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第九十一話「神に抗うもの」

 神代美里は今年で三十六歳になる。

 十九歳の時に神代雅哉を出産し、二十九歳の頃に雅哉の妹、神代三乃里を出産。

 今は家族四人で平凡だが幸せな生活を満喫している。


 美里は夕飯の買い出しを済ませ、今はキッチンで夕飯の準備中である。

 包丁で野菜をきざむ音が「トントントン」と、響き渡る。

 野菜をきざみながら美里は不思議な感覚の中をさまよっていた。


 先ほど玄関で見かけた小さな男の子は、幼い頃のマサヤにそっくりだった。

 ミサトの子は、マサヤとミノリの二人だけで、他に子は存在しない。

 それなのに不思議とその子に対して〝ナユタ〟と、自然に口からこぼれた。

 その子を目の当たりにした時、とても懐かしくも感じていた。

 本能でほっとけなかった。そして子どもは「母さん」と、口走った。

 

「お父さんやマサヤ達にはなんて説明しようかしら……。それにしてもマサヤもそうだけど、ナユタもオタクなのかしらねぇ……あの三人の格好ったら……」


「プププ」と、吹き出しそうになるのを堪えながら考える。


「ママぁ」


 7歳の娘が声をかけてきた。


「おにぃちゃんの部屋に、おにぃちゃんがいたよ? あとね、知らないお姉さんが二人」

「うふふ、そうなのね」


 思わず笑みがこぼれた。

 人みしりの激しい七歳のミノリが、ごくごく普通におにぃちゃんと呼んだからだ。

 その言葉には見知らぬ人間に対しての怯えや恐怖心などなく、マサヤの名を呼ぶ時と何一つ違いがなかった。

 しかもミノリにはマサヤとナユタの区別がついてないようだ。


「この調子だとお父さんやマサヤにも説明いらないのかしら?」


 ミサトはそう呟いた。この摩訶不思議な現象に気づいているのはミサトだけであった。



 ◆◆◆




 ここはすみ慣れた部屋の一室だ。

 この俺が二十九年間、引き籠っていた最後の砦である。


「可愛い妹様でしたね。お名前はなんて言うんですか?」

「それが僕にも何がどうなってるのかさっぱりなんだよ」


 メアリーの質問に回答することができない。

 

「そうですよね王子。この世界の王子と今の王子は歳だって違いますからね」

「そ、そうなんだよ。まさか母さんが僕のことを理解してくれるなんて夢にも思わなかったよ」

「もしかして妹さんの名前も以前、王子が夢で見たミノリじゃないのですか?」

「ミノリかぁ……そういや、そんなこと言ってた気がする……でも、あれは夢の話だしなぁ」


 そこでメアリーが、


「そういえば、前にドロシーさんとマリーちゃんがシュトラウス家に時空魔法でやってきたって言ってましたよね? ルーシェ様のお話だと私もマリーちゃんには会ってるはずなのにまったく覚えてないんですよ。それどころか、ルーシェ様のお話だと、私はマリーちゃんを何一つ疑う事も無く普通に接していたんですよね?」

「うんうん、そうなんだよ……そう考えると、今の状況はあの時の状況と似てるよなぁ……僕はてっきりドロシーの魔術で記憶の書き換えでもしたのかなぁと考えていたんだけど?」

「王子、そんな高等な魔術はわたしには使えませんよ。もしかしたら、別の時間軸に介入したことにより自然発生した現象かもしれないのです」

「うーむ……そうかもしれないなぁ」


 俺達がこの世界の時間軸に干渉したことにより、時空そのものが元の正しい形の世界に修復しようと何ならかの力が働いてるのかもしれない。

 

「でもさ、ドロシーに夢の話をしたのは随分前だよね? ってことはさ、僕は未来の夢でも見たってことなの?」

「その夢が過去なのか未来なのか、わたしにはわかりませんが、次元そのものの存在(意思の存在)には過去や未来の概念は無いと聞いたことがありますよ」

「さっぱり意味がわからんのだけど……」

「次元そのものの存在には時間の概念がないってことですよ。つまり王子を次元に喩えましたら、百年後も二百年後も王子は王子で何も変わらず、本棚から好きな本をいつでも好きな時に引き出せるって意味ですよ」


 それって神の領域じゃ?

 次元そのものを一つの存在(モノ)と仮定して、その存在はあらゆる世界や時間に干渉できる。そもそもその存在には時間などという概念がないってことだ。

 つまりそんな荒技を行使できる存在があるならば、創造主だけであろう。

 だとすると、この時代での俺達の存在は無論、イレギュラーであり正しい世界に修復しようとしてる力が働いてるとなると、未来で家族達が召喚勇者に虐殺された未来を変えるという行為は、その大きな力に抗い立ち向かうことと同義だ。


 ――――その存在の中では過去も未来も既にあったことなのだから。

 神に反逆する行為そのものと言っても過言ではない。


「はふぅ……私にはさっぱりついていけません。難しい話ですよね」


 メアリーだけでない。俺とドロシーにしても、根本的には何一つ良くわかってないのだ。

 この謎を解明するには『大賢者』と呼ばれた存在に会うしか方法がないかもしれない。

 存在してればの話だが。


 この部屋は二階だ。

 誰かが階段を上ってくる足音が聞こえる。

 父や母では無い。さっきの女の子の足音でもない感じだ。

 メアリーやドロシーに緊張感はないようだが、俺の心拍は激しく脈打ち、血液が逆流しそうなほどの思いに駆られる。

 そりゃそうだ。この足音は俺自身のモノなのだから。


 母や妹は俺を認識してくれたが、俺自身が俺にあったらどうなっちまうんだ?

 いや、この時代ではマヤサらしいが、俺が今、この世界で演じてる存在はマサヤなのだ。

 その証拠に、俺の妹らしいミノリは俺を疑うことなく兄妹として「おにいちゃん」と呼んだのだから――――


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