば、呆れた顔の大悟がシシルシの首根っこ掴んでいた。
「あーっ大悟ちゃんひどい。はーなーしーてーっ」
「シシーだっけ、広い城を見て駆け回るのはいいけど、嫌がる人の部屋を見ちゃダメだよ」
「えー、でも探索楽しいよ?」
「それでもダメです」
シシルシが走らないことを確認して、大悟はシシルシを床に降ろす。
「じゃあシシーはどうすればいいの? 責任とって遊んでくれるの?」
「そうだなぁ。じゃあ何して遊ぶ?」
年下の女の子の遊びを思い浮かべながら大悟は尋ねる。
ソルティアラとの大人の遊びはしばらく出来そうになかったが、シシルシから目を離して大惨事になるよりはマシだった。
「じゃあね、じゃあね、シシーはね、オハナ摘みがいいなぁ」
「お花摘み? それ俺って必要?」
「必要じゃないけど人間さんは一杯いるかな?」
へ? 人間? 何故花を摘むのに人間がいるんだろう?
首を捻る大悟にシシルシは説明を始める。
「あのね、沢山の人間さんはね、種なんだよ。地面に穴掘って埋めて、目を出させるの」
「えーっと、種を植えて芽をだす手伝いをするのかな?」
大悟は無理矢理沢山の人を使って花壇に種を埋める光景を思い描く。
かなり悠長なお花摘みだ。芽が出て花が咲くまでかなりな日数になる。
「シャベルを使ってね、目を出したらね、今度は溢れるくらいの水をあげるんだよ。あっぷあっぷってしてる姿、可愛いの」
大悟は咲いた若葉が濡れて揺れる姿を思い浮かべた。しかし、おかしい。若葉はあっぷあっぷなどと言ったりしない。……折角の思考がマズい、若葉が兵士のおっさんに切り替わってしまう。
「お水をやり終えたらね。必死に鼻をひくつかせてるから、そこに指を差し込んで、引き抜くの!」
もはや間違えようは無かった。シシルシの言うオハナ摘みはお花ではなくお鼻摘みである。
「上手く行けば身体ごとぜーんぶ抜けて気持ちいいよ。時々鼻だけだったり途中でぶちっと行っちゃうんだけど」
「待った、ちょっと待とうかシシー。それ、誰に教わったの?」
「んー?」
元々は自分が考えて三眼族に行った拷問なのだが、シシルシは少し考え別人に罪をなすりつけることにした。
「ルトラちゃんに教えて貰った」
「直ぐ忘れなさい。ともかくソレはダメ」
ええーっと不満を漏らすシシルシ。魔族と人族の認識が違い過ぎることに、大悟は今更ながら頭を抱えるのだった。




