100話突破記念・はじめてのともだち
少女が絶望したのはもうずっと前のことだった。
生まれた瞬間、初めて見た父親を破壊し、母の手一つで育てられた。
気付いた時にはその呪われた瞳のせいで母すらも消えていた。
孤児院など当初は無く、その瞳を駆使して魔物を倒し、その血肉で生きながらえた。
間違って毒キノコに当ったこともあるし、悪漢に襲われかけた事も何度もあった。
皮肉にも、魔族としての高い耐性と、魔眼の御蔭で今まで無事に生き残り、着実に実力を付けていった。
気が付けば、彼女は周囲で敵と呼べる存在が居なくなっていた。
どれ程の巨大な敵であろうとも、彼女を見た瞬間に爆ぜ消える。
生活に困る事も無く、ただただ人生を無為に生き足掻くだけ。
いつか来る終わりが現れるその日まで、少女はずっと、死から足掻き続けただけだ。
だが、それも終わる。
少女は全てに絶望し、全てを破壊して死ぬつもりだった。
そんな彼女に、手が差し伸べられた。
「大丈夫、怯えないで」
そう言って抱きしめられたのは、人生で初めてのことだった。
そいつのことを、彼女は一生忘れない。
「ね。友達になりましょ?」
そう言って彼女の頭を撫でてくれた優しい女を、彼女は絶対に忘れない。
たった一人、誰も救ってくれなかった彼女を抱きしめ、救いあげてくれた人だから。
女は自分を勇者と名乗った。
異世界から召喚された勇者であり、人族を虐げる魔王を退治しに行く道中。
魔族が恐れる魔族の噂を聞き、こうして彼女の元へとやって来たのだ。
噂通りの凶悪な魔族なら、倒そう。そう思っていた。
彼女の姿を見た時、女は放っておけないと思ったそうだ。
彼女はこうして救われて、女によって世界を知った。
この世界は絶望だけではない事を、教わった。
この世界にある食べ物がおいしいことを、教わった。
この世界には幸福があるのだと、教わった。
暖かいご飯、暖かい毛布。優しい寝床。
二人で歩く街は楽しく、彼女と女を繋ぐ手はとても暖かかった。
彼女は徐々に、依存していった。女の優しさに心酔していった。
だから、彼女のために力を振るった。
彼女は魔王と闘うのだから。そのサポートができるならと。
でも……やり過ぎた。
たった一人孤独に嘆く彼女を哀れと救った女は、徐々に気付いて行ったのだ。
彼女が、魔族としての規格を越えていることに。
ある日、女はプレゼントだと言って眼帯を渡して来た。
普段は魔眼をこれで封じて、日常生活を安全に過ごせるよと。
後から思えば、おかしな話だった。
目を隠して安全な日常など、彼女が過ごせるはずが無い。
でも、彼女は努力した。
女がくれた眼帯をして目を隠し、それでも生活できるように魔力で周囲を関知するようになり、そして……
彼女の化け物化は、さらに進んだ。
時折、女や周囲の仲間から異物を見るような視線を受けるようになったが、きっと気のせいだと、彼女はひたすらに女のために力を振るい続けた。
凶悪な敵がいれば代わりに倒し、パーティーが危機に瀕すれば率先して殿を務め、やがて辿りついた魔王の城で、勇者は呆気なく敗れ去った。
敗北確定の女を守るため、彼女は眼帯を解き放つ。
あれ程勇者たちが苦戦した魔王は、彼女が魔眼を発動した瞬間、呆気ないほどに弾け飛んだ。
眼帯を締め直し、彼女は女に駆け寄る。
大丈夫? 怪我は無い?
親身になって女を救った。
立ち上がった女は周囲の仲間と頷き合った。
彼女だけは意味が分からず首を捻っていたが、女が優しい声を掛けて来てくれた事でどうでもよくなった。
ありがとう、ラオルゥ。貴女の御蔭で魔王を討つ事が出来たわ。
その言葉を、どれ程待っていたことだろう?
彼女は照れたようにはにかむ。その背後から、封印の魔術が解き放たれた。
意味が分からず拘束される彼女に、女は告げる。
「もう、がんばらなくていいから。ここでゆっくり眠りなさい」
それは、どんな意味合いが込められていただろう?
嫌に冷たく聞こえた声が、彼女の心をえぐっていた。
何故こんな事をするのか理解できず、彼女は叫んだ。
声にならない声で叫んで、でも結局、女に届くことは無かった。
眼帯のせいで表情を見る事も出来ない。
ただただ去っていく勇者たちに置いて行かないでと叫ぶだけ。
何度か振り返る勇者を残し、皆が消えた。
最後に、勇者も去っていく。
自分の何が悪かったのだろう?
ただ、自分を絶望から救ってくれた勇者のために、力になろうとしただけなのに?
彼女はずっと自問した。答えなどなかったが、ずっと、ずっと自問し続けた。
やがて歴代の魔王が彼女を魔神といいながら自分が魔王に就いたと報告しに来始めた。
結局人族の平和とやらは長く続かなかったらしい。
勇者がどうなったのか、彼女は知らない。ただ悠久の年を経て、やがて現れる赤き魔王が来るまでずっと答え無き自問を続けるだけだ。
「……ん? 眠っていたか?」
「あ、起きた。ラオルゥ、シシーに勉強させておいて寝るってどういうことーっ。ぷんすかーっだよ!」
本日はシシーに聞きたい事があったので二人で部屋に籠った、その過程で人語を教えろと言われたので読み書きをさせている所だった。
いつかの勇者に教わった人語、それを今度は自分がシシルシに教えている。
複雑な思いはあったが、ラオルゥは懐かしき思い出を思い返し、ふっと笑みを浮かべる。
女に恨みは一つも無い。
女に絶望から救われたのは確かなのだから。
それに、今はもう、封印からも解き放たれた。
あの時と同じ孤独ではない。好きに生きればいい。そう言われた気がして、ならばそろそろ赤い魔王でもからかいに行くかと背伸びをするラオルゥだった。




