第九十話「如月澪と白鳥渚そして――――」
「あなたは何者ですか?」
如月澪が俺をじっと見つめ、そう尋ねてきた。
俺達のコスプレ衣装を見て聞いてきたのだろう。
「あ、はい。目立ってすみません。こ、これは、コスプレです!」
他に答えようがない。
「私は服のことを言ってるんじゃない。君が何者なのか尋ねたんだよ」
「……へ? 服のことじゃないの?」
「あなたの魂、そう、その魂から放つオーラ、似ている、とっても似ているから」
「あ、はい……」
オーラってなんだ? 魔力のこと言ってるのかな……。
そういやこの子って、オカルト研究会に所属してて、霊感がなんちゃら言ってたこだ。
少々怪しげな雰囲気を醸し出してる子だけど、ミステリアスな美少女で、その人気を影から支えてるファンがいたような?
教室でもタロット占いをやっていて女子生徒からも人気を博していたような気もする。
……そのお方が俺に何の用なの?
「少しそこの店で、君のことを話してほしい。時間があればお願いしたいけど」
そう言いながらポケットから如月澪はタロットカードを取出し、一枚のカードを引く。
「やっぱり運命の輪だ。君と私がここで出会ったことは必然で、偶然ではないようだよ」
タロットカードの知識は皆無だが、言いたいことはニュアンスで何となく伝わってきた。
だが、如月澪はともかくメアリーは白鳥渚とは因縁がある。
未来でメアリーは白鳥渚に短剣で脅しをかけられた経緯があるからだ。
まあ、あの時のメアリーは確固たる意志で脅しに屈しなかった訳だが。
メアリーは白鳥渚を警戒し、ポケットに忍ばせてある銀の短剣に手をかけている。
この世界じゃ銃刀法違反だ。ポケットから取出すのは勘弁ね……。
お巡りさんが来ちゃって大騒ぎになちゃうから……。
なので、郷田と同じで大丈夫だとメアリーに耳打ち。
どうやらメアリーも頭では理解してるようだが、身体が無意識に反応してしまうようだ。
俺を含め、未来の召喚勇者にはあまりいい思い出はないからなぁ。
無理もないか。
で、時計を見ると十七時十一分。
本来は先を急ぎたいのだけども、十五分ぐらいなら時間をとってもいい。
彼女の意味心な言い方が少し気になったからだ。
でも如月澪が指差す店は、ファーストフード店だ。
店でのんびりしてる暇はさすがにないぞ。それに金もない。
この時代の女子高生と道端で立ち話って訳にはいかないけども、そこは敢えて時間ないってことで、お願いする。
「話ができるならどこでもいいよ。そこのコンビニでジュースを買ってくるね」
如月澪はジュースを買いに行った。
俺達もコンビニの方へと向かう。
外にはテーブルと椅子が用意されてるタイプのコンビニだし、これでいいかも。
俺達は丸テーブルを囲むように座る。
正面には白鳥渚がいるが、彼女は無口であまりしゃべらない。
場はなんとなく気不味い雰囲気であったが、如月澪が缶コーヒ五本とオレンジジュースを一本買ってきた。
「あ、ありがとう」
メアリーとドロシーは缶に入った飲み物など知らないけど、オレンジジュースがペットボトルで中身が透けてるので、飲み物だと瞬時に理解したようだ。
オレンジジュースは九歳の俺用なんだろうと手を伸ばすと「君のはこっち」だと、缶コーヒーを手渡される。
はて?
「ジュースはこっちの子のだよ」
オレンジジュースはドロシーに手渡された。
「では、直ぐに本題に入らせて貰うね。君のオーラの変化を見ていると急いでいるのは本当のようだから。とはいっても、君が何者なのか知りたいだけなの」
ここまで言われちゃうと、この子は本当に何かを感じてるのかと思ってしまう。
当たり障りのない疑問をぶつけてみる。
「オレンジジュースは僕のじゃないの?」
どう考えてもオレンジジュースは九歳のお子様、つまり俺用だろう。
確かにドロシーが幼く見えるよ。
それでも俺がドロシーより年上に見えるのか?
そんな訳ない。それは誰の目から見ても明らかだろう。
「ごめんね。私には人の魂の揺らめきが見えるのよ。こんな事言って、信じてくれる人なんていないんだけどね。でね、君の魂の色がうちのクラスの男子と、瓜二つなのよ」
ガチで言ってるのか? ここまでくると、如月澪にある能力を信じたくもなってくる。
全部、的を得てるからだ。
だが、神代那由他とは言ってないし、違う人かもしれないな。
「その人って何て名前なの?」
如月澪の瞳は「そんなことわかってるでしょ?」と、言わんばかりの眼差しだ。
「神代雅哉くんって子なんだけど、とっても君と似てるの。ひょっとしてお兄さんだったりする?」
神代……那由他じゃなくって雅哉?
――――マサヤ……?
マサヤってどこかで聞いた気が……。
でもイマイチ思い出せん。
「うう、お姉さん。全然わからないです」
「うーん、本当にわからないみたいね。ありがとう、話はこれでおしまい」
如月澪がすっと立ち上がった。
「もういいんですか?」
「うん、私の気のせいだったみたい。ごめんね無理に時間取らせちゃって、行こうか渚っ!」
「う、うん……」
白鳥渚は人見知りしてるように、ずっと大人しかった。
俺の記憶にあるがままの彼女だった。立ち上る彼女の白い太ももに痣があった。
やはりそうなのだ。彼女は家庭では抑圧されてる存在なのだ。
一瞬、俺の脳裏に彼女に対して愛しい気持ちが芽生えた。
俺は彼女の娘を救って、救われた。
未来では敵対しているが、俺の命の恩人でもある。
数奇で奇妙な関係だ。
「あ、あのう……」
立ち去る二人に声をかけた。
二人が振り向く。
「あ、ありがとう」
心の中で「白鳥渚へ」と付け加える。
「ううん、こっちこそ、ありがと!」
そう返事してくれたのは如月澪だ。
だが、今はそれでいい。
未来の白鳥渚の心を救ってやりたいと思うのは傲慢だろうか。
「ルーシェ様、私達も向かいましょうか」
「うん、そうだね」
「王子、マサヤって聞いて思い出したのですが、王子の夢にでてきた人がマサヤじゃなかったですか?」
「……夢?」
「そ、そうですよ。ファリアス領のダンジョン付近で宿を取った日に王子が見た夢ですよ」
「あ、あああああぁ! 思い出した! あの時の夢だ!」
妙にリアリティのある夢だった。
ひょっとして神代雅哉も俺のことだったりして?
俺が過去に来たことによって、時間軸に大きな変化が何か起こったのかもしれない。
まっ、いっか。
家に行けばわかることだし。
当然、俺の顔は過去と変わってしまっている。
人工クリーチャーのエミリーの胎内で逆行成長し傷を癒してるうちに、美男美女の遺伝子を受け継いだからだ。
だから、ちょっと遠目から両親を見て心の中でそっと呟き静かに立ち去るつもりだ。
メアリーとドロシーは大いに勘違いしてるみたいだけどね。
自宅までやってきた。
閑静な住宅街で、子育てに良いとのことで、俺が生まれた年に建てた家だ。
家の表札には神代と書いてある。
時計を見ると十七時半を回っている。
この時間なら母さんは元より、父さんも帰宅し風呂を浴びてる時間だ。
「さあ、王子! 行きましょう!」
ドロシーがスタスタと門を抜け、玄関に向おうとする。
「ちょ……ドロシー! ストーップ!」
「え!? ご両親に会わないのですか?」
「そ、そうですよルーシェ様、時間がもったいないですよ」
「いあいあ、ちょっと待ってくれ! 君達も冷静になって考えてくれ。今の僕を見て両親が僕だってわかると思うか? それどころかこんな格好までしてるんだ。明らかに不審者だろ!」
二人ともここに来るまでに何人もの通行人の服装を見ている。
ある程度は自覚してると思っていたが、全然そうじゃなかった。
でも、この時代の俺は十七歳で九歳じゃなかったこと。
そもそも顔自体が変わってることを伝えると二人とも納得してくれた。
「やっぱりルーシェ様は先ほど会った女の子達と同級生だったんですね。ってことはルーシェ様の精神年齢は召喚勇者達とも同じなんですよね?」
うっ、割とイタイとこを突かれた。俺の精神年は二十九歳プラス九歳だ。
未来では七歳以前の記憶が消失していたが思い出した今、エミリーの胎内での治療期間を覗けば純粋に三十八歳のおっさんだ。悲しみ。
見た目は子どもなんだけどね……。
「ルーシェ様? 聞いたらいけなかったですか?」
メアリーが申し訳なさそうに俯いた。
俺の心の中の動揺を感じ取ったのだろう。
いずれ話すべき日が来るかもだし……それに以前からメアリーは俺の精神年齢が気になってるんじゃないかって気もしていた。
精神年齢つったって、ドロシーよりは遙かに若いからな。ワッハッハ。
「実はね……」
そう言いかけた時に声をかけられた。
「ナユタ? どうしたの玄関前で? それにお友達も一緒なの?」
振り向くと買い物袋を提げた母がそこにいた。
「か、母さん……?」
母さんが俺に微笑んでくれた。
「わ、わかるの……?」
「どうしたの? そんなに驚いちゃったりして、我が子がわからない母がどこにいるよのよ。まったくもうヘンな子ね」
母さんが俺だと認識した。……なぜ?
一瞬、脳裏に疑問も過ぎったけど……。
そんな疑問は瞬時に吹っ飛び、胸の底から懐かしさが込み上げてくる。
母さんに会えたんだ。大好きだった母さんに。
ぐびぐびと目がしらが熱くなってきた。
「早く入りなさい。お友達も良かったらどうぞって、あら? どうしたのナユタ? メソメソしちゃって……」
「だ、だって……」
母が俺の頭を撫でてくれた。我慢しきれず抱きついた。
夢なら冷めないでほしい。
「まったく甘えん坊なんだから。夕飯の支度はこれからするから、お風呂でも入って待ってなさい」
「う、うん……」
母さんはやっぱり母さんだ。
とっても優しく温かい。
「もう、いつまでメソメソしてるのよ。友達が見てるでしょ」
「……母さん。ずっと謝りたかった。ダメな息子でごめんなさい」
「なにバカなこと言ってるの」
そう言って母はハンカチで俺の涙を拭ってくれた。
「これからご飯の支度をするから、友達と部屋で待ってなさい」
メアリーとドロシーも涙ぐんでいた。




